〈41〉もうひとりのラファエ(ユリアーナ視点)
「うふ、今頃はふたりとも“仲良く”してるかしら?使用人たちにはちゃんと雰囲気作りを頼んでおいたけれど気になるわ~。うふふ」
わたくしは実家であるラファエ公爵家で起こっているであろう騒動を想像して、思わず笑みがこぼれていた。
「……ユリアーナは、そんなに弟くんの恋路が気になるのかい?」
わたくしの独り言のような呟きに隣にいた人物がクスッと笑みを浮かべながら、その白い指先でわたくしの赤みを帯びたふんわりとした長い茶髪を優しい手つきで撫でてくる。
あの憎い男によく似てはいるが、全然違う愛しい人。わたくしはもうすぐこの人と結婚するのだと思うと、さっきとは違う笑みがこぼれそうになる。
「もちろんですわ。だって、大切な弟ですもの。それにわたくし、エレナさんのことも気に入っていますのよ」
「弟想いなんだね。本当なら疎ましく思ったって仕方がないのに……」
「まさか疎ましくなんて……エリオットには何の罪もありませんもの」
わたくしはその手に頬を寄せてぬくもりを感じながら言った。でも、全てはあなたと結ばれるためにやったのだと……そう言ったら幻滅するかしら?
確かにエリオット自身にはなんの罪もない。
エリオットは念願の弟であり、母の命を奪った存在だった。
この人は知らない。いや、父もエリオットも知らないラファエ家の真実をわたくしは知っている。
それは、母が命を絶った本当の理由だ。
わたくしが物心つく前に死んでしまった母。確かに母はエリオットを産んで心が壊れてしまったのだろう。けれど、自死した理由は決して世を儚んだからではない。
それは────父の愛を永遠に縛るためだ。
母は父を誰よりも愛していた。我が子であるわたくしのことだって、父の愛を繋ぎ止めるための存在だったのだ。
つまり、母は父の態度の変化に敏感に察し父の愛を永遠に手に入れるために自ら命を絶ったのである。
これで父は死ぬまで母を愛し続ける。わたくしのことで悩み、エリオットのことで悩み……そして母のことを想うのだ。実際に父は再婚どころか親しい女の友人すら作らず仕事に没頭していた。そんな父の書斎には母の姿絵がところ狭しと飾られていて毎夜酒に溺れながら母の名を呼んでいることを知っている。
ラファエの血とは、唯一無二の愛を得るためならばなんでもする。自分の命すら賭けるのだと……そんな血筋なのだと、母が生前に隠していた日記を偶然見つけて知ったのだが、驚くよりも先に納得してしまった。
だって、母が残したその言葉がすごくしっくりきたんだもの。
だから弟のことを調べ尽くした。すでにエリオットがメルキューレ侯爵家に引き取られたと知って急いでスパイを潜り込ませて情報を集めたのだ。
メルキューレ侯爵家の兄弟事情だって調べ尽くして、聖女のこともあの男爵令嬢のことも利用させてもらった。あのホラーな噂だって少し誇張してわざと広めさせれば、奴らはまるで操り人形のように動くのだから。
でもエレナさんが……《《ヒロイン》》とは思えない言動をするものだから楽しくなってきてしまったのだ。本当なら《《嫌いな顔》》だったのだが、中身が全然違うんだもの。
だから少しだけ《《シナリオ》》を変更することにしたのだ。
父にエリオットの事を伝えたら複雑な顔をしたが、母もきっとそう望んでいると伝えればすぐに了承してくれた。そしてちょっと誘導すれば、母の骨の欠片を入れた骨壺を抱き締めながら田舎に引っ込んでくれた。もちろんエレナさんのこともしっかりと伝えておいた。使用人たちも巻き込めばすぐにみんなエリオットとエレナさんのことを待ち詫びるようになった。
これでエリオットをラファエ公爵にすることが出来ると思うとわたくしも嬉しかったわ。
だってわたくしが愛する人と一緒になるためにも、あの男を破滅させるためにも、どうしても弟は必要だったんだもの。最初はエレナさんを犠牲にする予定だったのだけど、エリオットの“中身”も違うみたいだったから……どうせならふたりともまとめて手駒にした方が楽しそうだと思ったのだ。
どのみち利用したことになるが、弟が可愛いと思う気持ちも本当だ。
「ユリアーナ?」
「……なんでもありませんわ。わたくしたちの結婚式が楽しみですわね」
そう言って彼の手のひらに頬を擦り寄せる。
《《この記憶》》を思い出したのはいつの頃だっただろうか?これは直感だが、たぶんエリオットもエレナさんもそういう意味では仲間なのだろう。
わたくしだって自分で自分に驚いたわ。まさか事故に遭って目覚めたら、自分が作った乙女ゲームのキャラクターとして生まれ変わっていたなんて。しかも、攻略対象者でもなんでもないゲームのキャラに本気で恋をすることになるなんて。
やっぱり前世の元婚約者と違って、優しくて真面目で一途なところに惹かれたのかしらね?
わたくしには転生前の記憶もちゃんとあるのだけど、“ユリアーナ・ラファエ”との相性がとてもよかったみたいだ。ラファエの血筋の性分がすごく気持ちいいと感じてしまい、“ユリアーナ”と混じってもなんの違和感もないくらいである。
前世は仕事ばっかりだったから、今世は愛に生きるのも楽しそうだと思ってしまう。
ねぇ、エレナさん。転生って大変ね?あなたの中身が“誰”なのかはわからないけれど、わたくしが嫌いな“ヒロイン”ではないってわかったから……だから《《蜘蛛の糸ほどの救済》》を与えてあげたの。本当の救済ルートはもうちょっと意地悪なものだったんだけれどね。
あなたのことを気に入ったから、特別よ?




