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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第2章 『国』編
15/30

15歩目 色水みたいな不安

 コスモスの計画通り、翌日には砂漠地帯を抜けていた。道の端にまだ砂が残っているが、歩きやすいコンクリートの道路が顔を覗かせている。

 倒壊したビルの残骸が道路上に放置されているが、砂丘よりもずっとマシな道だった。砂に足を取られないだけでここまで違うのかとサクラは感動していた。鬱陶(うっとう)しい砂から解放され、サクラは気分よく瓦礫を乗り越えていく。足場を確認しながらコンクリートの小山を登り、隙間が出来ている場所を見つけては通り抜ける。灰色の空に浮かぶ太陽が眩しくて、サクラは耐環境コートのフードを深く被った。


「ふう……。このペースなら予定よりも早く進めそうだね。今夜はなるべく砂の無いところでキャンプしよう」

「賛成します。可能であれば水場を見つけましょう」

「はあ、はあ……。そう簡単に見つかると、良いんだけど……」

「周辺環境のスキャンは怠らないようにいたします……。サクラ様」

「ふー、暑い。やっぱり坂道登ると暑くなるね」

「いいえ。その温感は運動によるものではありません。気温が上昇しています」

「え?」

「現在の周辺気温は38℃、この20分で気温が約90%上昇しました。調温機能を起動してください」


 サクラは慌てて耐環境コートの調温機能を起動させた。コートが熱を緩和して呼吸が楽になる。いつのまにか額には汗が噴き出していた。


「あのままだったら熱中症で倒れてたよ。ありがと」

「いえ、もっと早く声を掛ければ良かったのですが、センサーの故障を考慮し自己診断プログラムを走らせていました」

「どこか故障してた?」

「システムオールグリーン。正常に動作していることを報告します」

「ということは……」

「はい。実際にこの周辺の気温は20分で18℃上昇しました」


 冗談みたいな上がり幅だ。太陽の異常活動によるものだろうか。このままここにいては危険かもしれない。ひとまず直射日光に晒されることは避けるべきだ。サクラは素早く周囲を見渡し、比較的形を残しているビルに駆け込んだ。壁と上階のフロアが日光を遮断してくれる。日陰に入ったサクラは耐環境コートのモニタを表示させた。フードの内側に周囲の環境情報が映し出される。

 

「コスモス、気温はどう?」

「現在地点の気温は38.2℃。変化はありません」

「コートの表示も同じだ。日陰に入っても変わらない……」

「ここまでの急激な気温上昇が日光の輻射熱(ふくしゃねつ)だけで起こるとは考えづらいです。おそらく太陽活動の異常が原因ではありません」


 空気というのは日光で直接温められない。黒い服が太陽光の熱を吸収するように、日光による温度上昇速度は物体の色など熱の吸収しやすさに影響される。透明な空気は日光からの熱を吸収しづらく、太陽によって温められた地面からの熱が伝わって気温が上昇する。間に地面を挟むという間接的なプロセスがあるからこそ、気温というのは緩やかに上昇するのだ。こんな温度上昇は自然のルールに反している。


「原因は分かる?」

「情報不足につき断定はできません。しかし、いくつかの仮説の中から最も可能性の高いものを提示可能です」

「聞かせて」

「人為的に気温を操作する技術が存在しました。その技術は熱帯と寒冷地を隣り合わせることさえも可能だったようです」


 どこかで聞いたフレーズだった。サクラは記憶を辿り、コスモスが教えてくれた過去の話に思い当たった。


『先輩、このデータを見てください』

『ん? 各地の気温データ? なんだってこんなもんを』

『それぞれの気温差を見ていたんですが、これって不自然じゃないですか?』

『確かに。これじゃ熱帯と寒冷地が隣り合ってるようなもんだ。……ちょっと待て。この辺の地域って』

『はい。あちこちとドンパチやってる勢力の本拠地です』

『……もっと詳細なデータが欲しいな。観測用ドローンを飛ばそう』


 コスモスを生き延びさせた研究者。死んでしまった彼がメモリーの中で話していた。


「……じゃあ、この温度変化は誰かがやってるってこと? 『国』の人に見つかっちゃった?」

「可能性はありますが、気温の変化に留める理由が不明です。歓迎にしても敵対にしても対応が中途半端です」


 歓迎するつもりならこの気温は暑すぎるし、敵対するつもりなら対応がぬるすぎる。『国』から派遣されたオートマトンはアークタウンの住人を皆殺しにしていたのだ。もしサクラを排除するつもりなら、もっと苛烈で直接的な攻撃を仕掛けてきてもおかしくない。それがかえって不気味だった。


「周辺気温の下降を確認。現在の温度は30.7℃」

「ちょっと涼しくなった。どういうつもりなんだろう?」

「不明です。しかし、いつ気温が急激に変化するか予測できません。調温機能は起動したまま移動してください」

「うん、わかった」


 不可解な出来事、読めない意図。不気味な予感を感じて、サクラはコスモスを強く抱きしめながら歩みを再開した。




 しばらくの間、周囲の気温は不規則に変化した。時には40℃を超えることもあり、耐環境コートがなければとても歩いていられなかっただろう。

 定期的にコスモスが気温を報告してくれる声を聞きながら、サクラは気温上昇を制御している人について考えてみた。指先ひとつで気温を操作できるスーパーエアコンを持った人間だ。凄い装置を持っているのだからきっと凄く偉いのだろう。アーカイブで見た偉人たちみたいに髭を生やしているに違いない。それも先端がくるりと上を向いた髭だ。10本の指にきらびやかな指輪をはめて、胸にいっぱい勲章とかをつけて、しかめっ面をしているのだ。サクラの『偉そうな人間』のイメージだった。 

