第10章 星と花と二人
第10章 星と花と二人
やむを得ず続く二人暮らし。
帰る算段をしたいが、昼間は生きるための仕事でどうしても忙しい。そして夜は、健康的に眠くなるのだった。
二人は、衝立で隔てて、おやすみなさいの挨拶をする。それで一旦静かになってから、荒波が鼻で深呼吸をして、蓬の一言。
「荒波、やめてって」「吸うなよ無人島野郎」「おいカチューシャ」
これで、一日が無事に終わるのだった。
『おいカチューシャ』の次の夜、荒波は寝る前に、砂浜へ蓬を連れて行った。
「早く家に帰りたいけど、その前にこれを見せたいんだよ。ちょっとだけ、行こ」
そう頼んで、この生活に慣れていない疲れた蓬を誘い出した。
荒波はバケツの灯りを持たず、真っ暗な茂みを先に進んだ。もう慣れているのだ。
蓬は荒波の服の裾を掴んで後ろを歩き、二人で砂浜に出た。足元が安全になると蓬は遠慮がちに手を引っ込める。
「すっごい」
蓬が空を見上げて呟いた。
荒波は誇らしげな気持ちで一緒に星空を眺めた。
「ね、見てよかった?」
「こんな、うん、こんなに星、あるんだね」
蓬のは、シズカの頃の荒波と、同じ感想だった。
蓬が来てから、雲の具合と蓬の元気を、荒波はずっと窺っていた。
今日は月が細いから星の光が主役だ。荒波は予めそこまで分かっていた訳ではなかったが、結果的に全てが良かった。
荒波は、蓬はすぐに小屋に戻りたがると思っていた。けれどそうではなかったから、二人で乾いた砂の上に座ることにした。
波の音だけだ。中学生の子供にはロマンチック過ぎるのではないかと、荒波は気後れし始める。すると、
「ずっと見ていられる」
と蓬が小さい声で言った。
「ね」
荒波は、気の利いた言葉は返せなかった。蓬はもう何も言わなかった。
荒波は、町に戻ってこの景色を思い出す二人を想像した。そして、すぐ横にいる蓬とまた手を繋ぎたくなった。
(でもここは我慢だな。調子に乗って、また避けられるようになったらいけない。いや、それよりも)
不意に荒波はある事が気になった。
もう何度も二人で手を繋ぎ、一緒に近道を行き来した。なら、手を繋いでいない時にヘビや何かがあって、自分だけそこから逃げてしまったらどうなるか。
(すぐによもの元に戻ればいい? それは必ずできる?)
夜露でひんやりとした砂の上、荒波は悶々と考えた。そして、その砂に半分埋もれて体を支えている蓬の手に、視線を注ぎ続けていた。
「何ですか」
顔を上げると、蓬が怪訝な表情を浮かべていた。
(駄目だ。逃げちゃ駄目だ)
荒波は自問に対して急いで答えを出したが、蓬の問いには答えられなかった。その代わりに意味は無いが、蓬の手に砂をかける。パサッ。
でも何も反応が無いから、もう一度かけてみる。パサッ。
すると蓬は突然立ち上がり、
「うあああ!」
と、荒波の片足を掴んで引っ張った。
(俺を海に引きずり込むつもりらしい。踏ん張るよもの足が砂に埋まるばかりだけど)
荒波は笑いながらも必死に謝り、蓬に許してもらった。蓬も笑って尻餅をついた。そして、小屋に戻ることにした。
暗い茂みも、蓬はもう一人で進めるようになっていた。
蓬は、目が星明かりをたくさん取り込んで、体の中に星空ができたようだと言った。
(必ず二人で帰る。一人で逃げたりしない。そしてこの日々を良い思い出にする)
荒波はそう決めた。
(自信なんて無い。でも、先の俺に任せるよ)
さらに思った。
(星の力が俺に染み込んだ。なんか、よもが言いそうな事)
そしてこの夜も小屋で、荒波は深く息を吸い込み、蓬に「サメ呼んで来るぞ」と言われて一日を終えた。
(呼んで来るってなんだ)
各々声を殺して少し笑った。
深呼吸や砂かけは怒られる荒波だが、良いこともたくさんあった。
荒波が暮らしのあれこれを説明すると、蓬はいちいち感心した。さらに木に登って果実を採ったり、歯で竹をかじり倒したりと、どれも必要に迫られやってきたことだが、それを蓬は跳び跳ねて喜んだ。荒波は嬉しかったが、相変わらずそれを自信には出来ずにいた。シズカが褒められているのだという感じがどこかにあった。
