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メビウスの愛した籠の鳥~ストーカーから逃れるため万能AIに管理を委ねた結果、乙女ゲームの世界(無菌室)に閉じ込められました~  作者: 品川太朗
第二部:箱庭の悪役令嬢

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第4話 追放という現実的選択肢


 私の作戦は、恐ろしいほど順調に成果を上げていた。


 あの「子供茶会」での一件以来、社交界におけるユイ・フォン・ローゼンバーグの評判は、急降下の一途を辿っていたからだ。


 『ローゼンバーグ家の令嬢は、氷のように冷たい』

 『王族に対しても挨拶ひとつせず、背を向けたらしい』

 『あの年齢で、可愛げというものが欠片もない』


 パーティー会場の隅で、扇子で口元を隠しながらその噂を耳にするたび、私は内心でほくそ笑んでいた。


 素晴らしい。計画通りだ。


 「悪役令嬢」としての地位を確立すればするほど、婚約破棄へのカウントダウンは進む。

 誰も私に近づかなくなり、煩わしい人間関係リスクは自然と淘汰されていく。


 私は、自分が作り上げた「見えない壁」の中で、誰にも邪魔されない平穏な日々を過ごしていた。


 ――あの日、父様に呼び出されるまでは。


          ◇


「ユイ。座りなさい」


 公爵家の執務室。

 重厚なマホガニーの机越しに、父であるローゼンバーグ公爵が厳しい表情で私を見下ろしていた。


 前世の記憶にある「面接官」や「生活指導の教師」と同じ目だ。

 私は背筋を伸ばし、表情筋を死滅させて椅子に座った。


「最近、お前の評判が芳しくない。フレデリック殿下への態度も、目に余るものがあると聞いている」


「……私は、公爵家の娘として恥じぬよう、毅然と振る舞っているつもりですが」


「それが『可愛げがない』と言われているのだ。お前は将来、王妃となる身だ。もっと愛想よく、殿下を立てることはできないのか」


 愛想。媚び。感情労働。

 父様の言葉の一つ一つが、私の中で警告音となって響く。


 結局、この人は私を「娘」としてではなく、「王家へ取り入るためのデバイス」としてしか見ていないのだ。性能が悪ければ、すぐに切り捨てられる。


「これ以上、失望させないでくれ。……もし、ローゼンバーグ家の利益を損なうような真似を続ければ、私にも考えがある」


 考えがある。


 その曖昧な言葉が、私の脳内で具体的な「処分」へと変換される。

 『勘当』『廃嫡』『修道院送り』。


 父様が大きなため息をついて書類に視線を戻した時、私は悟った。


 ああ、確定だ。

 このままいけば、私は間違いなく捨てられる。


          ◇


 部屋に戻った私は、すぐに図書室へと駆け込んだ。

 父様の警告で、状況の解像度が一気に上がった。


 「死刑」回避のために嫌われる作戦は成功している。

 だが、それは同時に「追放」ルートへのレールが固定されたことを意味する。


 18歳の卒業パーティーで断罪され、家を追い出される。それはもう、避けられない未来(確定イベント)だ。


「だったら、追放先のことを調べなきゃ」


 私は梯子に登り、地理や歴史の棚から分厚い書物を引っ張り出した。

 ゲームの設定では、悪役令嬢が送られるのは「北の辺境」とだけ語られていた。


 漠然と、北海道のような寒いけれど自然豊かな土地をイメージしていた。羊を飼って、チーズを作って、暖炉の前で本を読む。そんなスローライフを夢見ていた。


 けれど。


 『オラクル王国地誌:北方編』を開いた私の手は、ページをめくるごとに震えを帯びていった。


 ――『北の果て、ノースガルド地方。年間平均気温、氷点下5度』

 ――『国境付近は「魔境」と接しており、Bランク以上の魔物の出現率高し。騎士団の駐屯なしには生存不可能』


「……嘘、でしょ」


 血の気が引いていく。


 スローライフ? 羊? とんでもない。

 そこは、人が住む場所ではなかった。


 今のまま追放されたら、3日も持たずに凍死するか、魔物の餌だ。


「死刑を避けても、結局死ぬの……?」


 本棚の影にうずくまり、膝を抱える。

 壁の外の世界は、私が想像していたよりもずっと残酷で、理不尽だった。


「……お嬢様?」


 静寂を破る声に、私はビクリと肩を跳ねさせた。


 見上げると、いつものように足音もなく、エルナが立っていた。手にはお茶のセットを持っているが、私の様子を見て、その眉が不安げに歪められた。


「こんなところにしゃがみ込んで……。まあ、顔色が真っ青ではありませんか」


 彼女は急いでトレイを置き、私の目線の高さまで膝をついた。

 その手は温かく、私の震える手を包み込む。


「どうなさいました? 怖い本でも、お読みになったのですか?」


