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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第2章 『国』編
25/30

25歩目 生まれた理由

 軍事施設のハッキングの後、サクラはコロニーの中枢に忍び込むべく換気ダクトを這っていた。

 サクラとコスモスは更なる情報収集のため敵地の奥深くに忍び込むことにした。しかし、都合の悪いことに中枢に近づくにつれて崩落した地下通路が増えてきたのだ。

 コスモスの見解では意図して崩落させている可能性が高い。おそらくアクビィが侵入路を塞ぐために崩したのだろう。その目論見通り、サクラは地上を進まなくてはならなくなった。しかし中枢となると建物の中にも警備ロボットやオートマトンが徘徊しており、発見されずに移動することは難しかった。


 そこでサクラは換気口を進むことを思いついた。アーカイブで見た旧時代の映画に何度も出てきた方法だ。数々の映画で使われていた手法であるならきっと有効なのだろう。そう考えたサクラは換気口のネジをさっさと外して潜り込んだのだった。


「ほら、意外と大丈夫なもんでしょ」

「人間がいなければ換気の必要性も無くなり、メンテナンスされず放置される。使用されていない設備を利用するのは確かに合理的な案です」

「そうそう、そんな感じのごーりてきな判断がね」

「事前にそこまで考えていたかは疑問が残ります」

「うるさいなあ……っくしゅん!」


 メンテナンスされていないダクトの中は当然ホコリが溜まっている。サクラが進むために腕を動かすと目の前でホコリが舞う。顔がホコリだらけになるし、ホコリが舞うとくしゃみが出るし、くしゃみをするとお腹の傷が痛む。自分で提案したとはいえ快適な道とは言えなかった。

 それでも自分で言い出したのだから文句を言うわけにもいかず、鼻水をすすりながら進んでいると終点が見えてきた。格子状の換気口がダクト行く手を阻んでいる。換気口の向こうに見えるのは先ほどの部屋と同じようなサーバールームだ。大きな管理用モニターが設置されているのが唯一の違いだった。ダクトの中から見まわした限りは誰もいない。


「持ってきた工具で外せるかな……」


 狭いダクトを通るためにリュックは置いてきている。手元にあるのは最低限の工具と警棒、スモークグレネードがひとつだけだ。コスモスも持ってきているが、物理的な作業には役立たないので数に入れない。

 作業を開始したサクラだったが、工具が足らないこととダクトが狭いことが影響して思うように作業が進まない。

 しばらくうめき声を上げながら苦戦する。なんとか換気口を取り外して部屋の中へと侵入した頃には、サクラは疲労感と開放感で妙なテンションになっていた。


「私にバラせない物は……ない! 今までにない万能感!」

「若干の躁傾向が見られます。作業をしながらで良いので深呼吸をしてください」

「やだよまだ鼻の奥がむずむずするもん! それより次はどの機械を分解する?」

「分解の必要はありません。そちらの端子にワタシを接続してください」

「りょうかい! 待ってる間は見張りしてようか? それともバラす?」

「サクラ様……」


 植物みたいに無感情な声に、呆れの色が混ざった。

 

「何もせず、そこで座っていてください」




 しばらく静かに座っていると、サクラのハイテンションは治まってきた。落ち着くとむしろ忘れていた疲労感がどっと戻ってきて体が重かった。

 この部屋のサーバーからは監視カメラにアクセスできるらしく、今回は見張りもコスモスが担当している。ぼんやりする頭を壁に預け、コンピュータが動作する低い振動音を聞いていると眠くなってきた。情報収集の片手間にサクラの様子を観察していたコスモスが声をかける。


「落ち着きましたか」

「うん……。ブンカイズハイになってたみたい」

「何ですって?」

「ランナーズハイみたいな」

「……そうですか。平常時に戻ったのであれば何よりです。ただ、この場で眠らないでください。何かあればすぐに退却しますので」

「分かってるよ。何か近づいてきてる?」

「いいえ。周囲に敵影はなし。気づかれていないようです」

「それは良かった。……ふぁーあ」

「サクラ様」

「分かってる。分かってるよ」


 サクラは立ち上がって背伸びをした。


(予想より体力が落ちている?)


