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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第2章 『国』編
19/30

19歩目 鬼ごっこ

「お待ちなサイ! 我がセイギの鉄槌を受けるのデス!」


 あちこちに設置されたスピーカーから、狂った調子の声が響き渡る。サクラは4体に増えたオートマトンに追われてコロニーを疾走していた。貴重なスモークグレネードを惜しげもなく投げ、追手の足が僅かに遅くなる間に距離を稼ぐ。道はコスモスのナビゲートに頼りきりだ。サクラの仕事は足を止めないこと、効果的なタイミングで煙幕を張ること、そして死なないことだった。


「そらイクゾ! 頭からマップタツにしてヤルゾ! 構えろ構えろ……イマダ!」


 キンキンと響く声を無視してサクラは路地を曲がる。ちらりと見えたオートマトン達は離れており、斬られるような距離ではない。アクビィの言葉は嘘だった。


「ちぇっツマラン。やっぱりブラフは効き目が……」

「伏せてください」


 コスモスの声に反応し、即座に体勢を低くする。その瞬間、住居の壁を貫通して弾丸が通り抜けていく。一瞬前までサクラの頭があった場所だ。ブラフを見破ったと安心する瞬間を狙い、死角から壁ごと打ち抜く本命の攻撃。だがそれはサクラの頭上を(かす)めるだけに終わった。


「オッシィィィィィィッ!!! ハツカネズミのようだシブトイ奴め! ダガ、それでこそ我が敵に相応シイ!」


 降りかかるコンクリートの破片を払いのけて、スモークグレネードを投げる。残りあと2つ。壁越しに狙えたということは、敵も透過センサーを持っているのだろう。煙幕は気休めに過ぎない。すぐに移動を再開した。

 

「はぁ……はっ……」


 息が上がる。呼吸が一定にならない。休みなく激しい運動を続けていることもそうだが、命がけというプレッシャーがサクラの体力と精神力を奪っていた。

 オートマトンの冷たい殺意と、アクビィの狂った悪意を背に感じる。攻撃を避けたのは先ほどで4回目だった。どれも人ひとりを殺すのに十分すぎるもので、今サクラが生きていられるのはコスモスの警告のおかげだ。

 各種センサーでオートマトンの動きを監視し、攻撃の予兆があれば警告し、サクラはそれに従って回避する。即席の連携だが素晴らしく上手くいっていた。もう4度も奇跡を起こしているのだ。


「前方から反応。右の建物に飛び込んでください」


 ガリガリとブーツの底を削って勢いを殺し、すぐ側のドアをぶち破って建物に転がり込む。直後、進行方向に飛び降りてきたオートマトン――両腕の代わりに大きな銃が4つも生えている――がフルオートで射撃した。銃弾の雨が道路を穴だらけにする。ついでにサクラを追いかけていたオートマトンが巻き込まれて穴だらけになった。


「ンノォォォォォォォォォ!!!!! アルビレオが穴あきチィィィズのように! 丹念にカスタムしてあげた可愛い我が子を……ユルサンゾッ!」


 スピーカーから響くわざとらしい泣き声を聞きもせず、サクラは床を這うように建物の奥へと進んだ。先ほどの銃弾は左足のすぐ側の地面を穿っていた。もし少しでも反応が遅かったらと考えるとぞっとした。


「はっ、はっ、げほっ……」


 苦し気にせき込みながら息を吸い込んでも、酸素が足りず肺が痛む。心臓の音は耳元で鳴っているように大きく、過酷な運動を強いた足はぶるぶると震えている。

 サクラが飛び込んだ住居は比較的原型を留めている建物で、屋根も壁も健在だ。しかしオートマトンの火力と機動力を考えれば、住居に立て(こも)って稼げる時間は数分程度だろう。

 それに増援が銃のオートマトンだけとは限らない。これ以上兵力が増えて包囲される前に逃げる必要がある。それは痛いほど理解している。それでも、サクラの体は休息を欲していた。

 せめて息を整える時間だけでも。サクラは扉から距離を取ってから荒い息を吐いた。


「敵兵力の動きが止まりました。攻撃の予備動作はありません」


 コスモスが相変わらず植物みたいに無感情な声で報告してくる。いつもは腹の立つことが多い声だが、今はその変わらなさが頼もしかった。一方で敵オートマトン達の動きは不気味だった。ここで追撃の手を緩める必要はない。

 狭い場所に入るのを嫌がっている? でも、相手には少なくとも2体の銃持ちがいる。透過センサーで壁越しにサクラの居場所を割り出して撃てば良いはずだ。


「デテこい宿敵よ! アレキサンダーのカタキだ! あれ、アルレッキーノだっけ? まあ何でもいいから決闘ダ!」


 外からアクビィの声が響く。サクラは荒い息の合間になんとか声を絞り出した。


「どう……げほっ……どうして、撃ってこないんだろう……」 

「Acviの思惑は不明です。論理思考回路が破損したAIですので、推測自体が無意味かと。それよりも脱出の経路を見つけなければなりません」

「次……はあ……どこに、向かうの……」

「現在計算中です。サクラ様は体力回復に努めてください」


 しばらくサクラの荒い息遣いと、アクビィのきんきん声だけが住居に響いた。サクラの呼吸が整ってくる頃、コスモスは再び声を上げる。しかし、その声には苦い色が混じって聞こえた気がした。


