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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第2章 『国』編
17/30

17歩目 潜入

「サクラ様、止まってください」

「何? こんなところで休憩はしたくないんだけど」

「前方の通路は基礎が不安定になっています。迂回しましょう」

「えー! この通路を通れば出口まですぐなのに?」


 サクラは不満気な表情を隠しもしなかった。悪臭が酷い下水道をかれこれ数十分歩いてきたことで我慢の限界に達していたのだ。ライトに照らされた通路は一見して何も異常はない。問題なく通れそうだが、コスモスには透過(ペネトレイト)センサーという物体を見通す目があるのだ。センサーは通路の老朽化を見抜いていた。


「基礎の部分にダメージが蓄積しているようです。刺激を与えると崩落の危険性があります」

「大丈夫だって。ほら、ささっと走ればいけるんじゃない?」

「サクラ様、それは過信で――」


 一刻も早く下水道から抜け出したいサクラは歩を進めていた。コスモスがうるさく言ってくるが無視して足を踏み出すと、足元がずぶりと沈み込んだ。


「え」


 通路を形作っているコンクリートが崩れたのだ。連鎖的に床と壁が崩れ、サクラは空中に放り出された。


 咄嗟にアンカーを発射できたのはサクラの優れた反射神経があってのことだった。前方の天井にワイヤーアンカーが固定される。

 安心する間もなく両端の壁から崩れたコンクリート片が降って来た。当たればタダでは済まないサイズだ。それを空中で避ける方法はひとつしかない。


「こ、このっ」


 左腕に装着したワイヤーの巻取り装置を起動させる。急速に巻き取られるワイヤーに引っ張られてサクラの体が前へと飛んだ。巻取り装置が嫌な音を立てる。本来は落下防止や高所作業用の装置なのだ。荷物を含めたサクラの体重を飛ばすことは想定されていない。

 それでも装置は仕事を果たし、サクラは崩れた通路の対岸に無事着地した。ゴロゴロと何回転かした後、しこたま肘をぶつけて悶絶していたが無事だ。


「あ、危なかった……」


 サクラは振り返って通路だった場所を見た。床は完全に崩落しており、4,5m程の深さまで穴が開いている。穴の底にはコンクリート片と汚水が流れ込んでおり、ここに落ちていたらと思うとぞっとした。サクラが安堵の息を吐きだすと、右腕に抱えていたぬいぐるみが声を発した。


「サクラ様……」


 植物みたいに無感情な声に、いつもと違う怒気を感じたのは気のせいでは無いだろう。


「ワタシは崩落の危険があると警告しました」

「あ、あの、コスモス……?」

「サクラ様はワタシに透過センサーが搭載されていることはご存じのはずです。つまり、警告には確たる根拠が存在することを認識していましたね?」

「え、いや、ええっとね」

「認識していましたね?」

「はい……」

「にもかかわらず警告を無視した理由を入力してください。先ほどの崩落に巻き込まれた場合、無傷の可能性は42.7%、軽傷の可能性は35.6%、重症の可能性は12.5%、死亡する可能性は3.2%、その他6%と予測していました。故に迂回を提案したのですが、強行する判断をした合理的な理由をご説明ください」

「で、でも42%の無傷を引き当てたわけだし……」

「左ひじの打撲と擦過傷が2か所。無傷ではなく軽傷です」

「はい……ごめんなさい。出られると思ったら我慢できなくて」

 

 サクラは消沈して頭を下げた。育ての親のハカセはあまり怒らない人だったから、叱られたのは数年ぶりのことだった。


「ワタシは提案することしかできません。実際に行動するのはサクラ様なのですから、どうか慎重な判断をお願いします」

「はい。気をつけます」

「今後の具体的な改善策を相談したいところですが、怪我をした状態で不潔な場所に長居するべきではありません。前方の扉に入ってください。コロニー内部に出ます」

「うん。ねえ、コスモス?」

「何でしょうか?」

「ほんとにごめんね」

「改善してくだされば謝罪は不要です」


 にべもないコスモスに、サクラはまだ怒ってるのかなと首をすくめながら扉を開けた。




 頑丈な扉を閉めて地上に向かう階段を上り始めると悪臭は薄れていった。下水道に繋がる扉ということで、気密性がしっかりしているのだろう。久しぶりに思える新鮮な空気に誘われて歩を進めると、階段の終わりに辿り着いた。

 外に繋がる扉も閉まっていたためドアノブを握ったサクラだったが、違和感に動きを止めた。手袋越しでも分かるほどにドアノブが冷たい。


「冷たい……コスモス、気温は?」

「現在位置の気温は14.7℃。ただし、この空間は気密扉によって遮断されているため、外の気温は更に低いと推測されます」

「……分かった。周辺環境の監視をお願い。何かあったらすぐ戻るよ」

「承知しました」


 サクラは対環境コートの調温機能を起動し、慎重に扉を押し開けた。

 最初に感じたのは風だった。気温はコートの調温機能によって感じることは無い。ただ、中と外の気温差によって吹き込む風がフードをはためかせたのを感じた。サクラはちらりとフードの内側を見る。表示されている気温は2.4℃。


