もう、戻らない
雨だった。
放課後になっても止まず、
窓を叩く音だけが、
教室の中に残っている。
「うわ、最悪」
誰かが言いながら、
傘を取りに走っていく。
柚月も帰る準備をしながら、
鞄の中を探った。
「あ……」
折り畳み傘、忘れた。
小さくため息をつく。
どうしようか迷っていると、
近くで声がした。
「傘ないの?」
悠人だった。
「忘れた」
「マジで?」
少し笑う声。
懐かしいな、と思った。
前なら、
この状況だけで期待していた。
相合傘とか、
送るよ、とか。
そんな漫画みたいな展開を、
どこかで願っていた。
でも今は、
不思議なくらい落ち着いている。
「駅まで入る?」
自然な提案。
優しさ。
いつもの。
柚月は一瞬だけ窓の外を見る。
強い雨。
それから、
悠人を見る。
ちゃんと、
好きだった人。
「……ありがとう」
少し間を置いてから、
柚月は笑った。
「でも、大丈夫」
悠人が、少しだけ目を丸くする。
「コンビニで買うから」
「あー、そっか」
それだけ。
気まずさはない。
むしろ、
静かだった。
「じゃ、気をつけて」
「悠人も」
名前を呼ぶ。
自然に呼べたことが、
少し嬉しい。
廊下を歩きながら、
柚月は思う。
もし、前の自分だったら。
この優しさに意味を探して、
期待して、
また苦しくなっていた。
でも、もう違う。
優しさは優しさ。
それ以上じゃない。
そして、
それで十分だと思えた。
コンビニでビニール傘を買う。
透明な傘を開いた瞬間、
雨音が少し遠くなる。
駅までの道を歩きながら、
柚月は空を見上げた。
初恋は、
思っていたより甘くなかった。
でも、
苦かったからこそ、
自分のことを少し知れた気がする。
待ってしまう癖。
期待してしまう弱さ。
優しさに意味を求めること。
全部、
ちゃんと自分だった。
だから、
否定しなくていい。
雨の向こうで、
街の灯りがぼやける。
柚月は足を止めずに歩く。
もう戻らない。
でも、
忘れる必要もない。
それがきっと、
「終わった」ってことなんだと思った。




