第二十一章 交渉
第二十一章 交渉
召喚者。
人は彼らを――英雄と呼ぶ。
王女エマによって帝国に喚び寄せられた、
異界の戦士たち。
その一人、
少女ナギが――
マヤの前に現れた。
ナギはゆっくりと両手を上げる。
敵意がないことを示す、静かな降伏の姿勢。
「……私たちじゃ、
あなたには勝てない」
声は震えていない。
だが、その奥にある現実の重さは、
誰よりも重かった。
「だから――
代表として、謝罪に来たの」
背後では、
王女エマが怯える子どものように
ギルド受付嬢の後ろへ身を隠している。
受付嬢は、深く息を吐いた。
「……つまり。
ここで戦いは終わり、それでいいのね?」
ナギは、まっすぐにうなずく。
「私たちには――
ラグナ王子の大陸中原遠征がある。
これ以上の消耗は、許されないの」
受付嬢の目が細くなる。
「命を狙っておいて、
謝って終わり――
そんな都合のいい話、あると思う?」
沈黙。
わずかな時間。
だが、その重さは刃より鋭い。
やがてナギは口を開いた。
「……中原へ来てくれるなら、
帝国はあなたに莫大な給金を支払う」
「ギルド依頼?」
「……違う」
ナギは首を振る。
「彼女には――
“英雄に敗れた冒険者”ではなく、
英雄だった者として
扱われてほしいの」
受付嬢が鼻で笑う。
「なるほど。
天下の英雄様が
一介の冒険者に負けた、なんて――
帝国の面子が潰れるものね」
ナギは、否定しない。
ただ静かにうなずいた。
受付嬢が思い出したように言う。
「……ケンタって英雄。
あれも仲間?」
ナギは、うなずく。
次の言葉は、
空気そのものを凍らせた。
「そのケンタ、
マヤを突然襲って気絶させて――
裸で拉致監禁しようとしたそうよ」
世界が、止まった。
ナギの顔から、
血の気が消える。
「……あいつ……」
天を仰ぐ。
怒りとも絶望ともつかない吐息。
そして――
ナギはそっと、
壊れやすい宝物に触れるように
マヤを抱きしめた。
「……酷いこと、されなかった?
怖かったでしょう……」
マヤの指先が、わずかに震える。
「……怖かった。
でも――
必死で、戦った」
ナギの瞳が揺れる。
英雄ではなく、
ただの少女の目になる。
「……ねえ」
小さな声。
「私と――
友達になってくれない?」
その日。
ナギはマヤを
収穫祭へ連れ出した。
広場には灯り。
音楽。
笑い声。
甘く熟れた果実の香り。
世界は――
こんなにも、やさしい。
大きな木樽。
中では女性たちが
スカートをたくし上げ、
山のような葡萄を踏み潰している。
紫の飛沫。
笑い声。
命の色。
ナギは無邪気に笑い、
樽へ飛び込んだ。
「マヤもおいでよ!」
戸惑いながら――
マヤも足を踏み入れる。
ぐしゃり、と
葡萄が潰れる感触。
足元に広がる、
深い紫の海。
隣の女性が囁く。
「見て。
男の子たち、こっち見てる」
別の女性が笑う。
「この搾り汁はね――
ワインになると
ディオニュソスの血って呼ばれるの」
足元を見て、くすり。
「……血の池みたいでしょ?」
けれど――
そこにあるのは死ではない。
生きている証だった。
やがて祭りは静まり、
女性たちが樽から上がる。
差し出される手。
照れる笑顔。
はじまるかもしれない、小さな恋。
その光景を見つめながら、
ナギが呟いた。
「……ドキドキ、する?」
マヤは、
静かにうなずく。
ナギは少しだけ――
寂しそうに笑った。
「……一夜の恋、か」
風が吹く。
祭りの灯りが揺れる。
「また来ようね」
「……うん。
絶対」




