第十五章 意識は刈り取られていた
第十五章 意識は刈り取られていた
マヤは、市場の片隅で足を止めていた。
露店に並ぶ、底の見えないほど深い青――ラピスラズリ。
砕かれ、選別され、祈りの色へと変えられる石。
聖者の肖像は、この石から作られた顔料、
ウルトラマリンブルーによって描かれる。
金よりも高価な、祈りの青。
マヤ
「……きれい。海の底みたい」
ドルジ
「『真珠の耳飾りの少女』。
ラファエロの『ベルヴェデーレの聖母』。
どっちも、この石を砕いて描かれてる。
――この金より、ずっと高い」
マヤ
「ラファ……なんちゃら?」
ほんの一瞬。
ドルジの呼吸が止まる。
ドルジ
「……まだ、生まれてなかった」
マヤ
「たまに、訳わからないこと言うよね」
ドルジ
「気にしないでくれ。ハハハ……」
マヤ
「……笑えない」
沈黙。
市場の喧騒だけが、
二人のあいだを素通りしていく。
ドルジ
「じゃあな。俺は帰る」
マヤ
「うん。少しぶらついてから帰るね」
背中が人波に溶け、
完全に見えなくなる――その瞬間。
道を、塞がれた。
影が落ちる。
クラウス
「久しぶりだな」
振り向くより早く、別の声。
「ケンタさん。コイツだ」
――雷光。
拳。
避ける時間など存在しない。
衝撃。
視界が白熱し、
音が世界から剥がれ落ちる。
マヤ
「――ぐぁっ……!」
膝が砕けるように崩れる。
地面が遠い。
重力が遅い。
光が、細く削られていく。
刃物で刈り取るように。
静かに。
容赦なく。
意識が、消える。
冷たい。
最初に戻ってきたのは、温度だった。
次に――痛み。
そして理解。
マヤは裸で拘束されていた。
両手はベッドに固定。
足首には鎖。
先には重い鉄球。
逃走不能の構造。
羞恥による精神的拘束。
マヤ
「……拉致、か」
感情は、ない。
小さく鼻を鳴らす。
腕に、力を入れる。
――ブチ。
――ブチ。
――ブチ。
革も、縄も、金具も。
抵抗という概念ごと千切れ飛ぶ。
手首を回す。
骨も筋も、問題なし。
マヤ
「……反撃といきますか」
足を軽く振る。
次の瞬間――
鉄球が空気を裂き、
扉を内側から粉砕した。
破片が床を滑る。
静寂。
室内を観察。
テーブル。
服。
マジックバッグ。
鍵。
すべて、用意されている。
マヤ
「……着替え、着替え」
日常の動作。
まるで外出前のように。
衣擦れの音だけが、
静かな部屋に落ちる。
――その途中。
足音。
複数。
隠す気のない接近。
そして。
扉の残骸を踏み越え、
三人の男が突入する。
ハヤブサ。
ケンタ。
クラウス。
視線が交差する。
マヤは、ただ静かに――
杖を構えた。
足元に魔法陣が展開する。
淡い光。
完全拘束式。
逃げ場は、ない。
マヤ
「――水葬」
空間が歪む。
瞬間。
三人の周囲に球状の水牢が生成された。
密閉。
完全遮断。
呼吸不可。
もがく。
叫ぶ。
泡だけが溢れる。
クラウス
「ブグッ……!(こんな……はずは……!)」
ケンタ
「ブグ……!(俺の拳で……!)」
ハヤブサ
「ブ……!(やめ――)」
水中に――雷光。
放電。
ビリビリビリビリビリビリ――!!
筋肉が強制収縮。
神経が焼き切れる。
クラウス、失神。
ハヤブサ、白目。
崩れ落ちる。
残るケンタ。
恐怖だけで、まだ意識を繋いでいる。
ケンタ
「ブグッ……!(俺が悪かった……出してくれ……!)」
マヤは見下ろす。
無表情。
無感動。
無慈悲。
数秒。
そして。
マヤ
「……解除」
水球が霧散する。
床に崩れる男。
ケンタ
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……
た、助かった……」
助けたわけではない。
まだ殺していないだけだ。
マヤは何も言わない。
気絶したクラウスを右手で掴む。
ハヤブサを左手で掴む。
人間の重量など、存在しないかのように。
引きずる。
血の跡。
水の跡。
抵抗の跡。
そのまま部屋を出る。
廊下。
階段。
外光。
誰も、止めない。
止められない。
マヤは静かに歩き出す。
向かう先は――
冒険者組合。
裁きの場所へ。