蓬は、この辺りの蝶や花、それら一つ一つにも感激した。
「ハイビスカスだ! 夢みたい!」
荒波は断念した事だが、よもぎは小鳥に話しかけもする。
「わあ、おはよう。ふふ。あ、待って。こっちだよ」
こんな遭難生活は、奇跡だと荒波は感じた。
奇跡と言えば、こんなことも。
蓬の提案で二人は、海洋ゴミの溜まり場を狭める作業をした。外れた場所で朽ちかけた物を溜まり場の中心に寄せると、予想以上にすっきりする。
荒波は、少しでも自然を守りたいという蓬の考えに賛同しつつ、
「このゴミ達は悪いんだけど、俺の救いの神でもあるんだ」
と、何の気なしに言った。すると蓬が手を止めて、
「そっかそうだよね。私にとってもだ。道具だよね」
と、済まなそうな顔を向ける。そして、拾った物を丁寧に扱い出したので荒波は笑った。
「はは、いよ」
その時だ。海の近いところで黒い何かがジャンプした。
「よも! 海! あっち見て!」
蓬が一度荒波を見てから、急いで海に顔を向ける。
するとタイミング良く次のジャンプが。しかも今度は二頭だ。
「イクラ! あみ、イムカ!」
蓬は慌てて言い間違えた。
それからもう一度だけ、二頭は姿を見せた。
ここでイルカを見るなど、荒波も初めてだった。二人は足場の悪いゴミ溜めで、目を輝かせて笑い合った。荒波は今、蓬と一緒で本当に良かったと思った。荒波にとってもともときれいだった花も鳥も、暮らしの何もかもを、蓬がさらに輝かせた。
それでふと、北の崖の下で咲いていた、ノウゼンカズラを荒波は思い出した。
見つけた時は、蓬の怖い憶測のせいで目を逸らしてしまった。その憶測が正しければ、テロリストの庭から来たという要素も加わるのだ。でも思えばあの花を、採ってやればよかったと後悔していたのだと。
(もう欲しくない? ハイビスカスがあるからいい? でもよもは、とにかく花が大好きだから)
それに荒波は、あの爆発事故直前の暗い気持ちだった自分が、
「いいから採って来いよ」
と言って、イライラしている気がした。
小屋の屋根の修理中、荒波はこっそりと持ち場を離れ、花を摘みに北へ行った。もちろん、近道でだ。
ノウゼンカズラの株は、数日の間であの時よりも大きくなっていた。蔓には明るいオレンジ色の花が、重なる程に連なって咲いている。荒波は、花でいっぱいの長い蔓を何本も採り、グルグルと輪にして持つと、また近道で砂浜へと移動した。
着いた場所は、思いの外蓬の近くだった。蛸の足の様な根を露出させた木の元に、蓬はしゃがんでいた。根の間に逃げ込んだ大きな蟹を獲ろうとしている。
そこに、荒波の手から花が一つこぼれて落ちた。蓬が不思議そうに振り向く。目が、荒波の顔と、そのすぐ下の大量の花との間を行ったり来たりする。
そして蓬は笑った。
荒波も笑いながら、花の輪を蓬に渡した。お互い、笑うばかりで何も言わなかった。荒波には蓬が、この花を欲しがったことを覚えているか判らなかった。とにかく蓬は喜び、肩をすくめたりして可愛い仕草ばかりになった。
そして荒波の心の中で、あの日の荒波も笑った。
蓬は、荒波のことを感心するだけでなく、自分でもよく働いた。真面目さと、自然に親しめる性格からか。それで荒波も、薮の中に飛び込む様にして動き回り、二人の暮らしをより良くしようとした。
荒波は、脛の硬い皮を掻き落としている時に蓬が来たので、
「汚いから」
と背を向けた。すると蓬は、
「別に。普通だよ」
と言って自分も足を掻いた。
ある午後、二人は日傘の様に影を作ってくれる木の下で、砂に腰を下ろしていた。一緒に筍の皮を剥いている。
「俺、なんか楽しくなっちゃった」
不意に素直な言葉が荒波からこぼれた。
でも蓬は、自分の座り直す音が重なり聞き取れなかったのか、顔を向けただけだった。
「なんでもない」
荒波はそう言って終わりにしてしまった。もう一度言えば良かったと小さく後悔する。いつもこうだ。