「まるで冷蔵庫の中みたい」

「コロニーの外とは約20℃の気温差があります」

「都市内の空調が生きてるのかな?」

「その仮説が正しかったとしても、これは適温と言い難い温度設定です」

「コスモスにはちょうどいいんじゃない? オーバーヒートとかしなさそう」

「確かに放熱効率には適した気温です」


 小声で無駄話をしながらサクラは素早く建物の陰に駆け込んだ。周囲の建物は劣化が激しい。壁や天井は穴だらけで、金属部分には赤い錆が浮いている。

 上を見上げれば対紫外線ガラスが割れており、錆びた鉄骨だけが空を切り取っている。鉄骨の所々がきらりと光を反射しているのは、しぶとく残ったガラスだろうか?

 どちらにせよ、この区画は外の環境に(さら)されているようだ。今まで通ってきた廃墟と変わらない。


「周囲に人は?」

「音感、温度センサーに反応なし。透過センサーの処理も今完了しました。少なくとも周囲100mに生命体は存在しません」

「だろうね。随分住みにくそうなところだし」


 サクラは天井の鉄骨を目で追った。都市の中心部にはまだガラスが残っているようだ。その下であれば外からの影響も少ないはず。生き残りが集まっているとすればそこだろう。ただ、それもこの気温では怪しくなってきた。


(いや、ずっとこの気温だとは限らないし。居住区は暮らしやすいのかも)


 期待なんかするものじゃない。ハカセの言葉が頭をよぎる。サクラは冷たく憂鬱な考えを振り払うようにコロニーの中心部に向けて歩き出した。




 しばらく代わり映えのしない風景が続いた。おそらく居住区画の近くに出たのだろう。住居だったと思わしき建物が並んでいる。飾り気のない四角のビルを更に四角に区切って、最高効率で人を詰め込むことを考えた住居だ。アークタウンと違い、『国』の人間は遊び心がないらしい。

 そんな住居も今は壁を失って内部を(さら)している。テーブルとソファ、モニターといった内装は全て灰色だが、それが元々の色なのか、劣化によるものなのか分からなかった。当然人は住んでおらず、また生活感もない。


「この辺は長いこと使われてないみたいだね」

「はい。建築物の状態もその事実を裏付けています」

「劣化のこと?」

「いいえ。そちらの住居をご覧ください」


 コスモスに促されて見た建物は、道に面する壁が綺麗に無くなっており、内装がよく見える。住宅を購入する際のサンプルとしては最適だ。きっと一目で家の使い方をイメージできるだろう。


「ん? あれ、この壁切り取られてる?」


 あんまりにも見事な住宅展示を眺めていたサクラが違和感に気づいた。壁は几帳面なほど四角形に抜け落ちており、自然に崩れたとは考えづらい。思い返してみれば、今までの建物もそんな穴が多かった。


「おそらく建材を切り出しているのでしょう。不要になった建築物を解体して再利用している存在がいると思われます」

「イチから作るより簡単だもんね。でも、居住区をこんなボロボロにしちゃったら、また使いたくなった時に大変そう」

「確かに効率的とは言えません。それだけ余裕が無いということかも知れませんが……」

「向こうの建物は無事そうだけど」


 サクラの視線の先には住宅街の境界がある。定規で引いた線のように住居が途切れ、工場らしき建物が建てられていた。そちらの建物は穴あきではない。


「ちょっと寄り道していかない?」

「賛成します。更なる情報を集めるべきでしょう」


 サクラは工場の方へと足を向けた。効率化され管理されていた道は分かりやすく、さほど時間をかけず目的地に到着した。




 監視カメラやセンサーがあるかもしれないため、住宅地の境界付近にあった建物に上って工場を観察することにした。

 双眼鏡で覗き込めば、それはまだ稼働している工場だった。ベルトコンベアが動き、ロボットアームが部品を組み立てる。どの工場も似たような様子だ。すなわち、完全に機械化されており、人間がいない。

 労働力をロボットが代替えするのは分かる。ただ、ロボットを監督する人間すらいないとなると、話は変わってくる。サクラの中で違和感が繋がり始めていた。人間が暮らすには不向きな環境、生活排水が流れていない下水道、住居を廃棄するような建材の切り出し。これではまるで……。


「人間が誰もいないみたい」

「気ィィィィィィィィづいたのですネェ!!!!」


 突然背後から響いた大音量に、サクラは体を跳ねさせた。振り返ると、放置されていたモニターに光が宿る。そこに映し出されたのは機械の頭部だった。両目の部分には不揃いな大きさのカメラが配置され、口に該当するスピーカーは左に偏っている。頭からは剣が飛び出し、角のようになっていた。

 まるで子供が何も考えずにパーツを組み上げたようだ。彼はモニターいっぱいに顔を近づけ、狂った調子で叫んだ。


「ようこそ我が『国』へいらっしゃりマシタ! 速やかにオマエサマのご名前を入力くださいマセェ!!!」

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