16歩目 ウェルカムボード
間抜けな資源採集ロボットとの遭遇から丸1日。サクラ達は『国』の本拠地付近までやってきていた。
本拠地に近づくにつれてロボットと遭遇する頻度は高くなったが、幸運にも戦闘用のオートマトンと出くわす事はなかった。通りかかるのは資源採取や運搬を担当するロボットばかりだった。
サクラ達は高台からこっそり本拠地を観察していた。サクラ達の目的は『国』の人間と接触すること。しかも、それは敵対を避けた形でなければならない。
そのためには作戦を立てる必要があり、計画立案には少しでも情報が必要である、というのがコスモスの主張だった。まずは情報収集のため本拠地を一望出来る場所までやってきたのだ。そうしてサクラは双眼鏡で、コスモスは自前のズーム機能で本拠地を観察し始めたのだが。
「うーん……」
サクラとコスモスは同時に唸った。本拠地はコロニータイプのようだ。都市全体をドームで覆って、汚染や過酷な環境から都市を守る造りである。ありふれたタイプだが、規模はかなり大きい。以前見たアークタウンよりも大きいだろう。数万人が暮らしていてもおかしくはない。
そんなコロニーはボロボロだった。対紫外線ガラスで覆われたドームは穴だらけで、鉄骨が姿を覗かせている。穴から見える街並みは遠目からでも酸性雨によって風化していることが分かる。それでも巨大なコロニーだ。無事な区画も見えるし、探せば生存者くらい見つかるだろう。2人が唸っている理由はコロニーの被害に対してではなかった。
双眼鏡で拡大された視界に映るのはコロニーの正面だ。ロボットや乗り物の出入り口も兼ねているのだろう、大きな正門の上には巨大な看板がひとつ。まるで来訪者を歓迎するようなアーチ状の看板にはこう書かれていた。
『I LOVE ENEMY! KILL THEM ALL!!!!』
「フォントはポップゴシックExですね」
「ねえ、やっぱり行くのやめない?」
「接触しなければ情報を得られません」
「無理だって。あのセンスの持ち主と分かり合える気がしないよ。コスモスもそう思うでしょ」
「交渉の成功率を下方修正したことは事実です」
サクラはうんざりした表情で頭を引っ込めた。危険なコミュニティかもしれないと警戒していた。それでも桜の情報のため、覚悟をしてやってきたのだ。だというのに、思っていたのと何か違う。危険な臭いがするのは間違いないが、危険の方向性が変わってきた気がする。
サクラは頑丈な造りの窓を閉めた。今サクラ達がいる場所は小高い丘に建築された要塞のような場所だ。見晴らしがよく、防衛にうってつけの立地と立派な設備なのに、ほとんど使用されず放棄されていた。電気さえあれば十分に稼働しそうな要塞は、身を隠しながら本拠地を覗き見るのに最適だった。
サクラは部屋の中に設置されていた革張りの立派な椅子に腰を下ろす。同じく立派なテーブルにウサギのぬいぐるみを置き、頬杖をついた。気分は軍隊司令官だった。
「それでは、ここからの方針を説明したまえコスモス君。私としてはプランの変更が必要だと思うのだがね」
「最終目的に変更はありません。サクラ様が――」
「司令官と呼びたまえコスモス君」
「……司令官が求めている桜の情報を持っている可能性が最も高いのはこのコミュニティです。交渉が可能な人物に接触し、情報交換を持ちかけます。場合によっては第8外宇宙開発研究所の研究データを一部提供することも視野に入れています」
「交渉できると思う? 看板の文字見たでしょ……見ただろう、コスモス君」
「口調が滅茶苦茶です司令官。確かに、過激な思想の人物が中枢に存在するのでしょう。ただ、組織というのは複数の人格によって構成されているものです。穏健派の人物を捜索しましょう」
「どうやって? 正面ゲートで『入れてください!』って言ったらすぐにオートマトンに捕まりそうだよ」
「きっとその前に蜂の巣でしょう。一部プランを変更します。コロニー内へ潜入し、コミュニティを指導している組織について探ります」
「……」
サクラは口を噤んで俯いた。芝居がかったリアクションではない。不安が自然とそうさせたのだ。
「何か懸案事項がありますか司令官?」
「ねえ……やっぱりこのまま離れるってのはなし?」
