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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第2章 『国』編
24/30

24歩目 極限環境

 サクラは軍事施設の薄暗い廊下を歩いていた。


 『国』の地下には想像以上の規模で通路が広がっていた。おそらく増築に増築を重ねたのだろう、いくつも分岐し広がるそれは地下迷宮のようだった。

 本来であれば迷った挙句餓死してもおかしくない地下道だったが、サクラには高性能な案内人がいた。コスモスは方角を見失わないし、透過センサーで壁の向こうだって見通せる。迷路の運営者がいれば文句をつけに来るだろうチートっぷりだ。

 コスモスの道案内に従って黙々と歩けば、大した苦労もなく地上に出ることができた。

 

 ドームに設置されたカメラで都市中を監視しているという推測から、屋外に繋がっている出口は避けることにした。建物に直接繋がっている出口から出ると、そこは軍事施設だった。

 この施設を選んだ理由はコスモスに聞けば長々と解説してくれるだろうが、サクラはそこまで気にする余裕がなかった。急勾配の階段を上る間も、脇腹の傷がズキズキと痛みを主張している。止血ジェルで傷が塞がったとはいえ、全快には程遠い。無茶な動きは出来ないだろう。

 しかめっ面で痛みに耐えながら、黙々と施設の廊下を進んで曲がり角までやってきた時だった。


「サクラ様、止まってください」


 コスモスの声に足を止める。そっと顔を出して角の先を見ると、窓が並んだ廊下だった。窓の外は大通りになっており見晴らしが良い。上から見下ろした時、この廊下はよく見えることだろう。


「危ないと思う?」

「はい。ドームの監視カメラの視界に入ります。引き返してください」

「りょーかい」


 サクラはそっと踵を返し、別の道を探すために引き返した。

 アクビィに発見されないこと。それがサクラとコスモスが決めた方針だった。彼我の戦力差は大きい。アクビィ側には戦闘用のオートマトンが何体も存在するのに比べて、サクラ側は多少運動神経がいい少女が一人と自分では動けもしないポンコツAIが一体だけ。しかも運動担当は大怪我をして動きが鈍っているときた。真正面からの戦って勝率がないことくらいはサクラにも分かる。

 だからこそ、戦力差を逆転できる作戦を立てるまで発見されてはならない。アクビィに見つかる時は、必ずこちらがイニシアチブを取れる状況でなくてはならないのだ。


「む、階段みっけ。この先に窓は?」

「ありません。進んでも大丈夫です」

「分かった。……はあ、また上りかぁ」

「急ぐ必要はありません。ゆっくり上ってください」

「あー、うん」


 地下通路を進んでいる時から、コスモスはずっとこんな調子だ。普段であれば無神経なことを言いつつサクラを急かしていただろう。それでサクラが怒りつつ指示に従うのがいつものことだった。


(急に過保護になられると調子が狂うなあ)

 

 腹に穴を開けたばかりのサクラがそんなことを思っていた。


 2階まで上がるとサクラは扉を見つけた。軍事施設らしく飾り気がない扉だ。ただ、扉の横にはパネルが取り付けられている。サクラは脳内の知識を引っ張り出して当たりをつけた。

 生体情報を読み取る端末だ。ロックを外すには指紋と静脈、もしかしたら網膜のスキャンも必要かもしれない。

 

「人間が生き残っていた頃の設備かな。結構厳重そう」

「中はサーバールームのようですね。有用な情報が期待できます。侵入しましょう」

「おっけー」


 サクラはリュックから工具を取り出してパネルの分解に取り掛かった。


「そういえば、今は機械しかいないのにどうやって生体認証を通してるんだろう」

「扉を開ける必要はありません。内部のサーバーにはネットワーク越しにアクセス可能ですから」

「……そりゃそっか。そういうとこ機械は便利だね」

 

 無駄話をしながら手早くカバーを外し、壁と本体の隙間に工具を差し込む。てこの要領で力を入れてやれば埋め込まれていた本体が剥き出しになった。本体に指を滑らせていくと、塞がれているポートを見つけた。塞がれているといっても簡素なカバーで覆われているだけだ。カバーを剥がせばコスモスが接続できるポートが顔を覗かせた。