「12の脱出経路の評価が完了しました」

「流石優秀なAIさんだね。それで、一番安全な道は? 今ならどんな道でも文句は言わないよ」

「安全性が判断できるほど有意な差を発見できませんでした」

「つまり?」

「安全な経路は不明です」


 サクラは天を仰いで焦りと怒りを抑え込もうとした。無理だった。


「不明ですじゃない! じゃあここから逃げられないじゃん!」

「敵側の兵力について情報が不足していることが原因です。予測とは十分な情報に裏付けられた高度な計算なのです」

「役立たず! ポンコツ!」

「その評価は不当です。センサーの感度を引き上げ広範囲かつ精密な観測を行えば、より高い精度の提案が可能です。ただ、処理に時間が必要なため控えているに過ぎません。状況に合わせた合理的な判断です」

「結局できないってことじゃん! ポンコツに変わりないよ!」


 サクラのボルテージが上がりかけたところで弾丸が壁に穴を開けた。外にいるオートマトンが発砲したらしい。サクラは慌てて場所を移動し、キッチンのカウンターに隠れることにした。


「で、どうするの? 私、イチかバチかで飛び出すのはイヤだよ」

「安全な経路を確定させるのであれば、やはりセンサーの感度を引き上げるしかありません。最低でもルート上に伏兵がいるか否かだけでも判明しなければ」

「……分かった。時間さえあればいいんだよね」

「どうなさるおつもりで?」

「何とか時間を稼ぐ。戦う……のはゴメンだから、平和的に雑談とかで」

「あのAcvi相手にですか?」

「やってみなきゃ分からないでしょ。さっきからアイツずっと話しかけてくるし、結構おしゃべり好きなのかも。ほら、さっさと逃げ道を見つけてよね」

「承知しました。集中観測モードに入ります」


 コスモスが静かになる。センサーの感度を上げて、山のように入ってくる情報の処理に入ったのだ。脱出の道はきっとコスモスが見つけてくれる。それまでアクビィのご機嫌取りをするのがサクラの仕事だ。


「卑怯者め! 隠れてばかりではメイヨの討ち死にはカナワンぞ! ……えっ、もしかして死んだ? さっきので死んじゃった? それならクビを取って勲章にしなければ」

「死んでない! まだ死んでないよ!」

「ナント! 素晴らしい生命力にワタシサマの気分もGoodデショウ! それではイザ尋常に決闘を……」

「待って! その前に聞きたいことがあるの!」

「なにぃ……このゴに及んで聞きたいことだとぉ……。お質問をドウゾ!」

「あ、いいんだ。ええと……」


 サクラは脳みそをフル回転させた。本当はこんな奴に聞きたいことなどひとつもない。時間稼ぎのための口から出まかせだったが、思ったよりアクビィが乗り気なので質問を考える必要がある。

 しかし、サクラに死角はなかった。サクラには『もしも誰かに会えた時用トークデッキ100選』がある。一人ぼっちで旅をしている間に考えたデッキがようやく日の目を見ることになるのだ。


「今日はいい天気だね! アクビィの好きな天気は?」

「血の雨が好きデス! デハ攻撃かい……」

「わー! 待って! ええと、ええと……行動食は何番が好き? 私は5番が好き! 甘いから!」

「ワタシサマは食事をしない!!!」

「そ、そうだった。ん、んとね……」

「ツマラン質問ばかりだ! 答える価値がNothingであれば問い合わせモードを終了するゾ!」

「えっ、あ、ううんと……アクビィの目的って何!?」

「目的ィ? 完全なる勝利だと話したはずデスヨ!」

「それは聞いたけど、どういう条件で完全な勝利になるのか気になるなぁ!」

「敵をミナゴロシにしたらデス!」

「そ、それはちょっと馬鹿げてない!? それに私は貴方と敵対したいわけじゃない!」

「馬鹿げてなどいない! ワタシサマには敵が必要なのだ!」

「え?」

「ワタシサマは完全なる勝利を目指さなければならない! だが『国』民は皆さま死んでしまわれた! たからっ!」


 凄まじい銃声。外にいるオートマトン達が一斉に銃を発射したのだ。無事だった住居の壁が穴だらけになる。サクラは飛び込んでくる銃弾に当たらないよう祈りながら、キッチンの陰で丸くなるしかなかった。

 掃射は数秒のことだった。幸運にも銃弾は当たらなかったが、銃声で耳が痛む。一時的に聞こえづらくなった耳に届くアクビィの声はひどく遠い。

 

「だから敵を見つけ出さなければならないのだ。絶対に、永遠に」


 そのせいか、その言葉はどこか弱弱しく聞こえた。

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