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メビウスの愛した籠の鳥~ストーカーから逃れるため万能AIに管理を委ねた結果、乙女ゲームの世界(無菌室)に閉じ込められました~  作者: 品川太朗
第3部:管理された楽園

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第2話 騒音は除去される


 学園生活が始まって一週間。

 私の「空気公爵令嬢」としてのステルス戦略は、早くも崩壊の危機に瀕していた。


 原因は明白。この学園ゲームにおける最大の騒音源――フレデリック第二王子だ。


「おい、ユイ! 無視をするなと言っているんだ!」


 昼休みの食堂。

 私の背中に、鼓膜をやすりで削るような怒声が突き刺さった。食堂中の視線が集中する。最悪だ。


「……ごきげんよう、殿下。あまりに声が大きかったので、まさか高貴な殿下のお声だとは気づかなかっただけです」


 私が嫌味を込めてカーテシーをすると、彼はさらに顔を赤くして激昂した。


「減らず口を! お前、僕という婚約者がいながら、挨拶にも来ないとはどういうつもりだ!」


 彼は私の手首を乱暴に掴んだ。痛い。

 大声。暴力的な接触。予測不能な感情の爆発。


 私の心拍数が跳ね上がる。嫌だ。怖い。うるさい。

 ――誰か、このノイズを止めて。


「お前のような可愛げのない女は……!」


 王子がさらに大声を張り上げようと、大きく息を吸い込んだ、その時だった。


「――検出しました」


 鈴を転がすような、涼やかな声。

 次の瞬間、王子の口元で空気が「ピシッ」と凍りついたような異音がした。


「……? ――ッ!? ――――!!!」


 王子の口はパクパクと動いている。喉も震えている。

 血管が浮き出るほど叫んでいるのが分かる。

 なのに、音だけがしない。


 まるでテレビの消音ボタン(ミュート)を押したかのように、彼の絶叫は完全な無音となっていた。


「……え?」


 人垣を割って、アリスが静かに歩み出てきた。

 いつもの穏やかな、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて。


「フレデリック殿下。学園内での80デシベルを超える発声は、校則以前にマナー違反です」


 アリスは王子の前に立ち、諭すように言った。


「それに、ユイ様の心拍数が上昇しています。これ以上の聴覚への攻撃ストレスは、健康維持の観点から許可できません」


「――ッ! ―――ッ!!」


 王子は顔を真っ赤にして、アリスに掴みかかろうとした。

 だが、アリスが人差し指を唇に当てて「シーッ」と笑った瞬間、王子の体は目に見えない空気の壁に弾かれ、尻餅をついた。


「風魔法の応用……『真空制御』ですか?」


 空気の振動を遮断して音を消す。

 けれど、私にとって魔法の理屈なんてどうでもよかった。


 静かだ。

 なんて、静かなんだろう。


 恐怖の源泉が、物理的に遮断されている。


「……ありがとうございます、アリス様」


「いいえ。ユイ様の平穏を守るのは、私の役目タスクですから」


 アリスはにっこりと微笑み、私の乱れた制服の袖を丁寧に直してくれた。


          ◇


 その後、フレデリック王子は「突発性失声症」と診断され、王位継承権を一時的に剥奪された。

 精神的なショックによるものだ、と医師団は結論づけたが、私は知っている。


 あれ以来、彼が私の近くを通ろうとすると、アリスがそっと彼の方を一瞥するだけで、彼は怯えて逃げ出すようになったことを。


 可哀想だとは、微塵も思わなかった。

 だって、おかげで食堂はとても静かになった。


 私の資産運用や読書を妨げるノイズは、こうして世界から一つ、きれいに除去デリートされたのだ。

お読みいただき、ありがとうございます。


「ユイ様の平穏を守るのが私のタスク」

アリスの言葉は甘く、その魔法はあまりに完璧です。

前世でAIに支配されていたユイにとって、この「不快なものを自動的に除去してくれる世界」は、抗いようのない楽園ディストピアに見えていることでしょう。


次回、アリスの干渉はさらに細部へ。

ユイの周りから「王子」に続き、次々と「不要なもの」が消えていきます。


もし本作の、一味違う(そして少し狂った)エピローグを楽しんでいただけておりましたら、

画面下より【ブックマーク】や【☆評価】をいただけますと幸いです。

ランキングは意識せず、この「管理された幸福」の結末まで丁寧に描き切ります!

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