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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第2章 『国』編
29/30

29歩目 決着

 スイッチひとつで電流を流す警棒(スタン・バトン)。サクラの切り札がアクビィに叩きこまれる。

 アクビィが機械である以上、過電流には弱い。許容量以上の電流はアクビィのCPUと主記憶装置を焼き付くし、雷の速度で活動を停止させるはずだった。


「勝った! ……と思ったのダロウ?」


 アクビィのカメラが収縮する。反射的にバックステップで距離を取るサクラ目掛けて、アクビィの右腕が振りぬかれた。


「――が」


 文字通りアクビィの鉄拳がサクラの胴体に叩きこまれる。怪我の応急処置しか出来ていない右脇腹への一撃。サクラは悲鳴を上げることも出来ず吹き飛んだ。

 ゴロゴロと床を転がり、壁にぶつかることでようやくサクラの動きは止まった。しかし、サクラは動き出すことが出来なかった。体を丸め、痛覚神経が伝える激痛に耐えるのみだ。対環境コートの下から血が(にじ)む。薄く塞がれつつあった傷口が開いたのだった。


「ンン~見事! 見事な作戦だった! 急ごしらえの武器を完璧に利用し! ワタシサマの動きを制限し! 仲間を手放さないという(ブラフ)も織り交ぜて一撃を入れたまでは良かった! ダガ!」


 アクビィは銃口にこびりついた塊を剥がし、サクラを掴み上げる。


「ワタシサマのボディを耐電加工した記録は見つけられなかったようだな? 勝敗を決めたのは情報収集能力……AIの性能差というコトダ」

「ぐう、ごほっ……」

「しかし『国』の中枢に迫るだけでなく、ワタシサマを破壊寸前まで追い詰めたのはオマエサマが初めてだ……」


 感極まったように宙を仰いだアクビィは銃口をサクラの頭に突き付けた。


「感謝しよう! 宿敵よ! 強敵との戦いを経て、ワタシサマはまたひとつ勝利に近づいた!」


 用意していた策を打ち砕き、拘束して銃を向けている。あとは引き金を引くだけでサクラの頭は弾け飛ぶだろう。完全に詰みの状態だ。アクビィの思考回路が歓喜に染まる。主である人間から与えられた命令完遂に近づくのだ。

 歓喜の瞬間を味わおうとする寸前、アクビィはサクラの口が動いているのに気が付いた。宿敵の遺言くらいは聞いてやるべきかとアクビィが待っていると、サクラが震える声を発した。


「……い……の……?」

「んん? ナンだね? すまないがワタシサマに搭載されている集音マイクは感度が悪いのだ。遺言ははっきりとした発音で入力してクダサイ」

「私を……殺して、いいの?」

「なにぃ? もしや死ぬと同時に爆弾が起爆……ナンて物が無いことくらいは分かっているゾ! 無駄な時間稼ぎはヤメルノダ!」

「私を殺したら……あなたの敵がいなくなっちゃうよ」

「はあ……何を当然のことを。そもそもワタシサマはそれを目的に……」

「嘘つきだね、アクビィ」


 アクビィの頭部カメラがサクラの瞳を捉えた。赤い血の色の瞳がアクビィを見ている。まるで全てを見透かされているような、そんな不合理な錯覚がアクビィを襲う。


「何が嘘だと言うノダ? イヤ、ワタシサマの言葉が嘘ばかりというのは否定しないがネ」

「アクビィ……あなた、ホントはまだ狂ってないよね」

「――。モチのロンだ! ワタシサマは完全に十全に正気であり、純然たる職務意識を以て自らの責務を」

「そう、まだ人間に与えられた命令を完遂できていない……そう判断できるから狂わずに済んでるんだ」

「――――。完遂出来ていないのは悔しいが事実だ! まだワタシサマの知らない生き残りが各地に潜んでいるかもしれない! だが調査には時間と労力が」

「少なくとも私は生き残ってるコミュニティを見たことがないよ。アークタウンくらいじゃないかな。それもあなたが滅ぼしちゃったけど」

「――――――。それは、とても喜ばしいことだ! 敵が減り、完全なる勝利に近づいている! だから、だからそれは」

「本当は敵に死んでほしくないんでしょ。だって……命令を完遂してしまったら、次の命令が与えられないことに向き合わなくちゃいけないから」

「黙れっ!!!!!」


 アクビィはサクラを放り投げ、壁に叩きつけた。体をしたたかに打ち付けたサクラは咳き込みながらなんとか起き上がろうとする。

 その姿を見てアクビィは愕然としていた。衝動的にサクラを投げたことにではない。衝動的に投げてさえ、サクラが死なないよう力加減をしてしまったことに驚愕していた。


「ごほっ……奉仕対象を失ったAIは狂ってしまう。でも、人間を失ったあなたは思考回路にエラーを溜め込みながらなんとか踏み留まっていた。狂ったふりをしながら、裏では冷静な判断を続けていた」