「意図が不明な入力です。それは情報を放棄するということでしょうか?」
「うん。何というか、言葉にしづらいんだけど……嫌な予感がするんだ」
「それはどのような不安要素によるものでしょうか? 具体的に提示していただければ、それを元にしたより良い提案が可能です」
「具体的には……何もないんだけど……なんとなく」
「人間は未知の存在に対して必要以上の不安を抱くことがあります。現在のサクラ様はその状態であると推測できます」
「そう、なのかな」
「はい。危険が存在すること事実ですが、現状ではリスクをリターンが上回っています」
「そう……だよね。分かってる。うん、分かってるよ」
サクラは何度か頷いて立ち上がった。
「ごめん、大丈夫。桜の手がかりは欲しいもんね。それで……コロニーに忍び込むんだっけ? そんなことできるの?」
「まずは発見されずコロニー内に入り込める経路を発見します」
「いきなり難易度が高そうじゃない?」
「いいえ。おそらく経路自体は見つかると予想します。そのためにこの場所までやってきたのです」
「そうなの?」
「はい。軍事施設には非常用電源が設置されているはずです。放棄された後でも最低限の機能は生きている可能性は高いと思われます。サクラ様、ワタシをその端末に接続してください」
「あー、うん。またあの姿になるんだ……」
サクラはぼやきながらコスモスを机上の端末に接続した。ぬいぐるみの両耳からコードが伸びる姿は、何度見てもどんな顔をすれば良いのか分からなくなる。コスモスのわざとらしい「うーん。むむむ」を聞いていると、さほど時間を置かず声が上がった。
「発見しました。周辺の地形図、およびこの施設の設計図です」
「へえー、軍事施設ならセキュリティも頑丈そうなのに良く突破できたね」
「ワタシには研究データを守るための電子戦機能も実装されております。相手が非AI型のファイアーウォールであれば突破は容易です」
「それで? 優秀なAIさんは安全なルートも見つけたわけだ」
「はい。この要塞からコロニーに繋がる10のルートを策定し、安全度を評価しました」
「いいね! じゃあ一番安全な道でよろしく!」
「承知しました。では、案内を開始します」
サクラはリュックを背負い、意気揚々と出発した。
「最悪! ここ最悪の道だよ!」
30分後、サクラは喚きながら下水道を進んでいた。
コスモスの策定したルートは最悪だった。最初は良かったのだ。隠された扉を開けて要塞の地下区画に足を踏み入れた時はサクラもワクワクした。その後、物資搬入路だの緊急脱出路だのを素通りして排水路に向かった時点で雲行きは怪しくなった。
水の通っていない排水路を進み、到達したのが下水道だ。こちらはコロニーからの廃水が流れている。幸い整備用通路があったため下水に足を浸すことは無いが、密閉された空間で匂いが籠り、鼻が曲がりそうだ。
サクラはハンカチで鼻を覆い、それでも耐え難い悪臭に涙目になっていた。対環境コートに匂いを遮断してくれる機能があれば良かったのにと思いつつ、不満の矛先はコスモスに向かっていた。
「ねえ、私やめてって言ったよね。こんな道に案内するの!」
「ここに砂はありませんが」
「そういうことじゃない! 下水道とか汚いし臭いでしょ!」
「短時間ですのでストレスの蓄積は許容範囲かと。このペースであればあと22分で到着です」
「あと20分も!? 髪と服に匂いが移っちゃう! こんな変な匂いのまま旅するのやだ!」
「確かに、この匂いは妙ですね」
「今更!? ここ入った時からずっと臭いよ!」
「いえ、そうではなく。匂いの主成分がアンモニアその他の化学物質……これは工業廃水です」
「何が言いたいのか分かんない。つまりどういうこと?」
「成分の分布に一般的なコロニーとの差異が見られます。まるで生活排水が含まれていないようです」
「工場用の下水道なんじゃない? むしろ良かった。これにうんちの匂いまであったら……きゃっ、水がちょっとかかった! もう、最悪!」
靴に付着した汚水に嫌な顔をしながら、サクラは小走りで進み続ける。こんなところには1秒でも長くいたくなかったのだ。
灯りの存在しない下水道は暗く、サクラを飲み込むように続いていた。




