14歩目 温かいご飯が一番おいしい
今日から第2章終わりまで毎日投稿再開します。
きっと、温かいご飯が一番おいしい。
服の中に入り込んだ砂と灰を取り除きながら、サクラはそう思った。ここ5日ほど歩いて来た道は砂と灰の浸食が酷く、1日の終わりにはコートやインナー、ブーツの掃除が日課になっていた。
西暦2206年の地球では、環境破壊のせいで強力な紫外線や酸性雨が降り続けている。そのため建築物は急速に劣化し、表面が崩れて粒子の細かい砂になる。砂は風によって運ばれて砂丘を作ったり、街を飲み込んだり、服の中に入り込んできたりするのだ。
ただの砂と侮ることは出来ない。服の中に入り込んだ砂は体の動きを妨げ、長時間放置していると皮膚を傷つけて感染症や炎症を引き起こす。気軽に医者に診てもらえない旅では、軽い病気や怪我が命取りになるのだ。だから毎日時間をかけて砂を取り除くのは大切なことなのだった。
そう、サクラも大切なことだと分かっている。それでもここ最近は作業に時間を取られて、ずっと冷たいレーションや行動食しか食べていないのだ。
数日続けてきたせいで手慣れてきた砂の除去を最高効率で終わらせ、サクラは缶詰と固形燃料を取り出した。今日こそは温かくて美味しいご飯にありつかねばならない。サクラは限界だった。
「日中の行軍ペースが前日比で9%も増加していたのはこのためだったのですか」
サクラが道端に転がっているビルの破片を集めて竈を作ろうとしているのを見て、ウサギのぬいぐるみから声が発された。
植物みたいに無感情な声の主はCOSMOS-v3。サクラと共に旅をしているAIだ。廃棄された研究所でサクラと出会い、新たな奉仕対象である研究者を探すためにサクラの旅に同行している。計画性に乏しいサクラの代わりに旅程を立てているのだが、ここ数日の道はサクラにとっては不満しかなかった。
最も安全かつ距離が短いルートだと説明されて進んでみれば、砂丘を歩くことになって疲れるし、髪も口の中も砂だらけで気持ち悪いし、何よりまともな食事も出来ずストレスが溜まる。最悪な道だった。
(このポンコツAIめ)
この数日不機嫌さをアピールしているサクラは、コスモスを無視してビルの破片の大きさを厳選していた。最も、不機嫌アピールはコスモスに全く響いている様子がなく、ちょっと挫けそうになっている。AI相手に根気勝負で勝てるはずが無いのだ。
「アークタウンでの遭遇戦により、バーナーセットを喪失しました。調理コストが増加した現在、食事は非加熱で摂取できるレーションが効率的です」
サクラは以前訪れたアークタウンというコロニーでオートマトンに襲われた。殺人機械に対して何とか生還したサクラだったが、その際にいくつかの荷物を失ってる。愛用していたバーナーセットもその一つだ。アークタウンで新しいバーナーセットを見つけることは出来ず、食料を加熱することにも手間が必要になってしまった。
それは分かっている。そんなことは指摘されなくても分かっているのだ。
「コスモス、人が生きていくのに何が必要か分かる?」
「約18~50%の酸素濃度と水分に必須栄養素、体温維持が可能な気温と……」
「そういうのじゃない。人が生きていくのには目的が必要なの。目的があるから人は頑張れるんだ。辛くて苦しい今日を乗り越えて歩いて行けるんだ」
「意図が不明な入力です。サクラ様は何を仰りたいのですか?」
サクラは動きを止めてコスモスを振り返り、色々な感情を込めて叫んだ。
「1日頑張った後は、温かいご飯が食べたいってこと!」
魂の叫びにコスモスは沈黙した。サクラの食事への熱量が勝利した瞬間だった。あるいは呆れて何も言えなくなったのかもしれない。
そんなコスモスの様子にサクラは鼻を鳴らし、食事の準備に戻ったのだった。
「ん~、おいしい~!」
サクラは温めたシチュー缶を啜って満面の笑みを浮かべた。こってりとしたシチューから湯気が上がると、優しい香りが漂ってくる。舌を火傷しそうなシチューに息をかけて冷まし、口に含むとじんわりとしたクリームの味わいが広がる。にんじん風味のオレンジブロックとブロッコリー風味のグリーンブロックも良いアクセントだ。
(うう……久しぶりにご飯を食べてる)
今までの食事はご飯ではない。ただの栄養補給に過ぎなかったのだ。人間は温かいご飯を食わねば動けんのだ。AIにはそれが分からんのです。
