鳴神に打たれて(4)(終)
- Characters -
テッサン:リーダーのオッサン。蓬髪に髭の洒落者。かつて三人が住む集落の長だった。武器は斬鉄木刀。
ヤーボン:武力担当のオッサン。丸坊主に丸首シャツ。かつて戦闘教官だった。武器は超・鉄パイプ。
シマケン:技術担当のオッサン。瘦せ型の白衣。医療とメカを扱える技術超人。車載武器でアシスト。
- Previously -
水場を破壊する砂泳ぎの怪物、二体の死砂。
車輛を総動員した狩りは、一体を仕留めるものの、一体は待ち伏せの予定コースを逸れてしまう。
国家勃興の萌芽がみられたこの地域は、水場を失いふたたび死の砂漠へと回帰するかの瀬戸際にあった。
――暑い。
昼の砂地のど真ん中で待ち伏せ狙撃の真似事など、思いついてもやるのではなかった。
整備士ゲイラは、そのポイントの砂地に浅く埋まり、長い時間を伏せ続けていた。
シートを頭から被って日光を避けつつ、隙間から遠くを見張り続けている。
だが湿度がないので、日光さえ確かに遮れば室内より暑いとはいえ異常な高温になることはない。
陽の下は、子供の頃から苦手だった。
否が応でも、幼い頃を思い出す。どうしようもないときは、こうやって夜を待ったものだ。
ただ眩く灼けるだけでなく、自分にとってはなぜか精神の混乱と幻覚とを誘発する、日光。
それが生まれつきなのか、何か思い出せない遠い記憶に紐付いているのかは、良く分からない。
だがそんな貧弱孤児が、この時代に喰えていくはずがない。
この荒野で飢えて倒れたあの日、すぐに死ぬはずだったのだ。
――あッ、お前!バイク直せるか!?
血まみれなのに笑顔で、二輪を押して歩いていたその孤児が。
倒れ伏していた同年輩の孤児にかけるべき言葉は、まずそれではないはずだった。
思えば今以上におかしな奴だった気がする。
それが、最初の出会いだった。
そいつはどうやら追われていたが、天候の超絶不順を見て追っ手は諦めたようだった。
すぐに来た濛々たる砂塵の嵐の中、奴に急いで作らせた地中の穴倉で、身を寄せあって雷光を見上げていたのを覚えている。
――結局、二輪はただの燃料切れだった。
いざという時に備えて持ち歩いていた、盗品のパック。
喰えもしないそれが、俺たちの生命を繋いだ。
ほどなく、奴はどこぞの野盗から食料を盗んできた。
俺は必死に奴の二輪を整備した。
お互いの絆が生命線の、必死の綱渡りだった。
誰も知らないその水場が、俺たちが会い、食料を分け、バイクを直し、くだらない言葉を交わすベースキャンプだった。
やがて仲間が増え、装備が増え、ガレージを構えた後は、その水場は使わなくなっていた。
そもそもここは、少し掘ることでやっと、暫くしてから僅かな水が溜まる程度の小さな水場だったのだ。
当然にもいつの間にやら、そのまま砂に埋もれていた。
――水場を狙い、地中を泳ぐバケモノにとって。
その水源が「地表に湧いているか」は関係ないのではないのか。
ふと湧いた、微かな疑問と予感。
あのシマケンとかいう男の見立てを、信用しなかった訳ではない。
現に、主戦力はすべて回した。
念には念をのバックアップは、不安定な体調を抱えた者の性分に過ぎない。予感が外れるなら外れるで、誰も気づかないうちにガレージに戻っているつもりだった。が。
「………大穴を、当てちまったか」
砂煙が見えた。舌打ちをする。
仲間の二輪や四輪のものではない。自分で整備していれば、それは不思議とわかる。
――英雄になんかなりたくない。面倒な。
そういうのはレオの仕事だ。
が、待ち構えていた場に来た以上は、やらねばなるまい。
