〈43〉 恨み先はひとつじゃない(リヒト視点)
「クソッ……!女に出ていかれたくらいで発狂なんかしやがって、これだから拗らせた変態は嫌なんだ……!」
普段なら絶対に言わないような悪態が口から溢れ出てきた。しかし悪態でもついていないと気を紛らわせないくらいに痛いのだ。ナイフで刺されるのがこんなに痛いなんて知らなかった。
「クソッ!クソッ!あのクソ野郎ォッ!!」
どうせ《《今は》》この部屋の近くには誰もいないだろうから、誰にも聞かれる心配はない。そう思ったら、さらに悪態が止まらなくなった。
なにせ、まさかルーファスに刺されるとは想定外だったのだ。
長年侯爵家に仕えてきて上手くやっていたつもりだった。亡きメルキューレ侯爵の信頼を勝ち取り、侯爵家の財政を握り、三兄弟を手のひらで転がす。ヒロインは想像とは少し違ったが俺に害を及ぼす様子はなかったし、使用人たちも俺に従順だ。
《《この顔》》と《《この才能》》があれば、俺は今度こそ勝ち組になれるはずだったのだ────例えそれが、“乙女ゲームの世界”だろうとも。
俺の運命は、どうしていつも《《こう》》なのか。
《《以前の俺》》には婚約者がいて、それなりに美人で金回りのいい女だった。だが俺とは正反対の理数系で屁理屈が多い。一緒にいても少し疲れてしまうのが玉に瑕ってやつだ。
それに婚約者は忙しい女だった。今日もゲームの制作があるからと会社に泊まり込んで帰ってこない。これで何日目だろうか。せっかく俺の面倒をみさせようと思って同棲したのに、これでは意味がないじゃないかと落胆した。まぁ、同棲といっても婚約者がいない時は実家に帰っているから本当はそこまで困っていないのだが、ないがしろにされているみたいでムカついたのだ。もっと俺を敬って、俺を大切にして、俺に尽くして欲しいのに。
でも……実は俺がゲームオタクで、婚約者が開発中のゲームの試作品を部屋からこっそり盗んで実家に隠してるなんてバレたらさすがに怒るだろうなと思ってあまり不満をぶつけられないでいるのである。まぁ、結婚までの我慢だ。結婚さえすれば夫婦の共有財産というものになるだろうから俺が訴えられる心配はなくなるだろう。
俺は様々なゲームに手を出しているが、最近はシミュレーションゲームにハマっていた。まだ市場に出ていないのにサンプルだけでネット内を賑わせているゲームなんて興味深いじゃないか。どうやらラストを修正するか悩んでいるらしいが俺にはそんなこと関係ない。それに、もし完成したゲームがヒットしたらこの試作品はプレミアものになるだろう。それを俺が持っていると思うと優越感に浸れた。
一通りプレイしてみたがなかなか面白かった。ヒロインも可愛いじゃないか。それにヒロインがエロいのもいい。内容も鬼畜だが、ゲームだからこそ面白いのだ。
だが、単純なハッピーエンドじゃ物足りないな。どうせならもっと残酷なエンドがあってもいいんじゃないか?