「雑な仕事してるねー。コスモス、ロック解除よろしく」

「承知しました」


 ウサギの耳から伸ばしたコードを繋げば、数秒もしないうちに扉が開いた。中の部屋はコスモスの言う通りサーバールームだった。暗い部屋にいくつものサーバーが佇んでいる。


「まるでお墓みたい」

「このサーバーは現在稼働中のようですが?」

「そういうことじゃないの。いいから、どうしたら良いか教えて」

「そちらのサーバーにワタシを接続してください」

「はーいはい。けど大丈夫? ネットワークに繋がってるサーバーに接続したらアクビィに見つかりそうだけど……」

「ワタシには電子戦機能が実装されています。仮にワタシより高性能なAIが相手であろうと、短時間であれば誤魔化すことは可能です」

「ならいいけど……一応外の見張りはしておくね」

「よろしくお願いいたします。……うーん、むむむ」


 無機質でわざとらしい唸り声にサクラは肩をすくめて、ドアの外を見張れる位置に移動した。




 サクラがしばらく外を見張りつつ体を休めていると、わざとらしい「うーん、むむむ」が止まった。


「終わったの?」

「サーバー内の精査状況は67%です。しかし、警備ロボットへこちらに向かうよう指令が出されたので中止しました」

「アクビィに見つかった?」

「出された指令は状況の確認でした。ハッキングの痕跡には気づいたが確信が持てないといったところでしょう」

「じゃ、発見される前に逃げよう」

「同意します」


 サクラはコードを引き抜き、コスモスを抱えて足早に地下へと向かった。ドアをこじ開けた痕跡は見つかるかもしれないが、地下通路を進むサクラを正確に追いかけることは難しいだろう。

 出来るだけ急いで地下通路を進み、先ほどの施設の敷地外まで進んだところでサクラは足を止めた。

 

「はあ、ふう……それで、何か見つかったの?」

「残念ながら、Acvi攻略に有益な情報はありませんでした。主にこのコロニーの情報を保存していたサーバーだったようです」

「ふうん。じゃあ、この『国』がどんなところだったか分かったってこと?」

「はい。どうやらこのコロニーは、Acviが稼働する前から周囲に敵対的な方針を取っていたようです」

「まあ、そりゃあんなAIを作るくらいだしね」

「Acviの他にも様々な技術を研究していたようです。主に効率的に他集団を滅ぼす技術についてですが」

「うへえ……詳しくは聞かないことにしようかな」

「報告優先度の高い事項が一つありますが、よろしいですか? 急激な気温変化の原因が判明しました」


 それはサクラが気になっていたことだった。

 このコロニーに向かっている途中、20分で18℃も気温が上昇したことがあった。かと思えばコロニー内の気温が2℃しかなかったり、この周辺は異常な環境だ。


「それを早く言ってよね。詳しく聞かせて」

「研究の中に、『極限環境』というものを作り出す兵器が存在しました」

「極限環境?」

「極端な寒暖、土地の水分の枯渇、放射能など人間が生存できない環境と定義されています。極限環境を人為的発生させることで対象のコミュニティを崩壊させることが目的だったようです」

「……そこまでして人を殺したかったのかな」

「おそらく止められなかったのでしょう。戦争が激化した結果、軍事政権が暴走する事例は数多く存在します」


 サクラは重い溜息を吐きだした。妄執じみた敵意と殺意だ。サクラには理解できそうになかった。

 

「でも、ここがこんなに寒いのはその兵器のせいなんでしょ? なんだって自分のコロニーに使っちゃったわけ?」

「兵器の暴走だったと記録されています。人口が減ったタイミングで暴走事故が起こり、それが原因となり『国』は滅んだようです」

「はた迷惑な話だね」


 そうしてただ一人残った狂気のAIが自分たちの命を狙っているのだ。悪態のひとつも吐きたくなる気分だった。

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