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初恋は蜜の味だと思ったら大きな間違いだよ?  作者: 櫻木サヱ
空白の温度

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思い出す癖

「ねえ、これ柚月っぽい」


昼休み。

紗季がスマホを見せてくる。


画面には、

駅前の新しいカフェの写真。


白いテーブル。

透明なグラス。

静かな雰囲気。


柚月は、一瞬だけ目を止めた。


――あ。


そこ、行くはずだった場所に少し似てる。


胸の奥が、

ほんの少しだけ揺れる。


でも、

痛みというほどじゃない。


「確かに、好きかも」


そう返せるくらいには、

時間が経っていた。


「今度行こ」


「うん」


自然に頷く。


“誰かと行く予定”じゃなく、

“自分で決める予定”。


その違いが、

前よりちゃんと分かる。


放課後、

教室を出たところで、

悠人とすれ違った。


「あ」


軽く目が合う。


「今帰り?」


「うん」


短い会話。


以前なら、

この数秒だけで

一日分くらい心が動いていた。


今は、

静かだ。


「最近、本屋行ってる?」


不意にそう聞かれる。


「なんで?」


「この前、見かけたから」


柚月は少し驚いた。


見られていたことにじゃない。

その話をされても、

心が暴れなかったことに。


「行ってるよ」


「そっか」


そこで会話は止まる。


止まったままでも、

無理に続けようとは思わない。


沈黙って、

こんなに普通だったんだ。


「じゃあ、また」


悠人が言う。


「うん。また」


その“また”は、

前とは違う。


期待じゃない。

ただの挨拶。


別れたあと、

柚月は廊下を歩きながら思った。


完全に忘れたわけじゃない。


たまに思い出す。

名前を見れば反応するし、

声を聞けば少し懐かしい。


でも、

もう苦しくない。


初恋って、

消えるんじゃなくて、

薄くなるのかもしれない。


傷だった場所が、

ちゃんと過去になるみたいに。


夜。

ベッドの上でスマホを触りながら、

柚月はふと気づく。


最近、

通知を待っていない。


来てもいいし、

来なくてもいい。


その感覚が、

少しだけ大人になったみたいで、

少しだけ寂しかった。


人を好きだった時間って、

なくなるわけじゃない。


ただ、

自分の一部になっていく。


苦かった記憶も、

そのうち、

ちゃんと抱えられる重さになる。


柚月は画面を閉じて、

静かな部屋に目を向けた。


もう、

空白は怖くなかった。

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