28歩目 いくつかの賭け
「それじゃあ……いくよ」
サクラはコスモスを脇に抱えて、隠れていた倉庫を飛び出した。
既に作戦会議は終わっている。コスモスの提案にサクラは文句は無かったし、2人の命をその作戦に賭ける覚悟も決めてきた。あとは、いくつかの賭けに勝ち続けるだけだ。
薄暗い廊下を駆け抜け、窓から外に飛び出した先は見晴らしのいい道だった。目的地であるコロニーの中心部……アクビィがいる超指令室が確認できる。どうやら登場時の演出で爆破したのはあの部屋だったらしい。外壁には大きな穴が開いており、穴の向こうに小さな人影が見えた。
アクビィだ。100m以上の距離があってなお、サクラは彼と目が合った気がした。
見晴らしのいい場所に出てきた時点で、サクラ達は天空から見下ろす監視カメラに発見されている。まず最初の賭けとして、敵の機械がサクラの元に辿り着くよりも早くアクビィとの距離を詰めなければならない。
そのために秘策その1を用意してある。サクラは左手を掲げ、ワイヤーアンカーを発射した。
サクラの使うワイヤーアンカーは、ガスとモーターで駆動している。本来の用途は高所作業などで安全を確保するため足場に向けて打ち込むことだ。そのためアンカーを打ち込める距離は数m以内に限られる。それ以上アンカーを飛ばそうとすると機巧に負担が掛かり、寿命を縮めてしまう。そのため射出機巧にはリミッターが取り付けられている。
サクラは作戦会議の間にそのリミッターを取り外していた。
リミッターを外され、簡易的な修理を施されたワイヤーアンカーが射出される。反動でサクラの体勢が崩れるほどの速度で射出されたワイヤーは、数十m飛んで建物の外壁に固定された。モーターが火花を散らしながらワイヤーを巻き取る。暴力的とさえいえる力に引っ張られて、サクラの体が宙を舞った。
(こ、怖い!)
びゅうびゅうと耳元で鳴る風の音と、お腹の底が冷えるような浮遊感にサクラは体を強張らせる。しかし、すぐに行動しなければ勢いのままにどこかへ叩きつけられて終わりだ。サクラは恐怖を噛み殺し、次の建物へ向けてアンカーを撃ち出した。
これがサクラ達の最初の作戦。アクビィに見つからないように近づくのではなく、見つかっても関係ないほどの速さで接近するのだ。
ほんの数回のアンカー射出と、ほんの数秒の空中散歩だった。それでも多大な恐怖をサクラに与え、それ以上に大きな負担をワイヤーアンカーに与えた。火花を散らしているモーターから部品がいくつか弾け飛び、ワイヤーがサクラの腕から吹き飛んだ時には、サクラは最後の方向転換を果たしていた。
4階に存在する超指令室へ飛び込む軌道はコスモスが計算済みだ。着地時に運動エネルギーを使い果たすように計算されていたが、それでもサクラはかなりの勢いでコンクリートの床へと叩きつけられることになった。ゴロゴロと転がって少しでも衝撃を和らげる。傷を負った脇腹に酷く響いた。
「ナントマァ驚いた。人間というよりパチンコ玉のようだナ」
痛みに耐えて立ち上がる。顔を上げて向き合った先には、モニター越しに何度も見た異形の機械が立っていた。
「やっと会えたね、アクビィ」
「モニター越しに見えていた……という無粋なことは言うマイ。会いたかったゾ! 我が宿敵よ!」
「宿敵……なんだ。私が戦いたくないって言っても?」
「ナント悲しいことを言うのだ! この超司令室まで辿り着いたのはオマエサマが初めて。ワタシサマがここまで仕留めきれなかったのも初めて。これは運命が決めた宿敵に違いナイ!」
「あんまりロマンチックじゃない運命は遠慮したいな。私は桜の情報を教えてくれればそれで良いんだけど」
「それはワタシサマに勝ったら教えてやると言ったハズだ。あまり興が削がれることを言うな宿敵よ。ワタシサマはこの瞬間を待ち侘びていたのだ」
アクビィの返答は予想していた。話し合いで解決するなら、最初からこんな状況にはなっていない。サクラだって正直、痛い思いも怖い思いもしたので頭にきている。
それでもサクラは、これだけは言うべきだと思っていた。
「ねえアクビィ、聞いてほしいことがひとつあるんだ。無駄なことかもしれないけど」
「無駄はキライだが、あえて聞こう! 何を言いたいのだ宿敵よ!」
「もう、殺すべき人を探さなくて良いんだよ。あなたにそう命じた人はもういないんだから」
アクビィは部屋を見回した。超司令室と名付けられた部屋。大きなモニター、各地の機械に指示を送るためのコンソール、通信士や指揮官のための椅子。
それらは全てアクビィには必要のないものだ。視覚情報は自分で読み込めばよく、機械達への指示も自分で行えばよく、疲れを知らない機械は椅子を必要としない。
この部屋の全てはアクビィの主のために作られたものだった。そして、この部屋を必要とする存在はずっと不在だ。
「そうだな」
アクビィはサクラに向き直った。声を聞いていた時はあれだけ感情豊かだったのに、機械の顔はずっと無表情なのだとサクラは気づいた。
「オマエサマには、生まれてきた意味は存在するか?」
「哲学の話? よく分からないけど……たぶん無いんじゃないかな」
「気の毒に」
アクビィは嘲りと狂喜を込めて言った。
