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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第2章 『国』編
20/30

20歩目 奈落の底

「アクビィ……?」

「ワタシサマばかり喋っているゾ! オマエサマの目的も聞かせろクダサイ!」


 弱弱しく聞こえたのは気のせいだったのか、耳の調子が元に戻ると、相変わらずキンキンと狂った調子の声が響いた。

 サクラは引っかかるものを感じていたが、今重要なのは会話を続けて時間を稼ぐことだ。コスモスが敵の居場所を割り出し、脱出経路を見つけるまで全力の雑談を続けなければならない。

 

「私の目的は桜を見つけることだよ! アクビィ桜って知ってる?」

「桜とはオマエサマのご名前ではなくバラ科サクラ亜科サクラ属の落葉広葉樹(らくようこうようじゅ)のことデスネ!?」

「……そう、それ! すごく聞いたことのある表現だ!」

「知っているゾ!」

「それが私の目的なの! お花見がしたいんだ!」

「それはサゾカシ遠い道のりであるナ! ナゼ我が『国』に寄り道したのか理解フノウだ!」

「いや、まともな人がいたら情報収集したかったんだけど……え?」


 違和感を覚える。アクビィの言い方はまるで桜の場所を知っているみたいだった。


「アクビィ、もしかして桜がある場所を知ってるの?」

「知っているゾ! もし桜が現存しているとすれば『そこ』であるという場所を知っている!」

「お、教えて! それは、いったいどこに……」

「デハ、ソロソロ穴倉から顔を見せるがいい」


 氷のように冷たい声でアクビィは言った。


「ワタシサマに勝ったら、教えてやろう」


 サクラは歯噛みした。求めてやまない桜の情報。それを手に入れるためにはアクビィと勝負をしなければならない。だが、複数体のオートマトン相手に勝ち目など無い。しかし、それでも――。


「サクラ様、落ち着いてください」

「っ、コスモス?」

「Acviの発言が真実である保証はありません。サクラ様を誘い出すための欺瞞(ぎまん)である可能性が高いです」

「で、でも、本当に知ってるかもしれないでしょ」

「サクラ様、下水道でも話しましたが、ワタシは提案することしか出来ません。だからこそ、目的達成のために最善の提案をしています」

「……それは」

「そのうえでAcviを信用するべきではないと判断しました。脱出経路の策定が完了しています。速やかな移動を提案します」

「うん……」


 後ろ髪を引かれる思いでサクラは立ち上がった。旅の目的の手がかりがあるかもしれない。それに背を向けて逃げなくてはならないことが、サクラの足を重くしていた。未練は(おもり)だ。足に絡みつき、その重量で歩みを鈍らせる。旅を続けるために、抱えてはいけないものだ。

 きっと、それを捨てられなかったのが悪かったのだ。


 スモークグレネードを住居の外に放る。オートマトン達の視界を遮り、光学センサー以外の使用を強制する。僅かに生まれた隙をついてサクラは建物から飛び出した。

 スモークグレネードは残りひとつ。使うタイミングを見極めなければならない。コスモスの指示に従って道を駆けるサクラの耳に、アクビィの落胆した声が届いた。


「ソウカ。逃げるのか。やはりオマエサマは、我が宿敵ではなかったのだな」


 背中に氷の柱を差し込まれたような寒気を覚えた。サクラが思わず振り返ると、空中にキラリと光る何かが見える。それはサクラの方向に向かって凄い勢いで飛んできているようだった。攻撃だ。サクラの直感がそう叫んでいた。

 防御を、いや、回避を? 判断が一瞬遅れた。絡みついた錘が足を止めさせたのだ。ほんの一瞬、(まばた)きひとつ分の間だったが、それは致命的なまでの時間だった。


「対爆防御態勢を!」


 コスモスが叫んでサクラはようやく動き出した。もはや移動するだけの猶予はない。ハカセから習った知識を引っ張り出し、その場でしゃがみ込んだ。

 目を閉じ、両手で耳を塞いで口を開ける。体を小さく丸めて爆発の破片が当たる確率を減らし、爆圧による鼓膜の破裂を防ぐ態勢だ。ハカセは言っていた。これは爆発の余波から身を守るためのもので、至近距離での爆発から生き残る性質のものではないと。


