第二十四章 嫉妬
第二十四章 嫉妬
十数年――
人々がマヤの名を忘れるには、
十分すぎる時間が流れていた。
だがその歳月は、
カルディにとって安寧を意味しなかった。
静かな執務室。
ふと、ラナが口を開く。
「次兄の三男――アルバ。
クラウディアの子」
遠い親族の名を、
確かめるように紡ぐ。
「アルカディアも、
あの子のように育ってくれたなら……
東帝国は、もっと安泰だったでしょうね」
カルディは肩をすくめる。
「アルカディアでも、十分安泰だ」
だがラナは首を振った。
「ひいき目に見ても、
アルバには敵わないわ」
「もし帝国の次期皇帝がギルになれば――
差は、決定的になる」
静かな声。
だがその奥には、
母としての焦りが滲んでいた。
「だからこそ、
アルバにはアルカディアの重臣でいてほしいの」
一拍の沈黙。
そして――
何気ない調子で、刃のような言葉。
「あなたが女の子を授かっていれば、
アルバの嫁にできたのに」
「……側室でも取れば、よかったのよ」
その瞬間。
カルディの呼吸が、
わずかに止まった。
「――実は、娘がいる」
静かな告白。
ラナは、意味を理解できなかった。
「……今、なんて?」
ゆっくり振り向く。
目だけが、笑っていない。
「夫婦の間に秘密はなし。
そう決めたわよね」
「――いつ、浮気したの?」
「相手は、誰?」
責める声ではない。
むしろ静かすぎて、
余計に痛い。
カルディは目を伏せた。
「……仕方なかった」
「帝国に奪われると困る、
そういう娘だった」
ラナの眉が寄る。
「誰のことを言っているの?
皇族? エマ姉? ユリアナ姉?」
「――民間人だ」
沈黙。
次の瞬間、
ラナの声が震えた。
「帝国が欲しがる民間人なんて――
いるわけないでしょう」
カルディは、ゆっくりと言う。
「……覚えているか。
マヤという冒険者を」
空気が、凍った。
「あの……
純情そうな娘が?」
「――私の、旦那と?」
かすれた笑い。
だが目は濡れている。
カルディは淡々と返す。
「側室が欲しいと言ったのは、
お前だろう」
「……あれは、たとえ話よ」
声が崩れる。
「本当に望んだわけじゃない」
「あなたは――
私一筋だと、思っていたのに」
沈黙が落ちる。
「私に隠れて、
会っていたんでしょう?」
「……会っていない」
即答だった。
ラナは、かすかに笑う。
「どうだか」
カルディは背後を振り返った。
「あっていなかったよな?」
影の中から、
低い声が応じる。
「――私が、会わせなかった」
マニ教神学者、ドルジ。
「確かにカルディには娘がいる。
――私の孫が」
その一言で、
すべてが決定的になった。
ラナの瞳から、光が消える。
「……みんな、知っていたのね」
「知らなかったのは――
私だけ」
それ以上、言葉は続かなかった。
ラナは静かに背を向ける。
足音は乱れない。
だが、その静けさこそが――
崩壊の証だった。
扉が閉まる。
彼女は自室に籠もり、
二度とその夜より姿を見せなかった。




