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世界で2番目に美しい物語  作者: 秋桜
第1章 旅立ち編
13/30

13歩目 さよならが1番美しい物語だ

 サクラはコロニーの中心部を訪れていた。一軒家タイプの住居が集まった区画だ。コスモスが案内したのはその内の一軒だった。住人は花を育てていたのだろう。家の前には破壊されたプランターの破片と花が散らばっていた。

 大きな爪で引き裂かれた壁の奥に足を踏み入れる。周囲と同じく、酷い匂いがしていた。サクラは口元を覆いながら匂いの発生源を探す。大した時間もかからずそれは見つかった。リビングらしき部屋跡に死体が倒れていた。


「……コスモス?」

「はい。損傷は酷いですが、身体的特徴から本人かと」

「そっか」


 倒れ伏した彼女は、胸から背中まで大きな穴を空けていた。他と同じく腐敗が進み、酷い匂いが漂っている。サクラは思わず目を逸らしてしまった。探していた人のあんまりな末路に耐えられなかったのだ。


「どうしてこんなことに」

「サルベージした記録から、オートマトンは襲撃時に複数体いたと思われます。逃亡者を出さないためでしょう。電撃的かつ統率された攻撃作戦であったため、逃げ出す時間が――」

「そういうこと、聞いてるんじゃないっ」


 サクラの言葉にコスモスは黙り込んだ。八つ当たりであるという事はサクラも自覚していた。けれどやるせなかった。理不尽に命が奪われたこと。指輪を渡せなかったこと。恋人とのさよならをさせてあげられなかったこと。


「……苦しかったかな。こんなにひどい傷で」

「損傷は致命的な物です。おそらく数秒で息絶えたことが推測できます。苦痛を感じる時間は短かったかと」


 苦痛を感じる数秒間、自分が死ぬと分かった瞬間に、この人は何を思ったのだろう。最期に感じたのは恐怖だったのだろうか、絶望だったのだろうか。その想像上の苦痛にやるせなさが重なって、サクラは思わず膝をついた。遺体に近づいたせいで匂いも酷くなり、胸がむかむかする。


「……何か、持ってる」


 しかし、距離が近くなったおかげで彼女が手に持っている物が目に入った。握りしめていたのは、使われなくなってから久しいデッドメディア――紙だった。サクラは慎重に指を開かせ、握られていた紙を抜き取った。腐敗した死体は柔らかく、手袋越しに嫌な感触が伝わる。


「サクラ様、遺体に触れると感染症の危険が」

「いい。後できれいにするから」


 しわになった紙を広げると、サクラの手のひらより少し大きい。サクラはこの大きさに見覚えがあった。研究所で見つけた黒い手帳と同じサイズだ。紙には荒々しい筆跡で文字が書いてある。何度も読み直されたのか端が擦り切れており、血の汚れもあるため読みづらかった。


『このドローンなら襲撃者に見つからず、アークタウンの君の元に辿り着くかもしれない。他のドローンに紛れ込ませたから確率は高いはずだ。金属を運べないから手紙なんて古風な形になってしまったが、届くことを祈っている』

『俺はきっとこれから死ぬだろう。俺のことは忘れてくれ。君の未来の重荷になりたくない』

『こんなことになる前に伝えたいことがあった。君に渡すために指輪だって作っていた。俺が意気地なしで渡せなかったんだ』

『忘れてくれと書いたが、やっぱり寂しいからたまに思い出してくれると嬉しい。本当にたまにでいい。数年に一度、君を宇宙一愛している男がいたと思い出すだけで十分だ』

『愛している。さよなら』


 血の汚れの上に、新しい染みが広がった。


「サクラ様、何故泣いているのでしょうか?」


 サクラは慌てて手紙を置き、ウサギのぬいぐるみに顔を埋めた。この手紙をこれ以上自分が汚してはいけない気がしたのだ。旅の間紫外線に晒されていたぬいぐるみは乾いていて、サクラの涙を全て吸い取ってくれた。

 サクラはゆっくりと何度も息を吸って、自分の涙の理由を考えた。それは衝動的で言葉にしづらい感情だったが、理由はきっとこうだった。


「……さよならは世界で1番きれいなお話だから」

「意図の不明な回答です。どういったデータに基づいたランキングなのでしょうか?」

「ハカセが言ってたんだ。人の心を揺さぶる物語には必ず別れが含まれるって」

「確かに人間が感動するストーリーにはその傾向があります。この手紙もそうだったのでしょうか?」

「……うん。きっと。これがこの人達のさよならだったんだ」


 この人たちは、ちゃんとさよならが出来ていたんだ。

 届け物の結末は酷く悲しくて苦しいものだったが、そのことだけがせめてもの救いだった。





「水浴び! だー!」


 サクラは服を脱ぎ捨てて透明な水に飛び込んだ。擦り傷がひりひりするが、それよりも汚れを落とせることが嬉しかった。

 コロニーの浄水機能は破壊されていたが、タンクの中には清潔な水が残されていた。今は小さなプールに水を溜めて念願の水浴びをしているところだ。おそらく水質検査用に水を溜めておく用途のプールなのだろう。小柄なサクラの腰までしか水深が無い。それでも贅沢な水の使い方に変わりはなかった。