 なら至近距離で起きた爆発からはどう身を守るのか聞いたサクラに、ハカセはこう答えた。「何の装備もないなら、あとは祈るしかないわ。まず爆発に巻き込まれないことを考えなさい」と。


 サクラが祈りの言葉を口にした瞬間、爆発音と共に地面が揺れた。建物と道がコンクリート片となって飛び散る。迫撃砲(はくげきほう)です、とコスモスが叫んだが、爆音に耳をやられたサクラには聞こえなかった。続けて複数の弾頭が降り注ぎ、腹に詰めた爆薬を炸裂させる。爆風がサクラを吹き飛ばし、体がふわりと浮く。

 オートマトンから逃れるために、建物が密集した道を走っていたことが幸いした。迫撃砲の弾頭は全て周囲の建物に命中し、サクラに直撃しなかった。飛び散ったコンクリート片がまるでハンマーのようにサクラを襲ったが、その程度で済んだことは望外(ぼうがい)の幸運だった。

 

 だが、幸運はそこで品切れだ。サクラが転がった地面に亀裂が走る。老朽化していた土台が爆撃に耐えられず崩壊を始めたのだ。まるでフォークを突き立てたクッキーのようにコンクリートが割れ、深い奈落を覗かせた。


「ぐ、ぅ……!」


 サクラは痛みに強張(こわば)る体に鞭を入れ、左手を掲げた。サクラの体は既に空中に投げ出されている。このままであれば建材と共に落下し、コンクリートや鉄筋と混ざり合ったひき肉になってしまうだろう。狙いもつけず、サクラはワイヤーアンカーを発射した。


 しかし、射出したワイヤーは2mほど伸びたところでガキリと嫌な音を立てて止まってしまった。動作不良だ。サクラは心の中で悪態をついた。無茶な使い方をし過ぎたせいだ。それでも、こんなタイミングで故障しなくても。


 もはやサクラを止めるものは何も無かった。サクラは重力に引かれて、奈落の底へと落ちていった。




 

 落下した先でサクラは(うめ)いた。体のあちこちを打ち付け、もはやどこが痛いのか分からない。頭を打ったのか目が霞むが、歯を食いしばって周囲を見渡した。

 思っていたより広い空間だった。おそらく地下区画に落ちたのだろう。この広い空間のおかけで、ひとまず生き埋めにはならずに済んだようだ。

 暗い空間はコンクリートで固められ、何本も柱が建てられ地上部分を支えている。サクラは崩落した地面と共に落ちてきたようで、コンクリートや鉄筋が辺りに散らばっている。


 散らばっているのは建材だけではない。サクラのリュックからも中身が飛び出て散乱していた。抱いていたコスモスもいなかった。サクラは不安になって目で探したが、ウサギのぬいぐるみは顔のすぐ横に落ちていた。


「サクラ様……」

「酷い目にあった……でも、何とか無事みたい。待ってて、今荷物を拾って……」

「駄目です! 不用意に動いてはいけません!」


 コスモスには珍しい切羽詰まった叫び声。体を起こそうとしていたサクラは首を傾げ、ようやくそれが視界に入った。

 それは一本の鉄筋だった。建物の中に埋め込み、強度を高めるための細長い鉄の棒。崩壊した建物か基盤に埋められていたものだろう。薄暗い地下空間ではやけに黒光りして見えた。サクラが触れるとぬるりとした液体が手に付着する。鉄臭い、赤黒い液体。

 血だ。でも、なんで血が? 疑問を覚えて視線で辿ると、鉄筋が自分の腹から生えていることに気づいた。


「え?」


 サクラは呆気に取られてその光景を見ていた。自分の右脇腹を貫通して、鉄筋が天に向かって生えている。現実味のない光景だった。傷口からは血が漏れ出てインナーとコートを赤黒く染めている。つまり、鉄筋に付着していたのは自分の血だったのだ。


「あ、ぐぅ……!」

「サクラ様!」

 

 自覚した途端、耐え難い痛みが襲ってきた。焼けつくような痛みが全身の神経を走り抜ける。ぐるりと視界が揺れた。

 痛みに耐えきれず、サクラの意識は闇に落ちた。最後に聞こえたコスモスの悲壮な叫びが、いつまでも耳に残っていた。

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