この背後にも、集落はあるのだ。
骨董品の旧文明兵器の、発射装置を手元に寄せる。
一人で持ってきて据え付けるのは、明け方とはいえ発狂しそうな大仕事ではあったが。
数時間掛かる電流チャージは、済ませてあった。
※※※
なぜ道を違えたんだ。
相棒を失ったからか。
このままではいけないと、そう思ったのか。
それならば少し分かるかな。
レオが二度と帰って来ない日があれば、俺も、違う道を往こうと決めていたから。
ゲイラはただ一人、畏怖よりも親愛のような奇妙な心持ちで、巨大な死砂が砂丘の目下で猛々しく砂を潜り、浴びせ、小さな水源を破壊しているさまを見ている。
思っていたよりも、ずっと巨きい。
その身は砂地の上でてらてらと水に濡れ光り、直射の太陽を反射する虹色の鱗が眩しいほどだ。
破壊途中の今は逆に、地下にある水が地表にあふれる手助けになってはいるが。
これが暫く続けば、水の道は深く砂山に埋もれて二度と地表に生命を育むことはなくなるだろう。
死砂。
ふざけた呼び名だと思うが、真性だったか。
気付かれずに砂中に伏せたまま、無線の発射装置を構える。
長い時間をかけて、個人的な趣味で整備してきた特殊武器――「電磁加速砲」の黒い砲口も、やや離れた砂中に同じく伏せて、水源直上を違わず狙っていた。
……あばよ。俺たちは、もう少し生きることにする。
お前は友のとこに逝け。
発射。
遠くの砂中の黒い砲身の位置が、青白い電磁パルスを纏うのが見えた――瞬間。
快晴の空に、抜けるような雷鳴と閃光が、轟いた。
凄まじい瞬間の衝撃波が、埋もれた発射地点、そして怪物の躰を一瞬で貫いた着弾点のふたつを中心に、周囲の砂を半球状に吹きとばしていた。
濛々たる砂煙。キーンという耳鳴りに、聴覚を奪われる。
一条の閃光が、視界の一部を白く焼いたままだ。
想像以上の衝撃と破壊力を持ち、どこまでも直線に突き抜けていった一発の砲軌は、まるで巨大な光線だった。
狙い違わず巨体を貫いたが、寝てもいられない。
ゲイラはのろのろと躰を砂中から這い出し、砂丘から見下ろす形で状況を確認する。
――まだ、生きているのか。
一撃が鋭すぎるためか、貫通孔ではあるが思いのほか「綺麗な傷口」のようだ。
衝撃で地中の岩盤が破壊でもされたのか、水が高く高く噴き上がっている。
死砂は飛沫の虹の中にのたうち回ってはいるが、その強すぎる生命力は健在のように思えた。
二発目以降は、撃てない。
パックのエネルギーを電気に変えて蓄電するには、更に数時間を要する。
万一逃げられれば、すべてが無為に終わる。
そんな予感が、背筋を凍らせかけたとき。
連続した砲撃が次々に着弾し、鈍い音を立て砂を飛ばした。
うち一発が、死砂の頭部に直撃し跳ね飛ばす。
反射的に、砲弾の来た方向を見る。
レオを先頭にした車輛群が、砂煙を上げながら爆走してこちらへ向かってきていた。
轟音と閃光の一撃は、味方に位置を知らせる役割をも果たしてくれたのだ。
…これで狩りの栄誉は、やつに。
二徹明けの整備長は、仕事を理想的な形で終えたことを悟り、その場に倒れ込んだ。
「………」
腹立たしい青空が、何事もなかったようにそこにはある。
だが不思議と、今は心身が乱されては来ない。
嫌でも昔を思い出す、友の到着を待つ想いがあるだけだった。
※※※
「ヒャッハー!水だー!」
砂の荒地に、今日もモヒカンバイクの声が響く。
「飲めるやつ持ってきてやったぞー!」
「食料まであるぞー!食いきれねぇ肉のお裾分けだー!」
「ええ…?」
ドサドサと物資を渡された周辺集落住民の混乱は、やむを得ないところではあった。
