第十七章 東帝国執務室
第十七章 東帝国執務室
東帝国皇帝は、愉快そうに笑った。
「ケンタがやられたか。
――ハッハッハ!」
だが、その目は笑っていない。
笑声の奥にあるのは、冷えた計算だった。
「その娘、我が軍に欲しいものだな。」
マニ教神学者は、即座に顔をしかめた。
「勘弁してください。」
魔法道具店主マートは、腕を組んで鼻を鳴らす。
「私たちの娘だからね。
強くて当たり前さね、ドルジ。」
「お前は強くないだろう。」
神学者の冷たい指摘。
マートは肩をすくめた。
「強さの形が違うのさ。
私は――魔法技術だよ。」
皇帝が、わずかに身を乗り出す。
「それなら、なおさら我が軍に欲しい。」
「だから困るんです。」
神学者は深く息を吐いた。
「今でも十分に危ういのに……
ジャンヌ・ダルクのように祀り上げられたら。」
皇帝が眉をひそめる。
「その“ジャンヌなんとか”とは何だ?」
「あ……」
神学者は一瞬言葉を詰まらせ、
小さく咳払いをした。
「私の故郷の昔話です。
――どうか、お忘れください。」
ラナ妃が、静かに口を開く。
「カルディ。
ご家族がこれほど反対されているのですよ。」
皇帝は興味深そうに妃を見る。
「君と、どちらが東帝国最強の女性だろうな?」
ラナ妃は沈黙した。
視線だけが、わずかに揺れる。
その沈黙こそが、
答えよりも雄弁だった。
マートが手を振る。
「――というわけで、断ったからね。」
皇帝は小さく目を細める。
「その娘、帝国には組しない……か。」
東帝国と帝国。
長く続く確執の影が、
執務室の空気をわずかに重くする。
帝国出身のラナ妃は、
静かに目を伏せた。
何も語らない。
だが、その沈黙には――
祖国と現在、そのどちらにも属しきれない
深い痛みが滲んでいた。
神学者が、低く言う。
「そうならないよう、我々が立ち回ります。」
短い沈黙。
やがて皇帝は、椅子の背にもたれた。
「……それだけ聞ければ十分だ。」
その声には、
期待とも、警戒とも、
あるいは――別の企みともつかぬ色が混じっていた。
執務室の窓の外で、
冬の光だけが静かに揺れていた。




