12歩目 決着と見つかったもの
「PLR-02の準備完了。照準は背面部。発射します」
コスモスの声を聞いて、オートマトンはまず透過センサーを起動した。物体を透過して内部を覗くことの出来るセンサーは有用だが、処理するべき情報量がケタ違いに増加する。高性能なAIですら常用出来ない機能なのだ。必要時以外は起動しないようプログラムされていた。
しかし今はこのセンサーが必要だとオートマトンのAIが判断した。PLR-02は主力戦車の装甲すら貫通する威力のライフルだ。目の前の人間が持つスタンバトンに比べ、遥かに脅威度は高い。声がしたのは煙幕の中。光学センサーでは見えない場所をスキャンする必要があった。
透過センサーを起動し、煙幕の中をスキャンする。途端に増加する情報を処理するためにCPUの稼働率が跳ね上がった。煙に隠れた向こう、道路に散らばっている物体を解析する。リュックの残骸、食料、キャンプセット、ぬいぐるみ――発声装置が埋め込まれているのはこれのようだ。
煙幕内の物体のスキャンが完了し、オートマトンは結論を出した。自分を破壊し得る兵器など存在しない。つまり、先ほどの声は注意を引くためのブラフだったのだ。
自動操縦の思考がそう結論し、サクラに向き直る。自分が騙されたことへの感慨はない。設定された優先順位に従って動くことが彼に求められたことだった。
コスモスの声を聞いて、サクラは走り出した。聞き覚えのあるライフルの名前。しかしそんなものを持ってきた覚えは無かった。意味不明な言葉。だから、その言葉自体がコスモスの援護なのだと信じた。根拠の無い勘だ。冷静なサクラの思考が警告を鳴らしている。それでも、あのポンコツAIはサクラの仲間なのだ。
コスモスの言葉を信じてセンサーを起動したオートマトン。コスモスを信じて走り出したサクラ。両者の差は動き出しの数秒程度だった。しかしこの瞬間において、その数秒の価値は計り知れない。
スタンバトンのボタンに指を掛けたままサクラが疾走する。オートマトンとの間にある数mの距離を喰いつくし、懐に飛び込んだ。
数秒遅れてオートマトンがサクラの迎撃に動き出す。すでに対象は爪の間合いの中まで入りこんでいる。八本足を軋ませ、体当たりを仕掛ける。
「それは、さっき喰らったよ!」
予備動作を見てサクラが跳んだ。機械仕掛けの正確な動き。先ほどと全く同じタイミングの攻撃を見極めるのは難しくなかった。オートマトンの体を踏み台に宙に躍り出る。サクラの足元をオートマトンの巨体が通り過ぎていった。
3m先で急制動をかけて止まるオートマトン。サクラはその姿を見てにやりと笑った。狙い通り、『背中を向けて止まっている』。
サクラの左手がオートマトンに向けられる。袖から発射されるワイヤーアンカー。オートマトンの首に巻き付き、空中にあるサクラの体を引き寄せた。再びサクラとオートマトンが接近する。
コスモスは言っていた。『照準は背面部』と。酸性雨によるものか、破損していたのか、オートマトンの背中は装甲がひび割れ、内部構造が覗いていた。
アンカーに引き寄せられる勢いとサクラの渾身の一撃によって、スタンバトンは内部構造に深々と突き刺さった。オートマトンがぶるりと震える。内部構造の破損による誤作動か、サクラを振り払うための動きだったのか、あるいは死神の鎌を突きつけられた恐怖だったのか。
いずれにせよ、それが彼の最期の行動となった。スタンバトンのスイッチが入れられる。発される一瞬の雷光。内部に直接流された過電流が駆け抜け、オートマトンのメインコアを文字通り雷の速度で焼き尽くした。
「……やった。うわわっ」
サクラが安堵の息を漏らした瞬間、オートマトンの体が傾く。姿勢制御機能が停止し、そのまま横倒れになったのだ。危うく潰されるところを逃げ出したサクラはオートマトンが動き出さないことを確認するとようやく緊張を解き、その場にへたり込んだ。
「し、死ぬかと思った。本当にもうだめかと思った……」
戦闘状態の集中が解けると、急に体の痛みをはっきり感じ始めた。ちらりと見たコートの下は痣だらけになっている。それだけ確認したサクラは立ち上がることもおっくうになって空を見上げた。ドームの亀裂からのぞく空は相変わらずの灰色だった。
静寂の戻ったコロニーで、サクラが再び動き始めるにはまだ少し時間が必要だった。
「簡易メディカルチェックの結果、打ち身7か所、擦過傷5か所、筋挫傷が1か所。いずれも軽症でした。消毒並びに筋挫傷への冷却処置を提案します」
「コスモスがー。やってくれたらー。いいのにー」
「ワタシには自立行動可能なボディが存在しません」
ようやく動き出したサクラはコスモスの指示のもと、怪我の治療をしていた。日陰でコートを脱ぐと体のあちこちに痣と擦り傷が見える。ワイヤーアンカーで急制動を行った左腕は筋を痛めたらしく動きが鈍い。酷い有様だと顔をしかめた。
アドレナリンが切れたのだろう。体が重い。そのまま寝てしまいたいくらいだったが、怪我の治療をしなければならない。医者もいない旅では、破傷風になるだけでも致命的なのだ。
