〈39〉隠された気持ち(ルーファス視点)
「なんなんだ、あの女は」
初めて見た時から、とんでもなく生意気な女だと思っていた。突然現れたかと思ったら、俺たち三兄弟の立場を揺るがし奪いに来た悪女。それがエレナに対しての感想である。
俺は……俺たちは全員が血の繋がらない養子だ。養父であるメルキューレ侯爵は結婚もしておらず跡取りがいなかったので侯爵家を存続させるために優秀な貴族の子供を養子として引き取った……とされているが、その真実は全員が訳アリの子供だった。
あいつらの過去はあまり詳しくは知らない。ジェンキンスもエリオットも自分の事をあまり語らなかった。それはもちろん俺も。
だが、まだ引き取られたばかりの頃……自分と同じように闇を抱える目をした子供と対峙すればなんとなく察するというものだ。だから俺たち3人はお互いがライバルであり仲間だと認識していた。これ以上傷付かない為に程よい距離感を守り、深くは立ち入らない。それが暗黙のルールだったはずなのだ。
だが、エレナがやってきてその均衡は呆気なく崩れてしまった。
最初に牽制も込めてあれだけ脅してやったのに、生意気にも反発してきた女。俺に対してあんな事をしでかしたとんでもない女……だが、妙に気なる存在でもあった。
けれどジェンキンスもエリオットもあの女を嫌っているようだし、どうせ俺に泣きついてくるしかないはずだと……そう思っていたのに。
真っ先に何か揉めているなと感じていた。ジェンキンスもエリオットもピリついていたし、明らかにジェンキンスが敵意を露わにしていたからだ。だから、エレナが負けを認めて俺に縋り付いてくるのもすぐだろうと高を括っていた。それなのに……気が付くと、エレナはあっという間にエリオットを懐柔していたのだ。
兄である俺にも反発ばかりしていたエリオットが、ああも簡単に手懐けられるとは思わなかった。ふたりが仲良くしている姿を見る度になぜかモヤモヤとしてくる。
さらにあの女は父上に反抗ばかりしていたジェンキンスを改心させた上に望みを叶えてやったのだ。まさかジェンキンスが聖女とそんな仲になっていたなんて俺は知らなかった。女遊びが激しくて問題ばかり起こすが、俺にはそれなりに懐いていた次男がそれこそ手のひらを返したようにエレナに感謝を述べているのだから。
どうやらエレナはエリオットと協力してジェンキンスの悩みを解決してやったらしい。侯爵家の金も大きく動いたようだが、それに対してリヒトは肩を竦めて苦笑いをしただけだった。たぶん、この事態をなんとなくは把握していたのだろう。
……俺だけが何も知らないままだった。
ジェンキンスが侯爵家を出ていく時に、俺に言った言葉を思い出す度に胃がムカムカしてくる。何が「エレナはいい奴だ」だ!
エエリオットが王家からの手紙に怯えていた時も《《あの噂》》のせいだろうとなんとなく察した。だからエレナの真意を探ってやろうと思ってエスコート役を買って出てやったのに結局なにもわからないままラファエ公爵令嬢のせいでパーティーから追い出されてしまったし、なぜかそのパーティーからはエリオットがエレナをエスコートして帰ってくるし……。ふたりとも俺には関係ないと言わんばかりにあの日のことを何も言ってこない。
ああそうか、《《また》》エレナが問題を解決したのだ。俺が厄介払いされている間にエリオットは次期ラファエ公爵となり、王家の問題児であった王太子は排除され、みんなが幸せになった。
またもや《《俺だけ》》が蚊帳の外なのだ。
みんなが、エレナ、エレナと……。まるであの女を中心に世界が回っているみたいじゃないか。
そう言えば、と。その時、メルキューレ侯爵の死に際の言葉をふいに思い出した。たまたま自分しか聞いていなかったが、あれは誰に言ったつもりだったのか……。息子であるはずの俺たちにでは無いことだけは確かだが、ずっと気になっていたはずの言葉を……でも記憶の奥に閉まっていた言葉を思い出してしまったのだ。
“やっと見つけた。今度こそ間違えない”と。
父上は……メルキューレ侯爵は確かにそう呟いていた。彼は、《《何を》》見つけたのか。そして《《何を》》間違えたのか。その後すぐにエレナを養女にすると言い、手続きが終わった途端に安心したかのようにこの世を去った。
これまでの生活を否定するように俺たちには侯爵家を継がさないと言い出し、右も左もわからないような小娘を連れてきてそんな女に女侯爵を任命するなんて父上らしくない。ずっとそう思っていた。だから余計にエレナのことが気になったのだ。
誰も俺に何も教えてくれないのならば、俺だって好きに動いてやろう。リヒトだって結局はエレナの味方のようだし、俺がただ黙っていると思ったら大間違いだ。
エレナを見返してやるために見て見ぬふりをして調べていたのだ。ジェンキンスがいなくなり、エリオットもラファエ公爵家に戻ることになればもうこの侯爵家には俺とエレナしかしなくなる。そしてこの真実がわかれば、エレナもきっとおとなしく俺に従うだろうと……そう思っていた矢先、エリオットがエレナを婚約者にしようとしている場面に出くわした。
冗談じゃない。
やっと俺のこのモヤモヤが晴らせる事が出来ると思ったのに、誰にも邪魔されずにエレナに宣言してやれると思ったのに……なぜエリオットが全てを掻っ攫っていくのか。
エリオットとエレナの婚約にはリヒトも一緒になって反対してくれたが、次から次へと厄介事が舞い込んでくるのはなぜなんだ。
なぜ俺はこんな頭のイカれてそうな男爵令嬢を押し付けられ、エリオットにエレナを連れて行かれてしまったのか。
(オイテイカナイデ)
なぜエレナは俺に見向きもしないのか。ジェンキンスもエリオットのことも助けたのに……《《俺のことだけ》》は助けてくれないのか……。
(オネガイ、タスケテ)
俺はメルキューレ侯爵家に引き取られるきっかけとなった過去の出来事を思い出していた。
もしかしたらエレナは俺の過去を知っているのかもしれない。血に塗れた、最低最悪な過去を……。
俺はエレナが憎くて仕方がなかった。エレナの顔は嫌いだ……《《あの女》》にそっくりだから。でも、だからこそ求めてしまう。
めちゃくちゃにしてやりたい。 (ヤサシクサレタイ) 跪かせてやりたい。 (ダキシメラレタイ)
(コンドコソ、アイサレタイ)
そう、エレナは────俺を一切愛さずに、虐げ殺そうとした実の母親に本当によく似ていた。もう二度と見ることの無いと思っていた《《あの顔》》が……俺が再起不能にしたはずのあの顔がそこにあると思うと……再びズタズタにしてやりたくなる気持ちと、今度こそ全てを受け入れたいと願う気持ちで、俺の心は引っ掻き回されるのだ。
俺は、どうしたらいいのか……。
エレナがエリオットと共に侯爵家を出ていってしまったその夜、《《またもや》》真っ赤に染まってしまった己の手を見ながら俺は大きく息を吐いていた。




