お前はもう死んデレラ(1)
- 主要登場人物紹介 -
テッサン:リーダーのオッサン。蓬髪に髭の洒落者。かつて三人が住む集落の長だった。武器は斬鉄木刀。
ヤーボン:武力担当のオッサン。丸坊主に丸首シャツ。かつて戦闘教官だった。武器は超・鉄パイプ。
シマケン:技術担当のオッサン。瘦せ型の白衣。医療とメカを扱える技術超人。車載武器でアシスト。
「好きとか、嫌いとか…最初に言い出したのは」
「誰なんだろうな」
荒野の夕刻。
傾いた廃ビルが長く影を延ばすその向こう側、地平線に落ちる夕日を眺めながらの大型トレーラートラックでのドライブ。
眺望も雰囲気もいいが、運転席も助手席も年季の入ったオッサン同士では如何ともし難いものがあった。
「最近は追うケンカばっかりだったから、敵を待つカタチは久々だのぉ」
「しかし今どき、たいしたお人だ。孤児を集めて食わせて教育するなんて」
「うーむ、理想は極上だが、ちと防衛パワー不足な気もするがな…」
本日の去る正午頃、荒野の真ん中でのエンジン不調で立ち往生していたその人を、偶然に見かけたのは流星号の三人だった。
そのときは別に、何者とも思わなかったのだが。
シマケンの技術と予備パーツにより割と簡単に蘇った車輌は、ぜひお礼にと彼らを小さな教会跡に案内していた。
そこには水があり、畑があり、子供たちがあり、
そして、そこを狙う野盗の影があったのだ。
「野盗のボスがあの人に岡惚れしていて、今のところは実力行使されるには至っていない…とは言ってたがな」
「逃げるにも場所なく、子供たちを人質に取られたようなものだ。いずれ時間の問題だろう」
運転席で遠い目で懸念を騙るのは、髭に蓬髪のテッサン。
丸刈りマッチョのヤーボンが、助手席で鼻で笑う。
「ま、おれたちと偶然知り合えたのが…」
「悪党共には運の尽きという訳だ。待てば勝手に来るのだろうが、一応周囲はきちんと見張っておこう」
「おぅ」
二人を乗せた流星号は、特に気張る様子もなく念のため程度に周囲を警戒しつつ、荒野を流していた。
遠くを、レギオンのラクダが走り抜けてゆくのが見えた。
※※※
「すみません、子供たちの相手までしていただいて」
「いいえ、私は教えるのが好きな質でしてね。…みんな、エンジンの仕組みはだいたい分かったかな。農作業にも機械は必要だから、君たちの『知りたがり』はいつか、必ず先生を助けるよ」
夕暮れの陽が差し込む、古い廃教会の内部。
宗教的な備品や装飾は失われたが、どこか落ち着く荘厳さを保ったままのその室内で、シマケンは臨時の教鞭をとっていた。
皆で床に座ってきらきらと輝く瞳で見あげるのは、大中小取りそろえた十人程度の孤児たちだ。
「さてエンジンといえば…みんな、これが分かるかな」
パック!機械やクルマを動かすやつ!
れぎおんがもってきてくれるやつ!
