〈42〉 侯爵家の波乱(エリオット視点)
「それにしても“ヒロイン交代”なんてよく思い付いたね、さすがはおねーさま」
「なんだか突然に閃いたのよ!それにキャサリンは私と違って貴族令嬢なんだし、元孤児が女侯爵になるより周りも納得するんじゃないかしら?きっとルーファスやリヒトも今頃は私に感謝してるかもね!」
……そうかなぁ?
おねーさまはご機嫌だが、僕は心の中で首を傾げた。しかしそれを顔に出すつもりはない。まぁ、あの家がどうなろうともう僕らには関係のないことだ。ジェンキンスたちは分家扱いだが独立しても問題ないはずだし、あっちはあっちで上手くやってくれるでしょ。
それに、僕もあのイカれたメイドが乗り込んできた時は驚きつつも《《何かが起こる》》気はしていたんだよね。おねーさまを攻撃する要注意人物だと思っていたけど、“ヒロイン”の身代わりになってくれるなら感謝しかない。おねーさまの代わりに存分に《《壊れて》》くれればなおいいかな。
それでも僕としては、いくらヒロインを交代してラファエ公爵家に避難してきたとはいえ、ゲームの強制力が何かやらかすかも……と、数日は警戒していたのだ。屋敷の外にも警備兵を増やしたし、使用人たちには緊急時には真っ先におねーさまを守るように言っておいた。
だが、この数日間は平穏そのものだった。そのせいかすっかり気が抜けてしまったのである。おねーさまも一応は気にしていたみたいだけど、ホッとしながら「なんだぁ、だいじょーぶなんじゃぁん!もしルーファスが乗り込んできたらどうしようかと思ったぁ!」なんて言っていたくらいだった。
そして、それからさらに数日がすぎても平和は続き、静かに暮らしていたのだが……それは嵐の前の静けさだったことを後になって思い知るはめになった。
「よし!じゃああらためて、“断罪回避おめでとうのパーティー”をしようよ!」
「いいわね!」
そうして、おねーさまと一緒に浮かれていた真っ最中にそれは起こったのだ。
「……まったく、お前たちはどうしていつも騒動ばかり起こすんだ?!侯爵家はとんでもなく大変なことになってるぞ!」と叫ぶ、眉間に皺を寄せたジェンキンスの来訪によって。
***
「ジェンキンス……そっちこそ突然やってきてなんなの?僕、今、とぉっても忙しいんだけど」
「エリオット……お前はなにをしているんだ」
おねーさまの口にクッキーを運ぶ手を止めることなく視線だけを動かしてそう言ったら、ジェンキンスが頭を抱えながらため息をついた。なんだよ、失礼だな。
「なにをって見てわかんないの?おねーさまにクッキーを食べさせてるんだよ」
「エレナを餌付けしてる場合か?!エレナもおとなしく口を開けてるんじゃない!」
「はっ!つい無意識に食べちゃってたわ!私ったら気を抜きすぎだわ!」
ああ……せっかくこの数日で気が抜けたおねーさまがひよこみたいに口を「あーん」てしてくれて可愛かったのに「もうクッキーはいいから!ジェンキンスの話を聞きましょう!」と両手で口を隠されてしまった。
僕は内心がっかりしつつ、つまんでいたクッキーを自分の口に放り込む。咀嚼している間ジェンキンスから視線を感じたが無視してやった。僕のお楽しみの時間を邪魔したんだからそれくらい我慢してよね!
「────で、侯爵家がどうしたってのさ?」
使用人に新しくお茶を運ばせてから僕はジェンキンスに向き合った。おねーさまのことでヘタないちゃもんをつけられないように、ちゃんと“ラファエ公爵”としてね。ちなみにおねーさまはそわそわとしながら僕とジェンキンスのことを交互に見ているよ。
「……キャサリンという名のメイドのことはもちろん知っているな?」
「それなら、おねーさまが“ルーファスと結婚する権利をキャサリンに譲渡する”って言ったはずだよ。キャサリンと結婚した人物が次期メルキューレ侯爵になるってことになったんだからルーファスがその女と結婚すれば全て解決でしょ?」
僕がにっこりと笑ってそう言えば、ジェンキンスの眉間の皺はより深くなった。
「あのなぁ……そんな簡単に済む話じゃないだろう!しかもお前たちが使用人をごっそり引き抜いていったせいでメルキューレ侯爵家は深刻な人手不足だ。と言うか、そのキャサリンのせいで新しい使用人の募集も出来ない状況なんだぞ!」
「は?なんで?」
「どこから話すか……まず、ミリーナがめちゃくちゃ怒ってるんだ」
どうやら聖女のミリーナさんが「エレナ様を追い出してメルキューレ侯爵家を乗っ取った悪女」としてキャサリンを訴えようとしたらしい。しかも、まさか侯爵家に乗り込んだ上にキャサリンと直接対峙してキャットファイトしたとかなんとか……。
「ミリーナさん、豪快だなぁ。でもなんでおねーさまが追い出されたなんて思われてるのさ?」
「……そのキャサリンが言ってるんだよ。“身の程知らずの孤児女を追い出してやった”とか“自分はメルキューレ侯爵家の正義のために粛清してやっただけだ”とか……。邸の中でもふんぞり返ってやりたい放題でわずかに残ってた使用人から俺の方に苦情がきたんだ。それがミリーナの耳にも入ってしまって……あんなに怒ったミリーナは初めて見た」
それはまさに鬼の形相だったらしい。ミリーナさんって最初は儚げな感じだったのに、今ではすっかり強くなったよね。
「っていうか、ジェンキンスの方に苦情がきてるの?ルーファスとリヒトは何をしてるのさ。侯爵家内のことを処理するのがリヒトの仕事でしょ」
「それは……」
ジェンキンスが少し言いにくそうに視線をそらした。つまりそれは、《《なにか》》あったということだろう。
「……もしかして、私がいなくなってから……ルーファスとリヒトになにかあったって、こと?」
静けさを打ち破るようにおねーさまが口を開いた。もしかしたら責任を感じているのだろうか?いつの間にか膝の上で握りしめられていた両手に力が込められたように見えた。
「……これは、俺も使用人から聞いた話なんだが……。お前たちが侯爵家を出ていったその日の夜に────ルーファスがリヒトをナイフで刺したらしい。命に別状は無いもののリヒトは重体で身動きが取れない状態だ。ルーファスは自室に閉じこもったままで、俺が声をかけても出てこない。ルーファスが何も言わないのをいいことにキャサリンは我儘放題だ。使用人たちもさすがにラファエ公爵家に助けを求めるわけにはいかないと思ったんだろうさ」
「……それは、確かに新しい使用人の募集なんか出来る状況じゃないね」
「まだ数人は残ってくれているが、このままでは次に送られてくるのは苦情じゃなくて辞表だろうな。なぁ、エリオット……いや、ラファエ公爵」
ジェンキンスはため息をついたあと、今度は真っすぐに僕を見てきた。そして僕に向かって頭を深々と下げたのである。
「どうか、力を貸して欲しい」と。