血が滲む擦り傷にアルコールを吹きかけ、ガーゼを張り付ける。左腕には散らばった荷物の中から持ってきた薬品を使う。2種類の薬品を混ぜて包帯に沁み込ませると冷感を得られるのだ。ハカセの授業で習ったのだったが、薬品の名前は何だっただろう? 重たい頭では思い出せそうになかった。
包帯を左腕に巻き終わり、一通りの処置が完了した。一息つく間もなくコスモスの声が掛かった。
「散乱した物資の回収作業にはワタシを同行させてください。破損した物資が使用可能かスキャンします」
「……はーいはい。分かった分かった」
体重が2倍に増えたような感覚を耐えて立ち上がる。もうちょっと休ませてくれてもと思うが、今回ばかりは文句を飲み込んだ。コートを着込み、傍らに寝かせていたぬいぐるみを抱え上げる。
「援護ありがと。助かったよ」
「御無事で何よりです」
「無事と言うにはボロボロだけどね」
「白兵戦仕様のオートマトンと戦闘し、この負傷で済んでいるのはむしろ奇跡的です」
「そりゃそうだ。ホントに死んじゃうかと思ったよ」
大げさではなく九死に一生を得た気分だった。オートマトンはそれだけ絶望的な性能をしていた。今生きているのはこのポンコツの助けがあったおかげなのだ。そう思うと少しは優しくしてやる気分になって、サクラはぬいぐるみの頭を撫でた。
「この行為の意味を問います」
「いいからいいいから。ほら、荷物を回収するよ」
「はい」
リュックから散らばった物を集め、コスモスが一つずつチェックしていく。破損してしまったものは思ったより多かった。サクラはバーナーセットを手に取り、失意の表情を浮かべた。大きく歪んでしまったそれはもう使い物にならないだろう。サクラの旅立ちからずっと大事にしてきた物なだけ、悲しみも深かった。
一方コスモスは冷静に使用可否を分析していた。もう使えないもの、バーナーセット、LEDランタン、いくらかの食料、そして大きく裂けたリュック自体。
「お気に入りだったのに。このリュック……」
「修復も難しいため、代用品を探す必要があります。コロニー内を探索すればどこかに残っている可能性は高いと予想します」
「もうちょっと優しく慰めてくれても良いと思うんだけど。じゃあ、どこから探すの?」
「まずはオートマトンからです」
コスモスの発言に首を傾げるサクラを急かして、コスモスは動作停止したオートマトンの元に自分を運ばせた。自立稼働を停止した鉄の塊は重く、動かす手段が無かったため道の真ん中に放置されたままだった。
「どうするの?」
「ワタシを接続してください。この型であれば脚の付け根にターミナルがあるはずです」
サクラが指示通りにコスモスとオートマトンを接続する。ぬいぐるみの両耳からコードが伸び、武骨な戦闘機械に繋がれているのはなかなかミスマッチで、どういう顔をするべきか悩みどころだった。
結局真面目な顔で待つことに決めたサクラは、無表情なぬいぐるみの前にしゃがみこんだ。コスモスはお決まりの「うーん。むむむ」をわざとらしく言っている。
「で、これは何やってるの?」
「データのサルベージです。このコロニーの情報があるかもしれません」
「思いっきり電流流しちゃったけど、データなんて残ってるの?」
「完全な形では残っていません。しかし断片さえあれば欠落した情報を推測することが可能です」
「ふーん。それで、どんな調子?」
「装備の保管庫が判明しました。どうやら無事のようです。それから――」
不自然に途切れた声にサクラは首を傾げた。ずっと淡々としていたコスモスには珍しい反応だった。
「どうしたの?」
「2つ報告すべき情報が見つかりました。まず、このオートマトンはいわゆる『野生』――奉仕対象を失った存在ではないということです」
「ん? それってつまり、誰かの命令でここに来たってこと?」
「はい。このオートマトンは特定のコミュニティに所属しており、その勢力は自らのことを『国』と呼称しているようです」
「クニ……まだ人がいっぱい生きてた頃に存在した社会体系だっけ?」
「はい。しかし、この『国』の状況は不明です。詳細なデータは過電流により消失しています」
他のコミュニティにこんな攻撃的なオートマトンを派遣するなんて、何が目的なのか。このコロニーと何か確執があったのか。疑問は一つも解消せず、増えていくばかりだった。
「詳細は現地に赴き調査する必要があるでしょう。コミュニティの本拠地であろう座標も残っていました」
「それが2つ目の報告?」
「いいえ。サクラ様の要望で追加した捜索タスクが完了したことの報告が2つ目です」
「捜索のタスク? 何を――」
頼んだっけ、と口に出す前にサクラの脳裏にコスモスとの会話がよみがえった。研究所で見つけた遺体。コスモスを守った研究者。彼が持っていた指輪。
「恋人さんが生きてるの!? 一体どこでっ」
「いいえ」
二度目のいいえ。サクラの悲観的な思考がその考えに辿り着くのに時間は必要なかった。答えを聞きたくないサクラに構わず、無機質な声が事実を突きつけた。
「襲撃時の映像が残っていました。捜索対象は死亡しています」




