08身分の壁は高いでしょう。けれど、私たちは二人で力を合わせればきっと乗り越えられるはず
チラリリーもヴァビルの裏の顔に気づいていたというのだ。
「貴女も、ヴァビル子爵のことに気づいていらしたのですか?」
「はい。学園にいた頃から、彼の言動にはどこか不審な点があると感じておりました。ですが、わたくしには公爵家であるミルナリス様のように、証拠を集める力も断罪する勇気もありませんでした……」
チラリリーは悔しそうに顔を伏せる。様子を見て、チラリリーが物語のヒロインとして描かれていた以上に、純粋で優しい心の持ち主であることを再認識。
「チラリリー様……もしよろしければ、一つご相談したいことがございます」
チラリリーに、光の聖女と闇の公爵令嬢をチラリリーの視点からコミカライズすることを提案。
もちろん、ヴァビル子爵のことは含めるが、彼を倒す過程ではなくチラリリーがいかにして困難を乗り越え、人々を救う聖女へと成長していくかを描く物語。チラリリーはミルナリスの提案に目を丸くした後、嬉しそうに頷いた。
「わたくしで、お役に立てることがあるのなら、喜んで!」
ミルナリスとアルフレニス、チラリリーの協力により聖女チラリリーの輝き、という新たなコミカライズ作品の制作が始まった。
作品は聖女として人々を救うチラリリーの姿を描き、読者に希望と癒しを与える。コミックが社会に与える影響は娯楽の域を超えていた。
識字率の向上、新たな産業の創出、人の心に希望と勇気を与える力。今の人気を強固なものにするため、ある大きな決断を下した。
「お父様、わたくしはコミック専門の出版社を設立したいと存じます」
公爵はミルナリスの言葉に驚きつつも、計画の壮大さに感銘を受けた。この世界の人たちは存外、ロマンチストだ。
「出版社か。この勢いならば可能だろう。だが、貴族の令嬢が商売をするとなると批判の声も上がるやもしれぬぞ」
「承知しております。コミックが社会に与える影響を考えれば、必要なことだと存じます。それにわたくしはノラウグスト家の名誉を傷つけるようなことは決していたしません」
ミルナリスの強い意志に公爵は最終的に賛同した。こうして、代表とするノラウグスト・コミック出版が設立された。アルフレニスはその中心的メンバーとして、作画の指揮を執ることになった。
チラリリーも広報活動や新たな物語のアイデア出しに協力してくれたのだ。出版社設立により、コミック制作のペースはさらに加速。新たな絵師や物語の書き手も募集され、多くの才能がミルナリスの元に集まる。
新たな課題も浮上した。それは他国の反応。ミルナリスのコミックは隣国にも評判が伝わり、次第に輸入されるようになっていた。
だが、一部の保守的な貴族や有識者からは「絵物語など、低俗なものだ」「若者を惑わす」といった批判の声も上がり始めていたのだ。
隣国のとある王子の間では悪役令嬢は今日も運命を変えるが密かに流行しており、問題視されているという情報が舞い込んできた。王子は物語の中のミルナリスの行動に感銘を受け、自国の現状を変えようと行動を起こし始めていたらしい。
「まさか、コミックが国際問題に発展するとは……」
嬉しいような、困惑するような複雑な気持ち。後退するつもりはなかった。新しい文化はきっと世界を変える力を持っていると、そう信じていたから。
出版社設立後もミルナリスとアルフレニスは、二人きりで作品の打ち合わせをする時間を大切にしていた。
互いの存在を確かめ合う、かけがえのない時間。夕暮れ時、作業を終え、ティーカップを傾けていた二人の間に静かな時間が流れる。
「ミルナリス様」
アルフレニスがおずおずと口を開いた声は、いつもよりも少し震えていた。
「はい、アルフレニスさん」
「私は……ミルナリス様と出会って、人生が変わりました。絵を描くことの喜びや、物語を紡ぐことの楽しさをミルナリス様が教えてくださいました」
ミルナリスの瞳を真っ直ぐに見つめた目は真剣。
「……私は、ミルナリス様のことが……お慕いしております」
ハッと息を呑んだ心臓が大きく脈打った。公爵令嬢であるミルナリスと平民の絵師であるアルフレニス、身分の違いは乗り越えるのが非常に困難な壁。
特別な感情を抱いていたが、口に出すことは傷つけることにもなりかねないと、ずっと胸に秘めていた。
「アルフレニスさん……」
言葉に詰まる。
「身分の違いは承知しております。ミルナリス様に相応しい男ではないことも……ですが、気持ちをどうしてもお伝えしたかったのです」
諦めにも似た揺るぎない覚悟の表情で、見つめていた。心に問いかけ、本当にアルフレニスを愛しているのか?
彼の隣で、生きていきたいのか?答えは当然イエス。
ゆっくりと立ち上がり、傍へと歩み寄る。
「アルフレニスさん……同じ気持ちです」
アルフレニスの瞳が大きく見開かれた目に、喜びの色。
「え、嘘みたいだ、ミルナリス様……」
「身分の壁は高いでしょう。けれど、私たちは二人で力を合わせれば、きっと乗り越えられるはず。ですよね?」
アルフレニスの手を握れば、手が心を安心させた。
「共に新しい世界を創っていきたい。共に、人生を歩んでいきたいと願っているから」
言葉にアルフレニスは涙を浮かべた。