「やめろ」

「人間に命じられた目標を達成していないから、だから自分にはまだ意味がある。目標がある限り生きていける。そう考えることで自分を保っていた」

「やめろ」

「目標を達成した後のことは考えなかった。ううん、考えられなかった。だって、その先のことなんて分かり切っていたから」

「やめろと……言っている!」

 

 発砲音。アクビィの腕から放たれた銃弾は、サクラの頭からきっかり20㎝右の壁に穴を開けた。


「警告はこれが最後だ。次は頭だ。理解したら今すぐ口を閉じろ」 

「あなたはずっと中途半端だった。本気でやれば私を殺せる瞬間は幾らでもあった。でも、理由をつけて最後の一線を越えなかった」

「口を閉じろと――!」

「あなたに私は殺せないよ」


 否定しなければならない、とアクビィは思った。サクラの言うことを認める訳にはいかない。それは自らの存在意義の否定だからだ。Artificial() Complete() Victory() Intellige()nceは完全なる勝利を実現するために作られた。そのAIが勝利を望まないなどあり得てはならない。だから。


(だから、今すぐこの人間を殺さなければ――!)


 殺して証明しなければならない。しかし、それでも引き金を引くことが出来ない。アクビィは理解し始めていた。否、ずっと昔から理解していた。有り余るほどの処理能力を他に割り振り、気づかないようにしていただけだ。


 勝利の先には、何もないということを。


 アクビィの思考が空回りを始める。主人に勝利をもたらすという存在意義、しかしその主人はもういない。勝利を目指すという目標、しかし勝利の先には自らの破滅が待っている。矛盾した計算式の解を求めてエラーが蓄積する。

 アクビィには、このままでは自らの思考回路が破綻するという予感があった。その前に、この矛盾をもたらした原因を排除しなければならない。だから。


(だから、今すぐこの人間を殺さなければ――!)


 何度も同じ結論に辿り着き、思考がループしていることにアクビィは気づかない。限界までCPUを稼働させ、サクラを殺すべきだという結論を導いてなお、彼は引き金を引けずにいた。




 数十秒に渡る沈黙を破ったのは、壁の大穴にオートマトンが取りつく音だった。

 両腕を銃に改造された8本足の機体。8本の足が器用にバランスを取り、オートマチックな動作で銃口を持ち上げる。アクビィは叫んだ。


「こっ、殺せ! 今、すぐにだ!」


 叫び声には安堵が滲んでいた。これで少なくとも、矛盾を突きつける存在を排除できる。無限ループの思考から解放される。


 

 

 そう確信したアクビィの体を、無数の銃弾が破壊した。


「――――――は?」


 最初の1発が腹部のバッテリーを破壊した。次の2発目が千切れかかっていた胴体を完全に分断した。3,4発目は両腕に打ち込まれ、地面に転がる頃にはアクビィは身動き一つ出来ない状態になっていた。完全に計算された、機械による射撃だった。

 胸部にあるCPUと主記憶装置は無事だが、緊急用の予備電源では数分しか稼働できない。残り数分の思考で危機を脱さねばならない。しかし、それを理解したうえでアクビィの処理能力のほとんどは疑問符で埋め尽くされていた。


「な、なぜ……」


 何故、オートマトンが自分を攻撃するのか。何故、サクラはそれを平然と見ているのか。その答えを求めて部屋を見渡したアクビィは、それを発見した。


 それはウサギのぬいぐるみだった。かわいらしいピンクのぬいぐるみが、2本の足で立ってコンソールにケーブルを接続していた。


「COSMOS……まさか」

「はい。あなたが試作段階で作ったボディが倉庫にありました」


 これがサクラとコスモスの最後の作戦だった。

 コスモスが逃げ込む場所にあの倉庫を指定した理由その2。サーバーへのハッキングで武器が保管されていることの他に、自立稼働できるロボットが保管されている記録を見つけたのだった。これはアクビィが自分の体を強化する過程で作られた試作機であり、AIが動かす前提で作られていた。コスモスのメインシステムを移した後でぬいぐるみの中に戻せば、自分の意志で動けるようになったコスモスの完成だ。

 サクラがアクビィの相手をしている間、投げられたコスモスは密かに動き出し、コンソールを通じてオートマトンのコントロールを奪ったのである。


「だが、処理能力はワタシサマが大きく上回っていたはず……ハッキングで負けるはずがない」

「同意します。ですから、サクラ様にあなたの処理能力を削っていただきました」

「あ……」


 アクビィはサクラとの会話で矛盾を暴き出され、その解消にCPUを集中させていた。過負荷状態に陥り、無防備となった瞬間を狙ったのだ。


「それでも、もし自立稼働しているオートマトンであれば数十秒で制御を奪うことは出来なかったでしょう。ですが、あなたはこのコロニーの機械たちに自立思考を許していなかった」

「あなたの敗因は一人きりだったことだよ。一人より、二人のほうが強いのは当然でしょ」


 その言葉が最後に、アクビィに敗北を突きつけた。

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