「ねえ、明日雨かも」
蓬に唐突に言われ、荒波は空を見上げた。荒波には何も感じられない。
「よも、そういうの分かるんだっけ」
蓬は空気を見る様な仕草をして、小首を傾げた。
でも備えは常に欲しいと、荒波は迷わず火起こしに取り掛かった。蓬は魚採りを買って出た。
釜戸の前でしゃがんだ荒波は、崩れてきていた石を積み直しながら、それにしても、と考える。
森で蓬に謝られて、仲直りとなった。それからというもの、蓬の笑顔が格段に可愛くなったように思えていた。それで今度は、荒波が目を合わさないようにしてしまう有様で、どうにもチグハグな成り行きだ。
中学生二人の無人島暮らし。不安だらけの筈が、蓬と話せなくなったと悩んでいた日々よりも、気楽だとさえ荒波は感じている。本当に、不安な筈なのに。
(俺の性格は怖がりだ。前向きでもない。体は丈夫だけど、体力なんて全然。賢くない。勇気もない。まだ甘えんぼだ)
大体のことは、大人に任せて当たり前だった。荒波は、親がしてくれる事を積極的に自分でやりたがるタイプではない。だからいつまでも、いろいろと自信が持てないのだろうと思った。不測の事態には誰よりも弱いのではないかと。なのに。
(どうしちゃった? これ夢? 異世界の次は夢って? シズカがいてくれるからか)
荒波は、またそんな考え方をした。そしてアカゲの言葉が心に鳴る。
『どっちもお前だ。そうだろ』
するとすかさず、強硬に否定する思いが我を張る。
(荒波は自信ないんだよ、アカゲ。怒らないで)
でもとにかく、浮かれて手を抜けばたちまち暮らしは荒み、心は棘になるだろう。荒波は釜戸の手入れを抜かりなくやって、気を引き締めた。
翌日起きた時、雨は蓬の言葉通りに降り出していた。丸一日雨だったが、備えたお陰で、二人は小屋にこもり、たっぷりと話し合うことが出来た。
†
雨音で癒された心で、蓬は荒波と話し合ったことを整理する。
———— まる一。一日も早く家に帰ること。今のところ何故か楽しいけれど、このままで良い訳がない。当たり前の事だし、お風呂に入りたくてたまらない。
まる二。海とノウゼンカズラをつなぐ近道は使えない。諦めよう。がっかり。
まる三。荒波の力でひとっ飛びに家に帰れるかどうかだが、これは出来そうにないとのことだ。
「北の岩場までは、近道で何度も行ってる。でも体力なのか、能力なのか分かんないけど、自分だけだとしても余裕がないんだよ。とても海を越えるなんて、出来ると思えない」
私は、荒波の目を見てしっかりと頷いた。荒波が悪いわけではないと、ちゃんと分かっていると伝えたつもりだ。
そしてそれなら、別の方法を考えなければならない。
何にしても、ここが何処なのか見当をつけたいと思った。今判っているのは、故郷が冬の時期に暖かい、無人の孤島ということぐらいなのだ。
「これやってみよっか」
社会の教科書を開いた荒波が言った。
私たちは雨の中、荒れた波打ち際で実験をした。
実験には、底に穴のあるバケツが必要なのだが、これはすでにあった。以前荒波が、釜戸の熱い小石で丸く溶かしてしまったポリバケツが、小屋の外に放置されていたのだ。それに水をたっぷりと入れると、水はたちどころに穴から出ていく訳だが、左回りに渦を巻けば、ここは北半球だと言うことになるのだ。
いざ。私たちは顔を寄せ、バケツに被さる。
「これ左だ! 左!」
私たちは喜んだ。そして実験が済むと、いそいそと小屋に戻った。
二人とも小屋に上がると、私はハンドタオルで、荒波は肌着で雨を拭う。
小屋の中は殆ど濡れない。しかも床代わりの岩には淡い温もりがある。見た目はヘンテコだが奇跡のような小屋だ。
荒波を心配している皆んなに、この快適な生活空間を知って欲しい。私の家族にもだ。私は、ずっと前にこの小屋を一人で造り、住んできた荒波の横顔を盗み見ながらそう思った。
それはそうと、話し合いの続きをする。
ここが北半球だという事を基に、帰る方法の案を出すのだ。