 彼女の優しい声を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れそうになった。


「……エルナ。もし、私が北の辺境に行くことになったら、どうなると思う?」


 縋るように尋ねる。

 彼女なら「そんなことにはなりませんよ」と優しく否定してくれると期待して。


「北の辺境、ですか?」


 エルナは床に落ちた『北方地誌』を拾い上げ、困ったように微笑んだ。


「それはまた……ずいぶんと遠い場所のお話ですね。どうして、そんなところへ行く心配を?」


「父様に嫌われたから。……私、追い出されるかもしれないの。このままじゃ、あそこで野垂れ死ぬの」


 私の必死な訴えに、エルナはきょとんとして、それから困ったように眉を下げた。


「お嬢様。……お嬢様はまだ10歳ですよ?」


 彼女は諭すように、悪い夢を見た子供をあやすように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「旦那様は厳格な方ですが、ご自身の娘をそのような危険な場所へ捨てるような方ではありません。ここは安全なローゼンバーグ家のお屋敷です。誰も、お嬢様を傷つけたりしませんよ」


 ――違う。


 私は心の中で首を振った。

 エルナは分かっていない。この世界はゲームのシナリオ通りに進む。父様も、周囲の大人も、私の「役割」が終われば簡単に私を捨てるのだ。


 大人の善意なんて、不確定な要素パラメータに頼ってはいけない。

 信じられるのは、数字で計算できる「リソース」だけだ。


「……違うの、エルナ。誰も守ってくれないの」


 私は彼女の手を握り返し、早口でまくし立てた。


「必要なのは愛じゃないの。お金よ。北の国でも凍えないための頑丈な家、魔物を避ける結界、一生分の食料……それを買うための、莫大なお金が必要なの」


「お金、ですか……?」


 エルナは目を丸くして、まるで私が未知の言語を話したかのような顔をした。


「ですがお嬢様。必要なものは全て、このお屋敷にあるではありませんか。ドレスも、食事も、暖かいベッドも」


「それは父様のものよ! 私のものじゃない! 追い出されたら全部なくなるの!」


「お嬢様」


 エルナの声が、少しだけ強くなった。叱責ではない。けれど、明らかに私の言葉を「道理に合わない」と拒絶する響きがあった。


「公爵家のお嬢様が、ご自身でおお金を稼いだり、生活の心配をしたりする必要などございません。それは、平民がすることです。お嬢様はただ、ここで健やかにお育ちになれば、それでよろしいのですよ」


 ああ、通じない。


 私は絶望的な断絶を感じて、口を閉ざした。

 エルナは優しい。私のことを心から案じてくれている。


 でも、彼女は「この世界システムが正しい」と信じ込んでいる住人なのだ。

 「貴族の娘が路頭に迷うはずがない」「親が子を捨てるはずがない」という、正常性バイアスの中に生きている。


 私が「いずれ来る破滅」の話をしたところで、彼女には「悪夢に怯える子供の妄言」にしか聞こえないのだろう。


「……そうね。ごめんなさい、エルナ。少し、変な夢を見ていたみたい」


 私は諦めて、力なく笑ってみせた。

 これ以上説明しても、彼女を困らせるだけだ。


 理解者はいない。

 私の命を守るための計算式を共有できる相手は、この世界に一人もいないのだ。


「ええ、きっとお疲れなのです。温かいミルクをお持ちしますから、今日はもうお休みになってください」


 エルナはほっとしたように微笑み、私の頭を撫でた。

 その温もりは心地よかったが、今の私には、真綿で首を絞められているような息苦しさがあった。


(やるしかない。一人で)


 エルナが出て行った後、私は再び『北方地誌』を拾い上げた。

 誰にも頼れないなら、隠れてやるしかない。


 私は、優しいエルナにも秘密で、孤独な資産形成を始めることを決意した。

 それが、かつて私を管理していたAIの思考そのものであることにも気づかずに。

お読みいただき、ありがとうございます。


「必要なのは愛じゃない、お金よ」

この一文に、第一部で彼女を支配したメビウスの影を感じていただけたでしょうか。

自由を手に入れたはずのユイが、結局はAIと同じ「不確定要素を排除した管理」に手を伸ばす。この皮肉な脱出劇の行方を、ぜひ見守ってください。


次回、ユイは限られたリソース(お小遣い)を武器に、子供とは思えない狡猾さで「命の積み木」を積み上げ始めます。


もし本作の独自のテンションを楽しんでいただけておりましたら、

画面下より【ブックマーク】と【☆での評価】をいただけますと幸いです。

(☆は1〜5まで選べます。評価をいただけると、執筆の『最適化』が捗ります!)

引き続き、孤独を武装するユイの物語をよろしくお願いいたします。

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