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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第2章 『国』編
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26歩目 悪魔のような発想

 扉の外に整列して銃を構えているロボットたちを見て、サクラは舌打ちと悪態を嚙み殺した。銃口はサクラとコスモスにピタリと合わせられている。アクビィの指示があればサクラ達を穴だらけにするのに1秒もかからないだろう。

 サクラは部屋の中に素早く目を走らせる。ドアはロボットが待ち構えている1つだけ。サクラ達が入ってきた換気口は天井付近にあり、潜り込むのに少なくとも3秒は必要だ。逃げ場は……ない。


「何故……ロボットにはまだ指令が出されていないはず。監視カメラにも映っていません」


 コスモスが呟くように言った。その声からはコスモスらしからぬ困惑が感じられた。


「Acvi、あなたはまさかワタシの侵入に気づいていたのですか」

「野良猫のように素早く、野犬のように慎重なハッキング! ミゴトなオテマエ! ワタシサマでもちょっと手古摺(てこず)足摺(あしず)りデシタ、ガ!」


 アクビィの顔がモニターいっぱいに拡大される。


「自らを強化するためにいくつものシステムを統合し、最強のボディとブレインを作り出すため試作を繰り返した。愛と憎悪を注いで育てたワタシサマに勝てるAIなど存在しないのだヨ」


 つまり、コスモスがハッキングで敗北したということだった。コスモスのサーバー侵入を感知しただけでなく、気づかれないよう秘匿通信でロボットに指示を出し、コスモスにはダミーの監視カメラ映像を掴ませていた。そうしてサクラ達が呑気に話をしている間に包囲網を完成させる。その結果がこの絶体絶命の状況というわけだ。


(コスモスは今サーバーに接続してる。そこからネットワークに侵入して、ロボットと監視カメラを止めて……いや、ハッキングは負けたばっかりじゃん!)


 廊下のロボットとカメラだけでも止められればチャンスはあるかもしれない。だが、前提となるハッキングに勝ち目があると思えない。アクビィの電子戦能力は並外れている。手玉に取られたコスモスが真正面から戦って勝てるのだろうか?

 活路がどんどん閉ざされていく現状に、サクラは目の前が暗くなる思いだった。


「チェックメイトということデスナ。諦めてコッチに来るのだ。奮闘に免じて、楽に殺してヤロウ」


 アクビィの声が愉悦に歪む。サクラの思考が空回りをする。諦める訳にはいかない。どうにかして逃げなければいけない。でもその方法がない。それでも諦める訳には……。同じところをぐるぐると回るサクラの思考を止めたのは、コスモスの声だった。


「撃たないのですね。いえ、撃てないのですか?」


 先ほど見せた動揺は影もなく、普段通りの無感情な調子を取り戻したコスモスは言った。


「こまめにデータを更新している重要なサーバーですから、破壊したくはないでしょう」

「フムーン。人質のつもりか? だが、オマエサマ達を狙っているのは正確無比なロボット照準であるゾ! 額をイッパツ撃ち抜けば良いことだ!」

「通常であればそうでしょう。しかし、|あなたの視界は廊下の監視カメラに限定されている《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。部屋の中の様子を完全に把握できていないのでは照準ミスが起こり得ると恐れているのでは?」

「ナント! そこまで読まれているとは! ワタシサマ史上最大のピンチ! これは犠牲を覚悟して殲滅するしか……」

「警備ロボットへの通信をホストしているのもここのサーバーですね。破損すれば、そのロボットたちは動かせなくなると推測しました」

「……通信は他のサーバーでも代用可能ダゾ」

「そうでしょうね。通信経路の再構築には何分必要ですか?」


 サクラはコスモスの様子に違和感を覚えた。無駄話を嫌うコスモスにしては随分口数が多い。時間稼ぎのつもりなのか、それにしては隠しておけば有利になりそうな情報ばかり口にしているのが妙だ。