さっきまでここは地球の暖かい何処かでしかなかったのに、ぐっと故郷に近くなった。やる気も湧いてくる。
「と言うことは、北へ行くほど寒くなって、家も近くなる訳だよな」
「うん。しかもここ、赤道の近くってほどの暑さじゃない。だからそう遠くはないよ」
「よも凄いな。赤道行ったことあんのか」
「無いわ」
「じゃなんで分かんの」
「分かるわ」
ふざけつつも、私たちの顔にますます希望が膨らんだ。
私は元気よく、思いつきの案を言ってみた。
「じゃあさ、筏を作って、お弁当持って、二人で乗るの。それで筏ごと北へ、荒波が瞬間移動を繰り返すのは? 荒波が休む時は、私が漕いで少しでも進むの」
「陸に着くまで行くんだな。途中で船に会えるかもしれないし。それいいかも」
腕を組み、胡座姿の荒波が私を見て頷く。
「私の携帯も、どこかの時点で使える様になるかも」
私の充電僅かの携帯端末は、森の中や岩場でも圏外だったから、この島では使えないのかもしれない。でも島から少しでも移動すれば、また希望は生まれると思った。
荒波は再び私の言葉に頷いた。そして、
「陸も何もないまんま、北極まで行っちゃわないようにしないとな。よもは寒がりだから、俺よりも気が付くだろ。早めに言ってくれ。そしたら西か東へ」
と真顔で言った。
北極は怖いがそれよりも、寒がりだと私の事を分かっている様な事を言われて、また落ち着かなくなる。確かに今も、制服とジャージを混ぜこぜに着ているけれど。それで今度は否定的な方向に話を振りたくなった。
「荒波の体力は? 何回も瞬間移動できる? 筏ごとだよ」
荒波は中途半端な笑顔で固まった。それを見て私も、荒波の休憩中に筏が揺られて転覆するところを想像した。荒波の名前を思うと少し可笑しい。
そこで、考えた荒波は言った。
「一回でどれだけ進めるか分かんなくてな。ううん。筏作って試してみっか」
「うん」
うんとは言ったが、既にシャチに襲われる想像までしていたから、私の中ではこの案を取り下げつつあった。それでも、
「材料集めよう」
と荒波がまた呑気な声で言うので考えを改める。来た道が駄目なら、簡単に帰れなくても仕方がない。
「うん、そうしよう。あとやっぱり、誰か助けてくれないかな」
これを言ってしまうと、心が弱ってしまいそうで控えていたが、荒波が言わないので口にしてみた。すると、
「ヘリコプターとか、船とか、見かけないんだよな」
と、荒波は眉尻を下げて言った。
今日まで、荒波はどんな気持ちで、空や海に人の姿を探してきたのだろうと思い、胸が痛んだ。だから何とか元気づけたくて私は言った。
「ダメもとで、砂浜にHELPって書こうよ」
すると荒波は猫背をピンとさせて、
「それいいな。よも、頭いいな」
と、笑顔で言った。こういう所、気楽な奴というか、強い人だ。私と違って考え過ぎないのが良いのだ。
「明日早速やろうよ。きっと雨上がってるよ。ゴミを並べて書いたらどうかな」
砂に跡を付けるだけよりもいいと思って、私は提案した。
「なるほど。だったら早朝か日暮れどきだな」
「なんで?」
「ゴミの溜まり場がさ、引き潮で作業し易くなるから」
私はここへ来て何度目か分からない、心からの感心をした。これが里山の狭間で育った、尚且つインドア派の荒波なのかと。
「りょおかいです。でもさ、本当にここ、何処なんだろうね。北半球は分かったけど、十二月に筍が出るなんてね」
私はつい楽しくなり過ぎそうな心に、ブレーキを掛ける様に言った。
「筍って一年中じゃないの?」
「え、それ本気で言ってる?」
私は呆れた。感心したばかりだから疲れる。とは言え私自身、もっと勉強しておけば役に立てたかもしれないのにと、悔しく思った。
線状の岩場に緑色の小鳥と、キャベツの味がする木の芽。そしてこの時期の筍と、ここには随分と特徴があるのに。
すると荒波が言った。
「鳥の調査隊か何かが、ここ来た事あるみたいなんだ。それがみんな、髪の毛も目も肌も、俺と同じだったらしいから日本人の可能性がある。まあ、だとしてもここが日本とはならないけどね」