「まさかこんな大きな池ができるとは」
「池っつーか湖になる勢いだが…マジかよ」
流星号の三人と、戦闘を終えたシュタインズのメンバーたちは、それぞれに愛車と並んでその地の変貌を見ていた。
地中から滝のごとく吹き上げた真水が、砂地のただ中に広大な水場を形成しつつあった。
巨大な死砂の死体は貴重な資源であるので既に牽引移動し、小型の方と並べてある。
「おお、これは…」
「奇跡じゃ…奇跡が起こったのじゃ…」
その背後には、周辺集落から集合してきた住民たちが驚愕しながら覗き込んでいる。
大型の水場の出現は、彼等にとって生死を分ける一大事である。所有と分配の話し合いに、乗り遅れる訳にはいかなかった。
お土産の水と食料は、流石に予想してなかったが。
「地中には巨大な水源が有った。潜り泳ぐ死砂がこの時代ではほとんど不可能な、深深度の掘削工事をしてくれた訳だ」
語るシマケンはやや力がない。万全の待受体勢をスカされた責任を感じているのだろう。
「仕方ねぇ、まさか地中の状態までは予測できる訳がねえわ。その点、地元の奴のカンはさすがだぜ。よくピンポイントで見極めたもんだ」
ヤーボンが珍しく、頭脳派の活躍を褒める。
「生物相手だ、すべてが理屈通りには運ばない。最終的には死者ゼロ、目的完全達成、新規水場開拓のオマケ付きだ。喜ぶべきところだろう」
テッサンの言に、二人は頷く。
「ボス!どうぞ!」
「うむ!熱っつ!…美味い!程よく身が締まっていて絶品!シマケン、お前の説は正しかったぞ!」
「…そうか。それは良かった」
伝説の珍味を、毒見もなしに焼いただけでよく真っ先に喰う気になるものだが、それが彼なのは今では十分に理解できる。
「肉も美味いがウロコ!鱗が珍しくてキラキラで頑丈で気に入った!お前ら、鱗を全部集めてとっとけ!何かに使う!」
へい、と部下たちが踵を返す。
「簡単に調べたが、水質もかなりいい。これほどの水場、きちんとした地域の管理者がいなければ、やがて争奪争いの火種となるのは明らかだ。――王になる気に、なってくれたか?」
「いや。俺は王にはならない」
シマケンの問いに、レオは逡巡もせずきっぱりと答えた。
若い野盗の親玉は、後方の巨大な篝火を見る。
血抜きした死砂は解体され、次々と肉串になり焼かれている。
水と食料は十二分、更に流星号が提供した酒もあるとなれば、配下たちの頂点越えの上機嫌は当然だった。
「俺は自由。あいつらも自由だ。それに勝るものなど、ない」
何者にも指図はさせないという、不敵な笑み。
白衣の男の表情が、僅かに曇る。が。
「ゆえに、王などという義務にまみれた小さな存在では不服!今日から俺は――」
レオが、不敵な笑みのまま両手を開く。
「『神』になる!」
「!!!」
想定外すぎる宣言に、鱗を集める配下たち、肉を焼く男たち、周辺集落の住民たち、
流星号の三人まで含めた、その場の全員が眼を見開き、すべての視線が彼に集中する。
「神の領地はこの聖泉を中心に!一帯を『シュタインズ・ランド』とすることを宣言する!」
大仰に振り向き、水場を抱くように声を張る。
部下たちが、たった一人の例外もなく、叫び、腕を上げ、高揚感に沸き立った。
「ランドの掟は三つ!俺たちに襲い来る奴は、死刑!」
びし、と死砂の死骸に指を張る。男たちが、ざわざわと、しかし示し合わせたように鎮まり次の言葉を待つ。
「ランドに害を成す外敵も、死刑!盗む殴るのモメごとは俺たちが裁く、最悪は――もちろん、死刑に!処ーーーす!!!」
骨付き肉を、高く掲げる。
ウォォォ!
いいぞー!
処してー!