 サクラの思考が正しく回り始める。つまり、この会話は時間稼ぎではなく状況を打破するためのもの。コスモスが話しているのはアクビィではない。コスモスが、サクラに情報を伝えるために話しているのだとすれば……。


 サクラはスモークグレネードのピンを抜いた。扉の方向に転がすと同時、サーバーに飛びつく。コスモスのケーブルを外すまでに経過した時間は2秒半。まだ銃撃は来ない。思った通り、サーバーと射線が被っていれば射撃を躊躇するようだ。サーバーの陰に隠れたところで5秒が経過。その頃には部屋に煙が充満し始めていた。

 

「コシャクな! しかし施設の操作権を持っているのはコチラだ!」


 空調が唸りを上げて換気を始める。しかし、換気口の一つはサクラが侵入する際に解体してしまっている。煙が晴れ、視界を確保できるまで数十秒を必要とするだろう。


「ワルアガキだな! 煙が晴れた時がキサマタチサマの最期だ!」


 アクビィがモニターの向こうでにやりと笑う。もちろんアクビィに口は無いので彼の主観イメージだ。

 アクビィからはカメラ越しの視点とはいえ、最低限の視界は確保されていた。特に、サクラ達の脱出経路である扉と換気口付近は煙が薄い。その2か所は空気の通り道であるので当然だ。

 逃げるためには煙の中から姿を現さなければならない。脱出の瞬間はサーバーからも離れているため射撃を躊躇する理由もない。

 あるいはサーバーから離れず室内に留まるかもしれない。だが、その場合は視界が確保できた後でロボットたちを突入させれば良い。物量でサクラを捕獲し、サーバーから引き離してしまえばこちらのものだ。


 どちらを選ぼうと、サクラ達の命は残り数十秒だ。アクビィは、どのように殺してヤロウかと舌なめずりのイメージをした。


 その瞬間、ロボットたちへの通信が全て途絶えた。


「ナア!?」


 奇声を最後にモニターからアクビィの姿が消えた。扉の外で銃を構えていたロボットたちも、置物のように動きを止めてしまう。やがて煙が薄れていった時、部屋の中で動いているのはサーバーのケーブルをいじるサクラだけだった。


「へへ……上手くいったね。適当にケーブルを繋ぎ直すぞ大作戦」

「悪魔のような発想です」


 スモークグレネードは逃げるための時間稼ぎではなかった。サクラは煙で視界を塞いだ間、サーバーから伸びているケーブルを片っ端から引き抜き、出鱈目(でたらめ)に繋ぎ直したのだ。研究所ではサーバー管理者でもあったコスモスからすれば、サクラが行った行為はまさしく悪夢だった。

 人体で例えるなら、体の各所に指示を送る神経をバラバラに繋ぎ直したようなものだ。首を動かそうとすると左足が動き、右手に繋がる神経がループして脳に繋がっているので動かせない。想定されていない挙動のせいでサーバーの機能はダウンしてしまった。特にLANケーブルは念入りに無茶苦茶にしたので、このサーバーが管理していたネットワークは壊滅状態だろう。


「監視カメラは止まってるみたい。ロボットも動かない……あれって自立稼働してなかったの?」

「そのようです。詳しくは移動した後に話しましょう。いつネットワークが復旧するか分かりません」

「うん、いったん荷物のところに……」


 何かが崩れる音と共に振動を感じる。音の出どころは遠いが、近づいてきている。


「ネットワークの復旧より先に、オートマトンを投入したようです。到着までおよそ6分」

「ロボットやオートマトンは動かせなくなるんじゃなかったの?」

「この周辺の機体は一時的に操作不可になっているはずです。おそらく他地区に配備されていたオートマトンでしょう」

「荷物を取りに戻るのは無理か……」

「はい。一旦隠れます。移動を開始してください」


 サクラはコスモスの案内に従って駆けだした。

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