 その人物が言う。「さあサクラ、あなたのために温度を変えてあげたの。過ごしやすいでしょう。感謝しても……え、暑すぎる? 私はこれがちょうど良いんだけど……」 偉そうな人物はハカセの姿をしていた。

 髭を生やしたハカセが困った様子でリモコンを操作するところまで想像したサクラに、コスモスから声がかかった。


「進行方向から機械音を捉えました。こちらに向かっています」


 平和な妄想を切り上げ、サクラは行動に移った。進行方向ということは『国』の方向からということだ。『国』がサクラ達にどのような態度で接してくるか分からないとなれば安全策を取るべき。すなわち不用意な接触を避けて様子を見るのだ。

 道路を外れ、素早く隠れられる場所を探す。瓦礫が少なく歩きやすい場所を通っていたのが災いした。視界を遮る建物は進行方向、つまり機械音の方にしかない。


「右手7m先に亀裂を発見。隠れることができるサイズです」


 コスモスの声に従って視線を巡らせると、地面が歪んだ際にできたのだろう、大きめの亀裂を見つけた。駆け寄るとサクラが余裕で入れそうな幅がある。ただし、穴は深くまで開いており底が見えない。


「他を探してる時間はありそう?」

「いいえ。対象の移動速度が速く、時間的余裕はありません」

「しょうがない……!」


 サクラは左腕を地面に向け、コートの下に隠しているワイヤーアンカーを打ち込んだ。射出されたアンカーがコンクリートを割り、地面に食い込む。何度か引っ張って外れないことを確認すると、ワイヤーを腰のベルトに引っかけて亀裂に飛び込んだ。


 間を置かず、金属が地面を踏みしめる音が響く。建物の陰から姿を現したのは四つ足の機械だった。長方形のコンテナに細長い足が生えたようなロボットは、ゆっくりと四本の足で歩みを進めている。動きはゆっくりに見えるが、足が奇妙に長いため一歩が大きい。あっという間にサクラが隠れる亀裂に近づいてきた。

 ロボットはコンテナに取り付けられたカメラを収縮させ、身をかがめる。地面に接近したコンテナの下部が開き、そこから機械腕が出てきたかと思うと、道路に放置されていた錆びた金属片を拾い上げて腹に収めていく。


(資源採集用のロボット……?)


 そんなロボットの様子を、サクラは亀裂の中で宙吊りになって覗き見ていた。ワイヤー一本で体を支えているため、不用意な動きはできない。息を潜めるサクラに気づかず、ロボットはその場を歩き去ろうとしていた。

 サクラが安堵し、ロボットの動きをよく見ようと体を引き上げたその時、ロボットの動きが止まった。


(しまった……発見された?)


 何か音を立ててしまったか、背面にもカメラがあったのか。今すぐ飛び出して態勢を整えるべきか。様々な考えが頭をよぎる中、ロボットが再び動き出す。亀裂に突っ込んで動けなくなった足を引き抜こうとしているのだった。

 うまく(はま)ってしまったのか、一向に動かない足に悪戦苦闘しているようだ。残った3本の足で地団太を踏んだり、体を揺らして穴を広げようとしたり。懸命なのはわかるが、その姿は何というか……。


(ちょっと間抜けだなあ)


 気が抜けてしまったサクラを置いて、何とか足を引き抜いたロボットはそのまま歩き去ってしまった。

 

 しばらく様子を見て戻ってこないことを確認すると、サクラはようやく亀裂から這い上がった。


「何だったんだろう、あれ」

「やってきた方向から考えるに、『国』製の資源採集ロボットの可能性が高いです」

「それは私も思ったけど……どんな印象だったか一緒に言ってみる?」

「同時である必要はあるのですか?」

「いいから、せーの」

 

「なんか間抜けで可愛い」

「処理能力が不足していると予想します」


 サクラはコスモスを覗き込んだ。ぬいぐるみの表情は読み取れなかったが、抱いた印象は同じだったようだ。


「あんまり賢そうじゃなかったね。『国』の技術力は高くないのかな?」

「サンプルが少ない状態で考えるのは危険です。資源採集ロボットは複雑な作業を必要としないため、スペックの低いAIを搭載することは考えられます」

「うーん」

「なにか懸念事項がありますか?」


 奇妙なもやもやが晴れていかない。透明で綺麗な水に一滴だけ混じった色水みたいな不安だ。水に広がって薄まっていくけれど、その濁りは消えない。そんな気持ちの悪さ。

 

「うまく言葉にできないの。なんか気持ち悪くて」

「気温の乱高下による体調不良でしょうか」

「そういうことじゃなくて……もういいや、先に進まないと」


 考え事は歩きながらでもできる。サクラはロボットがやってきた方向に歩き始めた。

 むっつりと黙り込んだサクラにコスモスは声をかけることもなく、静まり返った旅路に響くのはコスモスの定期的な気温報告だけだった。

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