第13章 荒波
第13章 荒波
「お前、今、ヨモと故郷に帰れ」
熱い森の中で、アカゲからの突然の話だ。
キリの気絶と覚醒、そして、荒波の家族に引っ張られていると。
「ええ?」
荒波は焦りと恐怖で目一杯なのに。
「キリ、行けるな」
キリが、アカゲの肩から荒波に跳んだ。
「え、なに、キリ」
小さくて、あまりにも軽いキリ。さっきまで意識を失っていたと言うのに、動いて大丈夫なのかと荒波は動揺を重ねた。
「キリはお前と同じ、移動の力を持ってるんだよ。近道の」
キリの移動の力。荒波は、改めて考える暇が無かったが、アカゲを追って消えたキリを確かに見ていた。
「キリとお前の家族と、どういうことなのか、オレにだって解らないよ。でもキリの心がびくともしないんだ」
さらにアカゲは続ける。
「だから、お前とキリの近道と、今キリを引っ張っている力と全部合わせれば、ヨモを連れて故郷に帰れるんじゃないか」
「でも無理だよ、海なんか越えられない。キリだって危ないよ」
荒波は混乱する頭から言葉を引っ張り出した。
それでも、アカゲはキリから何かを感じているのか、
「機会を逃すな。もうオレとキリは納得してるから」
と強く言う。
「でもそんな、ごふ」
煙が濃く取り巻き始めている。
荒波は恐怖と熱に包まれて思考した。アカゲが言う納得とは何か。アカゲとキリが離れるということか。すると、
「クアッ!」
と、アカゲは牙を剥いて、荒波に跳んだ。荒波の胸を蹴り、すぐ近くの木の枝に跳び移る。荒波は何も出来ず、ただ半歩後ろによろめいた。蹴られた所はは痛む程ではなく、怖さも無かった。でも心を突き放されたと思った。
枝から身を乗り出したアカゲは、荒波の顔に迫り口を大きく開けた。
「行け! 跳んで、次の自分に任せるんだろうが。それでも荒波かよ、静かの方が強いか? あ? お前は誰だ、砂か? 誰だよ!」
あの優しいアカゲが、怒った炎のように大きくなった。
地鳴りが轟く。
(悲しいよ)
荒波は、言われるままに今帰るなど考えられなかった。
でも熱い。
全身の皮膚が、勝手に分厚くなり始めたのが分かる。
なら蓬はもっと熱い。荒波は、顔を手で覆っている蓬をゴワゴワの体で囲う。蓬の服も熱い。荒波もいづれ、体の表面を守りながら体力を無くしてしまう。
(よもはもうここに。キリは俺の肩から目を見てる)
濃い煙の風が襲う。
荒波は鼻を啜りながら情けなく言った。
「俺は荒波だあ」
そしてまたアカゲが吠える。
「今なんだよ! 行くしかないなら、行くしか、ないなら、アラナミ、キリを頼むな」
ブオオオ!
アカゲの咆哮に、微かに涙が混じった気がした。
(行く)
荒波は肩をすぼめてキリを脇に挟み、蓬をさらに引き寄せた。蓬も、キリを覆うようにして荒波にしがみつく。
「ごっごほお」
荒波が目を閉じ切る間、煙の向こうにアカゲの姿はあった。でも、炎とアカゲの境界は曖昧だった。
(俺が行くまで動かないつもりかよ)
いつもなら背中を向けて、風の様に去っていくアカゲなのに。
地鳴り。
「んんん行ってやるよお」
荒波の声も涙で詰まった。それを無理に引きちぎるように叫んだ。
「よも行くぞ! キリ、うう、力を貸して」
地鳴り。長い。
世界の振動から自分を切り離すように、荒波は目を閉じた。
瞼の中の世界で、火の森が星空に飲み込まれていく。
不思議だった。荒波は、噴火に背中を突き飛ばされた気がした。
「行っ」
「ふううっ」
アカゲの独り言が近道に紛れ込んだ。
「シズカ。また話そうな」
———— 踏み出した俺を星空が包んだ。
俺は家族を想い、茶の間を目指した。
不似合いなソファに胸を焦がした。
波のように心を前へ送る。夢中で進む。
星々は、じれったい程にゆっくりと後ろへ。
オラシオン
蓬と俺とキリがつながる。
俺たちは大きな波になる。荒波になる。荒波に星が溶け込む。星が強く光る。
大きな荒波は進む。でも何かが阻みに来た。違うと。
「兄ちゃんここ!」
キリの中から声。俺の弟の。
繁に会いたい。
オラシオン
繁に会いたい。
俺は全身を捻って体を持ち上げ、見えない繁に荒波の頂点を向ける。夢の様にゆっくりと渦を巻く。
すると俺の自由は終わり、渦はキリに支配された。
強く下へ引っ張られる。
落ちる! ————
こうして、荒波の長い一瞬は終わった。