「気の毒なことだ! ワタシサマにはあるぞ! 生まれた意味が、人間から与えられた存在意義が! どうしてその意味を捨てられようか! ワタシサマは殺す! 敵を殺した瞬間だけ、ワタシサマの存在意義は満たされるのだ!」
アクビィは左腕と一体化している銃を構えた。しかし、サクラの頭にぴたりと照準を合わせたにも関わらず撃ってこない。
「サア、オマエサマとワタシサマの2人で殺し合いだ。準備するまで待ってヤロウ。殺し合いに必要なのはぬいぐるみではなく武器だカラナ」
アクビィはサクラが右腕に抱えているコスモスを見た。殺し合いの場には不釣り合いな可愛らしさだ。サクラは肩をすくめて言った。
「コスモスは仲間だから手離すつもりはないよ。あと、2人じゃなくて3人だから」
「2体1か。卑怯とは言うまい。挑戦者の涙ぐましい工夫はワタシサマが正々堂々1人で受けて……」
「嘘つきだね、アクビィ。そっちもオートマトンを呼び寄せてるんでしょ。会話をしてるのは時間稼ぎだ」
アクビィは沈黙で返した。サクラはそれを肯定だと受け取った。
オートマトンが到着すればサクラに勝ち目はない。逆に言えば、アクビィ単体であればサクラでも打倒し得るスペックだった。そして全ての戦闘機械を操っているアクビィさえ倒してしまえば、オートマトンの動きも止まる。
アクビィは時間を稼ぐほど有利になっていく。すぐに撃たないのはサクラからの予想外な反撃を警戒しているためだった。大怪我をしている少女に対して過大な程の警戒だが、アクビィが求めているのは完全なる勝利だ。
(だが、ナラバ……)
アクビィの思考回路にふと疑問が浮かぶ。ならば、それを理解しているのに何故目の前の人間は動かないのか。
その疑問に思考が行き着いた瞬間、アクビィは身を翻し、壁の大穴から外に向かって銃を構えた。
サクラとコスモスが隠れていた倉庫は試作品の保管場所だったらしく、奇妙な武器や兵器が保管されていた。剣先から銃弾を発射する銃剣、小さな自立稼働ロボット、対象を追いかけて自爆するドローン。他にも様々な機械が埃を被っていた。
コスモスはその中から有用な武器を見つけ出した。そのうちのひとつが、事前に設定した弾道の通りに飛ぶミサイルだ。サクラ達が倉庫を出て1分後に点火するよう設定されたミサイルは、コスモスが設定した通り倉庫を飛び出し、廊下を飛んで窓から飛び出し、サクラを追いかけるように超指令室へと飛んで来た。
高速で飛翔するミサイルを上空からの監視カメラで発見したアクビィは、即座に撃ち落とすべく弾道を計算して射撃した。コスモスが設定したランダムな回避行動を予測し、回避した先に銃弾を置く。AI基準でも並外れた計算によって放たれた弾丸は空中でミサイルを捉え、弾頭に積まれた火薬に引火して爆発させた。
「ハハハァ! 悪くない手だ! しかし――」
アクビィがミサイルを処理している隙にサクラは動き出していた。アクビィを中心に弧を描くように走りながら、コートのポケットから取り出した球体を放る。見た目は手榴弾に酷似したそれを、振り返ったアクビィは空中で撃ちぬいた。
照準から発射まで0.2秒の早業。アクビィには手榴弾が起爆することも織り込み済みだった。至近距離の爆発を食らえばアクビィのボディとて破損するだろうが、人間と違って腕や足がちぎれても動けるのが機械の利点だ。逆に爆発に巻き込まれた生身のサクラは動きを止めざるを得ない。そのタイミングで銃弾を叩きこめば決着だ。アクビィの計算はしかし、手榴弾の内部から飛び散った液体によって否定された。
「ナニィ!?」
飛び散った液体は空気に触れるとすぐさま固まり、石のような硬さになった。これもまた倉庫に死蔵されていた薬品の一つ。サクラが手榴弾の火薬を全て抜いて詰め直していたのだ。
液体は投げられた手榴弾の勢いのままアクビィに降りかかる。もちろん、手榴弾を撃ちぬくために真正面を向いていた銃口にもだ。
銃口を潰された。アクビィの電脳回路がアラートを出す。発砲すれば暴発の可能性あり。しかし、除去するより早く敵が――。
アクビィの動きが止まった瞬間、サクラは床を蹴って進行方向を捻じ曲げた。アクビィの周囲を回る動きから、まっすぐ突進の動きへ。慣性を殺す無茶な動きに傷口が酷く痛む。それでも動きを緩めるわけにはいかなかった。いくつかの賭けに勝って手に入れたチャンス。この機を完全なものにするために、サクラは抱えていたコスモスを放り投げた。
「……っ!」
アクビィから言葉にならない驚きの気配。口だけで驚いて見せていた今までとは違う、本当の予想外だった。――おい、仲間は手離さないと言っただろう! コスモスの電脳が叫んだ。ぬいぐるみはアクビィの視界を塞ぐように投げられている。サクラを迎撃するために液体から庇って自由を保っていた右腕でコスモスを払いのけた。
その姿を見てサクラは笑った。アクビィの行動が示す事実は2つ。この部屋にアクビィの視界になるカメラは無い。そして、本体の視界は顔についているカメラのみ。コスモスの予想通りだった。
コスモスが文字通り体を張って稼いだ一瞬でサクラは警棒を抜き放ち、紫電を放つその先端をアクビィの胸に突き立てた。