「透過センサーを使っちゃだめだよ。もし使ったら外に放り出すからね」


 サクラは身体を洗いながらコスモスに声をかけた。当のコスモスはコロニー内で新しく調達したバッグに仕舞い込まれている。何となく恥ずかしかったのと、泣きはらした目を見られたくなかったからだ。


「ねえ、食料もたくさん見つかったし、今日はお腹いっぱい食べていいよね?」

「はい。備蓄倉庫が無事だったのは幸運でした。運搬可能量以上の物資は消費して構いません」

「やった! お昼は何食べよっかなー」

「数日はこのコロニーで休息しても良いでしょう。被害の少ない場所であれば感染症の危険も回避できます」

「んー」


 サクラはインナーを水に浸してから答えた。


「それはいいや。お昼を食べたら出発するよ」

「よろしいのですか?」

「うん、次の目的地も決まったし。あのオートマトンが所属してた『国』の場所も分かったんだよね?」

「はい。現在も稼働しているコミュニティであると推測されます。積極的に外部へオートマトンを派遣しているようなので、様々な情報が集まっているでしょう」

「もしかしたら桜の情報があるかも知れない」

「はい。ワタシの奉仕対象も見つかるかもしれません」

「……どうだろうね。他のコロニーにこんなことするんだから、マトモな人はいないかもよ」

「倫理観の欠如した研究者は奉仕対象になり得ません。ワタシの製造目的は人類全体の科学の発展に寄与することですから」

「それを聞いてちょっと安心したよ。まあ、どっちにしろ行ってみれば分かることだよね」

「はい……」


 何か言いたげに黙ったコスモスを不思議に思い、サクラは振り返る。インナーを絞っていたので、水滴がばしゃばしゃと飛び散った。


「どうしたの? 何か気になることでもある?」

「……オートマトンからサルベージしたデータに、最重要項目として保護されていた命令が存在しました」

「おかしなことじゃないでしょ。機械が動くために命令は必要だし、保護するのは当然じゃない?」

「はい。ですが、ワタシにはその命令が不可解であり、理解不能です。サクラ様の有意義な入力を期待します」

「意見を聞きたいってことね。どんな命令だったの?」

「ただ一言、『|Complete Victory《完全なる勝利を》』と」

「……それだけ?」

「はい。それだけです」


 サクラは眉根を寄せただけでは足らず、鼻にもしわを寄せた。さっぱり理解できないの表情だった。

 誰に対しての勝利なのか、何をもって完全とするのか、さっぱり分からない。およそ機械に対する命令とは思えなかった。


「ええと……そりゃ完全勝利を目指してるんじゃない? 味方は一人もやられず敵を全員やっつける……とかさ」

「そのような馬鹿げた軍事目的を策定するコミュニティが存在するとは思えません」

「だよね……」


 サクラはハカセの授業を思い返した。軍事についてはあまり詳しく教えられていないが、軍隊は全軍の3~5割を失えば全滅したとされるらしい。それすら大変なことなのに、文字通り全員を殺すというのは馬鹿げているとしか言いようがない。


「は……はくしゅんっ」


 サクラはぶるりと体を震わせた。冷たい水に入ったまま考え事をしていたせいで体が冷えてしまった。いそいそとプールから出て、体を拭く。コスモスはまだ何か考えていたが、サクラにとっては暖まることとご飯にありつくことの方が優先だった。


「ほら、ご飯食べに行くよ、コスモス」

「うーん、むむ……ワタシには食事は必要ありませんが」

「食べてる間のお話し相手になって。誰かと食べるご飯は3割増しで美味しいんだから」

「それは一体どのような統計から得られた……」

「あーもう、うるさいうるさい。いいから行くよ!」


 サクラはリュックを背負って歩き出す。以前の物と違って少し小さいリュック。容量が減ったから置いていかなければならない物もある。入りきらない食料や道具。もう少し早くコロニーに辿り着いていればという後悔。背負っていけない物を捨てて、軽くなった体で歩かなくてはならない。

 きっとそれが前に進むということなのだと、サクラは思うのだ。




 少女とAIが去ったコロニーは静かだった。利用する人間のいなくなった街は、酸性雨と紫外線によって崩壊していくのだろう。この世界ではありふれた風景だ。

 やがて崩壊してしまう居住区の一角で、手紙と一緒に置かれた指輪が光を受けて輝いていた。


第一章 旅立ち編 完

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