 サクラの様子を観察しながらコスモスはそう考えていた。大怪我を負ってまださほど時間も経っていない。本来であれば動ける状態ではないところを、薬とサクラの体力で誤魔化して動いているのだ。急激なテンションの上下も、痛みを誤魔化すための脳内物質が分泌されている可能性もある。

 コスモスは処理能力の幾分かをサクラのモニタリングに割いた。情報処理は遅くなるが、サクラの異変を見逃さないための判断だった。


「部屋の外には出ないでください。廊下に監視カメラが設置されています」

「体も動かせないの? じっとしてると眠っちゃいそう。コスモス、何かお話しして」

「では現段階の報告をいたします。中枢区の地図データを発見しました」

「おお、収穫じゃない?」

「はい。しかも更新は10日前です。おそらく現在も使用しているサーバーなのでしょう。Acviのコアシステムの保管場所も判明しました」

「コアシステム……アクビィの本体ってことだね。どこにあるの?」

「モニターに映っていたあの機体に格納されているようです。現在地はここから約300m北西、コロニーの中心部に位置する建造物の4階。地図データでは『超指令室』とラベリングされた部屋です」

「相変わらず謎なセンス……忍び込めそう?」

「はい。ルートも計算済みです。……追加の報告です。たった今、Acviの開発データを発見しました」

「開発データ?」

「Acviの設計、スペック、開発経緯などです。精査すれば何か弱点が見つかるかもしれません」

「求めてた情報……だといいね。解析できたところからでいいから教えてよ」

「承知しました。現在、解析タスクが完了しているのは開発経緯についてです」


 そうしてコスモスは語り出した。それは、『国』の崩壊の記録だった。同時に、狂ったAIが生まれてしまった理由でもあった。


 

 

 戦争活動の全てを把握し、自国に勝利をもたらすこと。

 それが|Artificial Complete Victory Intelligenceアクビィの作成理由だった。戦争中、『国』は積極的に周囲のコミュニティに攻撃を仕掛ける方針を取っていた。当時、それは自体は珍しくない方針だった。

 発達した化学技術を存分に利用した戦争は、人類に想定以上の被害を与えた。それこそ世界中に混乱を引き起こすほどだった。

 敵味方が分からなくなった泥沼の情勢で、自らのコロニー以外を全て敵だと定める方針はある意味で合理的だった。その方針は分かりやすく、それ故に過激なコミュニティで支持された。他人は全て敵であり、攻撃して滅ぼして、物資だけ奪っていけば自分は生き残ることが出来る。そんなエゴイズムに溢れた思想。


 しかし、それは同時に積極的に敵を増やす行為でもあった。この方針をとった『国』は徐々に敵を増やし、各地に戦場を抱えるようになった。いくつもの組織との緊張状態と戦闘、それらはすぐに人の手では統制不能なほど膨れ上がってしまったのだ。

 そこで求められたのが、完璧な指揮官AIだった。人間を超えた処理能力で戦争活動の全てを把握し、コミュニティに勝利をもたらすこと。そのために『国』の持ちうる全ての技術とリソース、狂気を注ぎ込みアクビィは作り出されたのだった。


 戦争の勝利とは、受けた被害よりも得た利益が多いことと定義された。アクビィは自立学習機能を実装され、変化する戦況に対応するため自らを強化・改変した。自己進化、自己改造するAIの誕生だった。

 完成後の運用記録を参照するに、アクビィは期待通りに動作していたようだ。攻撃してきたコミュニティを逆に滅ぼし、物資を奪ってオートマトンを製造し、強化された軍事力で更に他のコミュニティを滅ぼす。

 想定と違ったのは、『国』の人間が滅んでしまったことだった。開発していた兵器の暴走。それによる環境の変化に対応する事ができなかった。生存に適した環境を整えたり、滅茶苦茶になった土地でも食料を生産できる技術を開発したり。そういった対応策が取れなかったのだ。『国』は戦争にリソースを注ぎ込み過ぎていた。


 

 

「それで最後の住人が死んで、アクビィは一人取り残されちゃったんだ」

「記録を見る限りはそのようです」

「そのあとの記録は?」

「存在しません。Acviが記録しなかったのでしょう。不要と判断したのかもしれません。しかし、現状から予想は可能です」

「アクビィは変わらず、敵を探して殺しているってこと」

「勝利をもたらすために。しかしそれは不可能です。自国の損耗率が100%で、これを上回る利益など存在しません」

「……でも、止めていいよって言ってあげる人もいなくなっちゃったから、止まれないんだね」


 サクラの沈んだ声をコスモスのセンサーがキャッチした。サクラは他者への共感性が強い。アークタウンでのサクラの反応を観察して、コスモスはそう結論付けていた。それは他人と関係を築く上では有利に働く資質だ。

 しかし、この状況で発揮されるべきではない。サクラが共感している相手はサクラの腹に穴を開けた相手なのだ。故にコスモスはサクラに警告を発しようとした。


「哀れみデスか? サァァァクラ様」


 サクラハは弾かれたように立ちあがった。コスモスの声ではない。殺意と悪意に満ちた声の主は、モニターにその姿を映していた。


「アクビィ……!」

「ソウ! オマエサマの愛しい死神。ワタシサマの名前はぁ……アクビィ!!!!!!」


 部屋の扉が吹き飛ばされる。その向こうにはロボットたちが銃を構えていた。

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