様々な声が上がる。
「そう。なんでも分解しようとするのは良い勉強だけど、これだけは分解しようとするんじゃないぞ。これは」
シマケンが、手に持った何の変哲もないパックを掲げる。
「本来、文明社会が手を付けてはいけないモノが封じられている」
子供たちは驚くでも騒ぐでもなく、礼儀正しく聞き入っている。教師たる存在の指導が、学習以外にも行き届いているのをシマケンは感じた。
「きちんとした文明が再成立したら、実は忘れられたほうが良いモノなんだ。…化石燃料や電気で、人は十分生きていける。欲を出してはいけない」
「かくゆうごう?」
「核融合なら、まだマシなほうだよ」
良く知っているねと苦笑いしつつ、シマケンはやわらかく否定する。
「僕が次の世代に伝えたかったこと、分かってくれたかな」
はーい、と元気な声が応える。
その中に、一人だけ浮かない顔の男の子がいた。シマケンは彼の隣に座る。
「君は技術の話は苦手?」
静かに頷く。
「何が好きなんだい?野菜作りとか、料理とか?」
「………お医者さんに、なりたい」
でも勉強する本も道具もないし、と呟く。
そんな夢を持つ子供が、こんな時代に居るとは。いやそりゃいるか。
シマケンの胸中を、温かさと希望が満たす。
「そうか。君はラッキーだな。…いや、私がラッキーなのかな。あとで、良いものをあげるよ」
そのとき。
流星号とは異なる、野太く吠えるようなエンジン音が聴こえた。
それはすぐに増え、威圧的に吹き鳴らしながら、夕闇に閉じられつつある建物を取り囲む。
招かざるお客さんが、来たようだ。
その襲来は、全員が予想していた。
「…みんな、訓練のとおり地下室へ。怖くないから、焦らずにね」
小さな未来を地下へ逃がし、大人二人は眼を合わせて頷いた。
通信機で連絡はしたので、すぐにテッサンとヤーボンが来るだろう。
室内の灯りをつけたシマケンは、緊張すらしていなかった。
※※※
「ヒャッハー!先生さんよぉ、土地明け渡しの件は決心してくれたかぁ?!」
「ここを出て、どこへ行けというのですか」
「ああ〜ん?なハにを言ってんだぁ〜?」
毅然とした反応を半笑いで嘲笑ったのは、傍若無人、を絵に描いたようなキャラだった。
黒革と鉄鋲の服装に中途半端な筋肉を包み、派手な髪形で威嚇する。
その姿は、もしも『チンピラ大辞典』が編纂される日があれば、挿絵の有力な候補となるだろう。
「アンタみたいな美人なら喜んで、ウチで面倒みてやると言ってんだルぉ〜?」
「私には子供たちを食べさせていく責任があるのです」
「ガキなんか勝手に増えて勝手に生きて勝手に死ぬだロォが!」
仕草も会話も見事に教科書通り。
この先の展開は、ボコられてのハッピーエンドまで見通せる。
――そのはずだったのだが。
「そうですよ!平和と正義のため、あなたがたはこの方の言うことを聞くべきです!」
…あまり見たことのないタイプがくっついている。
それは金属の全身鎧に身を包み、自分が振り回されそうな大大剣を背負った、小柄な『騎士』だった。
発言も見た目も明らかな『異物』のせいで、シマケンは視えていたはずの先の展開を見失った。
少なくともチンピラ辞典には載っていない珍種だ。
頭部まで完全に鎧に覆われているので、中身の正体は一切分からない。男か、女か、子供か、小柄な大人か。大穴で人工知能か。
確かに戦闘スタイルには間違いないものの、小動物のように小さくも威勢よく動く銀色の姿は、この暴力の荒野にまるで似つかわしくはない。
「この方は、地域をまとめてルールを敷いて、平和と正義を与えるおつもりです!また、正々堂々とこちらに求婚をしに参ったのです――」
鎧の変人はくぐもる兜内の声でそう一気にまくしたて、
「――ですよね?」
自信なさげに、求婚チンピラを振り返った。
「そうだよォ〜!だからしっかり無料の用心棒やってくれやぁ。お勉強の時間は終わり、こっちは先生と保健体育の実習をおっぱじめるからよォゴッッ!!」
そのときドアがマッハでブチ開き、前にいたチンピラはケツを強打して長距離を滑空した。
そのまま床と壁との接合部に、顔面を強打しつつ着陸する。
「残念だが、一時間目は俺と道徳の授業だ」
「二時間目は体育の授業も持っちゃるわい!」
