09ノラウグスト・コミック出版の設立から一年。生み出したコミック文化は国だけでなく周辺諸国にもその影響を広げている
ミルナリスの手を強く握り返し、深く深く頷いた。自分の意志で選んだ新たな恋の始まり。恋はもちろん公爵に知れることとなる。
最初は驚き、娘の将来を案じた。最終的には二人の真剣な気持ちと彼らが共に生み出す文化の力を認め、二人の関係を静かに見守る姿勢を示す。
悪役令嬢は今日も運命を変える、の最終巻が発行された日、ノラウグスト・コミック出版の前に長蛇の列ができ、中には身分を問わず、多くの人が並んでいた。
ミルナリスとアルフレニスが生み出した物語が、自分たちの人生にどれほど大きな影響を与えたかを語り合う。
物語の力は国境を越え、身分の壁を越え心を変えていった。
隣国の王子はコミックから感銘を受け社会改革を断行し、国民からの支持を得ることに成功。新しい文化が各国の王族や貴族たちの間で健全な形で理解され、受け入れられるようになっていく。
これからも共に物語を紡ぎ続けるだろうし、彼らの生み出すコミックはきっと世界を、もっと豊かでもっと自由な場所へと変えていける。
ノラウグスト・コミック出版の設立から一年。生み出したコミック文化は国だけでなく、周辺諸国にもその影響を広げている。
悪役令嬢は今日も運命を変えると、聖女チラリリーの輝きは社会現象とまで呼ばれるほどの人気を博し、多くに夢と希望を与えた。
成功はとある現象を引き起こしていく。自分もコミックを描きたい、と願う人がノラウグスト・コミック出版に殺到し始めたこと。
貴族の屋敷から平民の家まで、年齢も身分も性別も異なる様々な人が自作の物語と絵を携えて、ミルナリスたちの門を叩き始めたのだ。
「ミルナリス様、本日は応募者が五十名ほどいらっしゃっています」
ルグダムがいつもの冷静な口調で報告するが、目にはどこか疲労の色が浮かぶ。なんせ、応募者の数は日を追うごとに増え、対応に追われる日々が続いているからだ。
疲れもする。アルフレニスと共に応募者たちの作品に目を通す毎日を送り、質の高い作品もあればまだまだ練習が必要なものも。だが、どの作品からもコミックへの熱い情熱がひしひしと伝わってきた。
「本当に、たくさんの人がコミックに夢中になってる」
嬉しそうにつぶやいた。アルフレニスもまた、同じように目を細める。
「はい。ミルナリス様が、新しい道を切り開いてくださったからです」
少し照れた。忙しい日々の中でミルナリスとアルフレニスの個人的な時間は、めっきり少なくなって互いの気持ちを確かめ合ったものの、身分の違いという現実的な壁は依然としてある。
公爵は二人の関係を認めてくれたものの、社交界の目は常に厳しい。そんな中、一つの決意を固めていた。関係をもっと進めたい。
応募者たちの作品を審査する中で、ミルナリスとアルフレニスはいくつかの才能の原石を発見。
ある日、一人の若い女性が緊張した面持ちで彼らの前に現れた。彼女の名前はエリーゼ・ブラウン。街で小さな仕立て屋を営む平民の娘。
持ってきた作品は決して絵が特別に上手いわけではなかったが、物語の構成力と登場人物の感情を細やかに描く表現力に、ミルナリスは目を奪われた。
「エリーゼさん。あなたの描く物語はとても心温まる。特に登場人物の心の動きが、伝わってくるようです」
エリーゼは顔を赤らめた。
「あっ、ありがとうございます!私、ずっと物語を書くのが好きで……コミックという形で表現できるなんて夢にも思いませんでした!」
エリーゼの物語は庶民の日常をテーマにしたもので、貴族社会に生きるミルナリスには新鮮な驚きだ。アルフレニスもまた、物語に共感し才能を高く評価。
「エリーゼさんの絵には素朴ながらも強い魅力があります。きっと、多くの読者の心に届くはずです」
エリーゼを出版社に迎え入れ、彼女の作品をコミカライズするプロジェクトを立ち上げることを決定。
次に注目したのは一人の少年。彼の名前はパージェル。貴族の傍流出身だが家はあまり裕福ではない。
貴族のたしなみとして絵を学んでいたが描くのは剣と魔法が入り混じる、壮大なファンタジーの世界。絵は荒削りながらも迫力と、独特の世界観に圧倒されるものがある。
「これは……映画を見ているよう!」
パージェルの描く躍動感あふれる戦闘シーンに感嘆の声を上げた。アルフレニスもまた、彼の描く背景やクリーチャーのデザインに目を見張る。
「パージェル君。君の描く世界は、素晴らしい。このコミックの世界を、さらに広げてくれるに違いない」
パージェルは普段はあまり感情を表に出さないタイプだったが、アルフレニスの言葉に嬉しそうに目を輝かせた。
ミルナリスとアルフレニスは、それぞれの分野で才能を持つ新しい仲間たちと出会い、ノラウグスト・コミック出版はますます活気を帯びる。
多忙な日々の中でもミルナリスは時間を作ろうと努力していた。ルグダムに相談し、公爵邸を離れて二人きりで過ごせる場所を探してもらう。
「ミルナリス様、街の郊外に人里離れた湖畔のコテージがございます。静かで自然に囲まれた場所ですので、気分転換には最適かと存じます」
ルグダムの提案にミルナリスは胸を弾ませる。