感動で口調が怪しくなりながらもシチューを口に運ぶ手は止まらない。ちょっと具の寂しいシチューだが、そこは工夫次第で何とでもなる。サクラは火の近くに置いていたクラッカーを手に取った。軽く炙ったクラッカーからは小麦粉が焦げた香ばしい匂いがする。密度が高く硬いクラッカーを割り、シチューにくぐらせてから頬張ると涙が滲んだ。
「ぐす……おいしい……おいしいよ……」
コスモスが若干引いている雰囲気を感じるが、サクラにとっては小さなことだった。今はこの至福の瞬間を味わう事だけが全てなのだ。
それに、普段は節制だの節約だのうるさいAIだが、サクラのストレスが限界であることを分かっているようだ。デザートにシロップ漬け果物の缶詰を取り出しても小言を言わず見守っている。
「ストレス過多により食料の消費が増加する傾向が見られます。今後のルート選択の際に考慮します」
「そうしてね。もう砂漠は通りたくない」
「降水量を見る限り、この周辺は砂漠地帯と定義できません」
「定義とか関係ないの! 起きた時に口の中がジャリジャリするのも、髪がザラザラなのも、もうやだ!」
鬱憤を晴らすようにシロップ漬けを掻き込むサクラ。わざとらしい人工甘味料の甘さが荒んだ心を癒してくれる。
「明日にはこの地域を抜けます。地形から考えて砂の量は減少するかと」
「そう祈ってるよ。……あれ、この地域を抜けるってことは」
「はい。間もなく『国』の勢力圏に入ると思われます」
アークタウンでの遭遇戦。襲ってきたオートマトンの本拠地は『国』と呼ばれるコミュニティだった。戦争によって人口が激減した現在、国家としての体裁を保っている場所があるとは思えない。かのコミュニティが何故『国』を名乗っているのか、何故他のコロニーを襲撃していたのか、理由は未だに分からない。
間違いないのは、『国』が好戦的で危険なコミュニティだということだ。同時に、危険を承知で接触する価値があるというのがコスモスの見解だった。動物どころか植物さえも死に絶えたこの世界で桜を見つけるためには、広範囲に渡る情報が必要だ。
「方針の確認だけど、『国』のオートマトンやロボットにはなるべく発見されずに進むんだよね」
「はい。単純な命令で動く作業機械では、見つかった瞬間に攻撃される危険性があります。我々が最初に接触するべきは判断能力を持った人間です」
「おっけー。……正直、アークタウンの襲撃を命令した人と仲良くなんて出来ないけど」
「友好関係を結ぶ必要はありません。情報交換さえ出来れば良いのです。ネットワークが遮断された状況では、人伝の情報ですら価値を持ちます。まともな判断能力があれば、交渉に応じるでしょう」
「桜のこと、知ってるかな?」
「オートマトンからサルベージしたデータで、『国』が各地に兵力を派遣していることは分かっています。現状最も情報を持っている可能性が高いコミュニティです」
「うん……そうだよね」
デザートを食べ終わったサクラは、沸かしていたお湯でココアを作って飲んでいる。倉庫で発見してから大量に持っていたココアだったが、小さくなったリュックに入りきらず、大部分をアークタウンに置いて来てしまった。軽くなったリュックはサクラにとって歩きやすくて、少し寂しかった。
夜みたいに暗くて甘いココアをちびちびと飲むサクラを横目に、コスモスは考えていた。
(整備不良が起きやすい地域を選んだため、『国』の勢力と遭遇することは無かった)
サクラが嫌がった砂だらけの道は、機械にとっても嫌な道だ。部品の間に入り込む砂による動作不良を嫌って、この地域に『国』のオートマトンは派遣されないという予測は当たっていた。おかげで比較的安全に旅を続けてこれたが、ここから先は違う。
コミュニティに近づいたことで哨戒に出くわすかもしれない。サクラは体力があるとはいえ少女だ。単独でオートマトンを倒せるような奇跡は何度も起きない。
(リスクは存在する。しかし、現状ではリターンが上回る)
コスモスのリスク評価アルゴリズムはそう結論付けている。かのコミュニティの目的と状況を探り、桜についての情報を手に入れる。ただし敵対を避け、交渉で要求を通す。方針に間違いはない。計画のチェックが終わったコスモスはサクラに声をかけた。
「明日からは周囲の警戒を行いながらの移動になります。集中力を要するため、今日は早めに休息を取ってください」
「分かってるよ。こんな砂ばっかりのところで起きててもやることないしね」
サクラは火の始末をするとテントの中に入っていく。
「じゃあ、おやすみコスモス」
「はい。おやすみなさいませ。良い夢を」