――模擬木刀と鉄パイプを背負った、鬼教師たちのご帰還だ。
外に何人かいたはずの野盗の仲間は、おそらく丁寧に叩き潰してきたとみえる。
この時点で、普段なら勝負あったと言っていいだろう。が。
「なんなんですかあなたがたは!」
小柄な覆面騎士が、憤慨した様子で文句を言っていた。
想定外の銀色の異物に、二人とも目を丸くしている。
「シマケン、このちっちゃいのは?」
「よくわからんが…チンピラの用心棒だそうだ」
「その鎧と剣、自分で造ったのか?」
「わが名は!サンドリヨン・ド・スガヌマ!この荒野に平和と正義をもたらす『大騎士サリヨン』と人は呼ぶ!暴力的な悪党共め、我が剣の――サビとなれッ!」
言うが早いか空を切り裂く音を立て、己の身長ほどもある背の大剣を一瞬で水平に一閃した。
…あの得物を、見えないほどの速度で。
テッサンとヤーボンは辛くも躱したが、背後にあった鉄の配管が両断される。
躰ごと振り回されるかに見えた鉄の大剣は、ビタリと宙に静止している。
「あっぶね!」
「――問答無用か。危険だな」
小柄な見た目に反して、サリヨンの膂力は凄まじいものがあるようだ。
楽な仕事と思ったが、意外な伏兵か。
「キャハハ!やるじゃない!さあ用心棒の先生、あいつらをやっちゃって!」
無料で使える暴力マシンの望外な高性能に、求婚チンピラのテンションが上がる。
「…ここは俺かな」
「用心棒対決だ!先生、お願シャス!」
テッサンが一歩前に出る。
ヤーボンはお道化た仕草で頭を下げる。
「逆らうか!お前たちは、なぜ平和と正義を理解しようとしないのです!このせ」
「旗印に何を掲げようが、迷惑は迷惑、暴力は暴力だ。それとな」
「黙りなさい!この闘争支持者め、世界の未来をもっときちんと考えてください!!天誅!!」
人体をも両断し得ると思えるサリヨンの巨剣の一撃を、テッサンの木刀――実質は特殊素材による金属分子分解剣――が、正眼の構えと確かな重心移動で弾き返す。
室内に反響く高い音――まず、一発目の共振動。
綺麗に当てていれば、もうこれで剣の能力は『発動』しているはず。
シマケンは、久々に集落長の技倆を見る機会に観客気分で期待していた。
「くっ……この……!」
「偽善はお互い様、力で解決もお互い様。残念ながら、俺たちはアンタに説教する言葉を持たない。でもな」
二撃目は、鋭い目つきに変わったテッサンから仕掛けた。
ごく簡単な、横振り。
だが相手が反射的に、立てた大剣で受けようとするのを見届け――
斬鉄剣は、急加速した。
気がつけば、大きく踏み込んでの残心にすべては終わっていた。
「な…なにを…」
気圧されたサリヨンが呟くように言った、次の瞬間。
騎士の大剣は中程と根本の二箇所で切断され、敢え無く崩れ去った。
「な…!」
「屈伏を求めるたび、平和と正義から遠ざかってしまう。だから秩序とは、そう単純な二元論では語られない。今日はそれだけ覚えて、帰れ」
「ば…えっ――!」
大剣に続いて――その身を包む金属鎧までもが、細かく破壊されて崩れ落ちた。
反響位相をずらす特殊素材の模擬刀は、一度打ち合い響き合った金属一面を、抵抗力の極限までの低減により紙のごとく易々と切り裂く。
一撃目の振動は、接触面が多く、剣と同一素材の鎧全体に伝わってしまっていたのだろう。
ひとことで言うと――金属鎧でテッサンと相対するのは、相性が悪すぎるのだ。
だが、だからといってこの狭い室内で、一瞬で、敵の装備「のみ」を完全に無効化するのは簡単に出来ることではない。
ヤーボンほどのパワーはないが、テッサンの技倆は齢を経るたび鋭さを増す。その凄まじい疾さと正確さに、シマケンは密かに舌を巻いていた。
そして、瞬時に決着をつけた斬鉄の剣士が背を向けた後には。
殻を剥かれた蝸牛――顔立ちにやや幼さの残る、金髪ショートヘアを汗で額に張り付かせた、一人の女の子が。
ごく簡素な下着姿で、やかましかった『主張』も忘れ。
大きな口をぽかんと開けて。
驚愕と屈辱の衝撃のまま、床に散乱した鎧の残骸のただ中に、肌を晒してフリーズしていた。
――そういや、あいつは元気で村医者をやってんのかな。
甲冑娘サリヨンの気の強そうな素顔に、シマケンはなぜか、郷里で成人した養女の面影をぼんやりと思い出していた。
(続)