今後もし俺がアドバイスをしてやったら婚約者は驚いて俺を大切にするようになるだろうか?そうすれば結婚生活は俺が優位に立てるな。あの偉そうな女が俺に縋り付いてくるそんな未来を想像したら楽しくなってきた。
やはりあの女と婚約して正解だったのだ。
だが、まだ俺が勝手にゲームをプレイしたことを明かすタイミングではない。怒られるのは嫌なのだ。しかしいくら忙しいとはいえ、こうも放っておかれると俺にもプライドというものがある。
もちろん結婚するならこの婚約者一択だが……やはり多少の刺激がないと人生はつまらないじゃないか。それに俺はとてもモテる。だから遊び相手はすぐに見つかった。
結婚前の火遊び……そのつもりだったのに。
清楚な子犬系という感じだろうか?婚約者とは正反対で可愛らしく甘えてくる様子も好ましい。それに、あのゲームのヒロインに似てる気がした。今は遊びでもいいと、そう言って瞳を潤ませる姿に俺はすっかりハマってしまったのだ。
だから浮気相手に強請られた時も、ついマンションに連れ込んでしまった。どうせ婚約者は帰ってこないしバレなければいいだろうと安易に考えてしまったのだ。
それがまさか、ボヤ騒ぎを起こすことになるとは思わなかった。
「あたしったらドジで☆雰囲気を出すためにアロマキャンドルを寝室に置こうとしたらうっかり転んじゃって色んなところが焦げちゃったみたい☆」
そう言った浮気相手は「ごめんなさぁい☆でも、燃えたのは彼女さんのだけみたいだしぃ……捨てちゃえばバレなくない?あたし、もし彼女さんに怒られたら……こわぁい♡」と瞳を潤ませながら俺に抱きついた。
なぜかその時の俺は「うっかりなら仕方がないか」、「確かに証拠隠滅してしまえばいい。どうせあいつは帰ってこないんだし」、「俺を放置してるあいつが悪いんだから」、「なによりもこの子を守らなければ」なんて考えてしまった。今から思えば浮気相手にハマりすぎて思考が停止していたのだろう。
そして結局────俺は婚約者と婚約破棄した。
そして裁判まで起こされ、慰謝料を絞り取られた。金も無くなり仕事もクビになった。
それでも浮気相手だった子と新たに人生を始められればいいかと思っていたのだが、なんと俺以外にも恋人がいたらしく……いつの間にか俺の前から姿を消してしまったのだ。
その頃の俺は自暴自棄になっていた。しばらくは実家に戻っていたが、たまに顔を合わす妹が残念な生き物を見るような目で俺を見てくるし口もきいてもらえないのが耐えられなくなって外をフラフラとうろつく時間が増えた。
それからしばらく路上生活の真似事のような事をしていたら……妹が事故で死んだと母親から聞いたのだ。
以前にも若い女がひき逃げされた死亡事故のあったいわく付きの交差点でトラック事故に巻き込まれたらしい。前日に実家の俺の部屋で何かしていたらしいと聞いて実家に戻ると、あのゲームをしたらしい痕跡が残っていた。そして、ゲームディスクには一緒に1枚のメモ用紙が添えられていたのだ。
『馬鹿兄貴へ。
兄貴のことなんかほんとーに嫌いだし、やったことは自業自得だから同情なんか絶対にしないけど!お母さんが心配してるから、これからは真面目に生きるよーに!
そしたら、口きいてあげるよ!でもこのゲームは変態すぎ!マジムリなんだけど!この変態兄貴www
馬鹿な兄貴を持ってもグレないでいる健気な妹より』
とっくに嫌われていると思っていたが、妹なりに俺を心配してくれていたようだった。
だから、妹のためにも心を入れ替えて生きようと決めたのだ。
それから俺はちゃんと実家に頭を下げて、なんとかバイトを見つけた。そして最初の給料で花束を買って妹の死んだ場所に手を合わせに行くことにした。これからは真面目に生きると、親に心配かけないようにすると。せめて妹があの世で心配しなくていいように報告に行ったのだが────。
「……まさか、同じ場所で同じように死ぬなんてな」
細かいことは覚えていない。だが、気がついたときには俺の体は暴走したトラックに跳ね飛ばされていたのだ。
次に意識が戻ると、俺は“リヒト”になっていた。それまで忘れていたゲームの内容がどんどん思い出されて、夢かとも思ったがやはり現実で……。あのゲームは呪いのゲームだったんじゃないかと思ったくらいだ。
果たして俺を呪ったのは、妹か元婚約者か……どちらにせよ、その恨みは根深いだろう。
馬鹿みたいだと思った。真面目に生きようと、人生をやり直そうとした途端にコレだ。結局俺にはマトモに生きるなんて無理だったと思い知った。
だから、考え直したのだ。
“この世界”で人生をやり直すなら、真面目に生きるなんて御免だと。運がいいのか悪いのか“リヒト”は攻略対象者ではなくサポートキャラだ。それなら、物語の外側であいつらを手玉に取って生きてやると────!
俺は今度こそ人生の勝ち組になれると確信したはずだったのに。
エレナが出ていき、ルーファスは自暴自棄になった上に俺を刺してそのままひきこもり。今は何の関係もない女が好き勝手してやがる。あの馬鹿女、あれだけ俺に気がある素振りをしていたくせに、侯爵夫人の座を手にしたと思い込んだ途端に俺をないがしろにしやがった。
どうしてこうなったんだ?!俺は、こんなことになるために頑張っていたんじゃないぞ!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!!
俺をこんな目に遭わせた奴らを絶対に許さない……!