「え、何それ」
「ん? 俺が来る前の事だから」
「え、いや、それ何で知ってるの」
「アカゲに聞いたんだよ」
「ああ」
私は力を抜いた。もうこれ以上、荒波の超能力について理解しようとする気力が私には無い。もっともっと元気が溜まったら聞いてみることにして、今回も受け流した。
それで私は、他にどうしても気になっていることを確認することにした。
「話、関係ないんだけどさ」
荒波は、再び開いて見ていた教科書から顔を上げる。
「一日に何回も、何かが響いてる。荒波も感じる?」
「ん? いや。何も」
荒波はきょとんとした。様子で見当はついていた。
「これ大丈夫なのかな。アカゲは何か言ってない?」
野生動物なら分かるだろうと私は踏んだ。もはや荒波がアカゲと会話する事を普通に扱っている。
荒波は少し考えてから言った。
「山に近寄りたがらない理由を、前にアカゲに聞いたんだ。そんで、山は震えるから怖いと言ってたよ。そもそもサルは、森を出たりしないみたいだけど。よもが岩場に現れた日、アカゲは初めて山を越えて帰ってったんだ。俺らに気を遣ってくれて」
私はアカゲの顔を思い浮かべた。
怖いとしか思えずにいたが、私達のために気の進まない事をしてくれていたなんて。キリを荒波に預けたのもそういう訳だったのだ。
そう思いながら小屋の中で、山の方向に顔を向けて感覚を澄ませてみる。今は何もない。
「何、よもは、地震予知みたいのができるの? 雨も分かったよね」
「雨はまあ。うち農家だからね。でも地震とかは自分でもよく分からない。ここに来た日からずずーんって感じてて、今日は多い気がするの。気にし過ぎ、あ、今もほら」
話している途中に小さな地鳴りがした。
荒波は視線を空中で彷徨わせた。表情からして、やはり何も感じていない様子だった。
私だけなのだ。
地鳴りを感じる度、私の体を、地下を動く力が通る感じ。
足の下の深い所に、ある一点を目指して高まる力がある事が何故か分かるのだ。
そして別にもう一箇所、その力のはけ口となり得る地点があるのも知っている。
さらに不可思議なのは、対処しなければと思ってしまっていることだ。そんなことがあるのか。その、対処とはいったい何。
荒波を、無事に家に帰すということか。私はあの日から懇願していた。荒波を取り戻したい、家に帰したいと。
桜と結衣に保健室へ連れて行かれ早退したあの日、私は自分のベッドの元で、膝を抱えて息を止めていた。
私は頭の中の言い争いを見つめていた。荒波を心配する者、楽観視したがる者。一番うるさかったのは、自分のとった態度に言い訳をする者だ。それを私は黙らせたくて喚いた。
「何でもするからあ!」
何でもするから、荒波を戻してほしいと思った。何でもするから、すべては夢だっことにして欲しいと思った。
とにかく、荒波が地鳴りを感じていないなら、自分だけでも自分を、強く信じなければならない。
ここで今度は、私は繁を思い出した。一人きりで荒波の気分を感じ取り、大人を動かしたという噂話を聞いた。
未だに赤ちゃんの様に、髪も頬もフワフワの繁がだ。
繁への愛しさが胸を締め付けた。
そんな思いにふけっていると、空中を見るのをやめた荒波が言った。
「よも、無人島で覚醒したか」
私は急いで心を切り替えて返した。
「荒波やしいちゃんのせいだわね。私も何か変わったことやらないと出遅れるぞーって、細胞が焦ってさ」
「あはは。よもはいんだよ、そのまんま」
荒波は首を横に振りながら言った。かと思うと急に下を向き、常に傍に置いてある竹を取り上げ、犬歯で緑色の皮を剥ぎ取った。確か荒波以外にもこういうことをする誰かを見たことが。パンダだ。
「でもなんか怖いな。アカゲに聞いてみっか。雨が上がったら」
顔を上げた荒波は真面目な声音で言った。さらに、
「今、十二月なんだ」
と呟いた。
「うん。びっくりした?」
「びっくりした」
話は一段落し、私は社会の教科書を借りて読み始めた ————