野太い漢たちの声が、荒野に谺した。
後方にいた近隣住民の代表たちも、驚きつつも頷きあっている。
いまのシステムが安定定着するのならば、それに越したことはないという判断を、各集落は下したようだった。それは、つまり。
「――新たな王国と憲法が、いま誕生したな」
「レオ・シュタイン…予想を超えた大物だったな。一本取られた様だ」
蓬髪の男が感心したように呟くと、白衣の男が静かに笑いながら応えた。
「死刑しかねぇように聴こえるんだが…」
「野獣たちを縛る鎖だ。それくらいでなくては」
筋肉質な中年男の当然の疑問は、痩せた中年男に満足げに一蹴される。
「嬉しそうだな、シマケン」
「嬉しいよ。これでこの地の十年、二十年後は、新たな秩序のもとできっと見違えるような」
「そうか、嬉しいか。…お前らは他人事だから嬉しいかも知れないがな」
「って、整備長か!寝たんじゃなかったのか」
珍しく浮かれていたシマケンが、やっと声の主を認識した。
「寝てられるか。お前ら、とんでもないことをしてくれたな…」
寝不足のうえに昼間の活躍で疲労の極みにある整備長は、その不機嫌も極みにあるようだった。
クマのある眼が、流星号の三人を睨む。
「何が建国だ。盛り上がってるこいつらは、今までどおりただ戦い集めるだけだがな。裏方は過労死するぞ。国境の策定、税の制定、国勢調査、立法と発布、俺はあと何日徹夜すればいいんだ?」
「各集落の名簿まで作って収奪していたのは知ってるぞ。ベースは出来ているはずだ。それに」
シマケンが、ゲイラの肩を叩く。
彼には珍しい馴れ馴れしさに、テッサンとヤーボンが少し驚く。
「領地の集落にも頭脳派は必ず居るはず。こんな時代に燻っている日陰者を見出して大きな力に育てる、そういう仕事は俺や君のような人間に、きっと向いているはずだろ」
「それ…は、そうだな…」
ゲイラが肩に置かれた手に触れる。そして。
その手を万力のようにギリギリと締め上げた。
「だからってイイ話で終わらせねえぞ。最低でも、そうだな…三十日は付き合ってもらう。一ヶ月で国家の基礎造りというクソブラック業務だ。だが嫌だとは言わせん」
「そういうことならテッサンのほうが向いているがね。とりあえず内規と経済をそれぞれ担当で手伝おうか。外交はその後だ」
涼しい顔で協力を約束するシマケンに、テッサンも口元だけでニヤリと笑い同意を示した。
しかしモチベの高い二人を冷やかすように、ヤーボンが高あくびをする。
「そんなもんに付き合うのは退屈だな、ほっといて行こうぜ。なんとかなるわ」
「お前は王国兵士を集め鍛えるという仕事があるだろ」
「むろん俺がやるべきだとは思っていた」
一瞬で手のひらを返した彼の、丸刈りの下の瞳は誰よりもモチベと使命感に溢れていた。
「おう!お前なら歓迎だ、また皆と遊んでくれよ!」
「っとレオ、いつの間に」
そこへ集落代表も集まってくる。
「早速ですが、税制と法案についてご相談させて頂きたく…」
「堅苦しいマジメは嫌いだから面白い話をしろ!そうだ交易をやれ!生産品を交換するのだ!」
「良案ですが、貨幣が欲しいところですね」
「貨幣か。持ち歩き易く、貴重で、だが数多いもの…そんな都合良く…」
整備長はそう言いながら、ふとレオが集めさせた死砂の鱗の山を見た。
「なんだと!?やらんぞ!欲しければ食料か、珍しい産物と交換だ!」
「そうしろと言ってんだよ」
レオの見苦しい態度に、ゲイラがツッコミをいれる。
「労働の対価でもいいな。公共事業がてら、新オアシスの湖畔に城でも建てさせろよ」
「あ、ウチの集落に建築できるモンがおります…」
「その前に国道じゃないか?」
「当集落内に、道路整備用の車輛を持て余しておりました」
「ああそういう話はまあまあ楽しいな!スタジアムを建てよう!国立競技場だ!」
あの謎スポーツ流行らせる気か。全員が心の中でツッコミをいれる。
「王よ、ご薫陶される国の未来に心躍る思いです。周辺集落は改めて、心より臣従します」
多くの者たちが、レオの足元に頭を垂れた。
「神だがな!まあ呼び方は好きに呼ぶがいい!」
その姿は当に、王者のそれだった。
「おーおー猿芝居猿芝居。王様上手く動かして、美味しいとこをなるべく貰ってこうと思ってるぜアレは」
「さすがに長老クラスたちは賢い。建国も一筋縄ではまとまらんかもしれんな」
「いや、大丈夫だろう――」
シマケンはそう言いながら、再度の死砂襲来に備え、据え付けられつつある鳴神の砲を眩しく仰ぎ見た。
――この国には、子供たちが数百年憧れるはずの、立派な建国神話が出来たのだから。
(FIN,.)
お読みいただき、ありがとうございました。
アクションノベルなら短編がいいかなと思いつつ、
短かすぎたので来週も二群の続きを書こうと思います。




