静かな朝
朝、目が覚める。
最初にスマホを探さなくなったことに、
柚月は数日経ってから気づいた。
前は、
通知の有無で気分が決まっていた。
既読がつく速さ。
返事の温度。
短い一文。
そんな小さなことで、
一日が揺れていた。
今は、
アラームを止めたあと、
そのままベッドから降りる。
それだけ。
静かだった。
でも、
悪い静けさじゃない。
学校へ向かう道も、
変わらない。
同じ交差点。
同じコンビニ。
同じ電車。
なのに、
胸の中だけ、
少し広くなった気がした。
教室に入る。
悠人は、いた。
当たり前みたいに。
何事もなかったみたいに。
友達と話して、
笑って。
その姿を見ても、
以前みたいに呼吸は乱れない。
少しだけ、
遠い。
「おはよう」
先に声をかけてきたのは、
悠人だった。
「おはよう」
柚月も自然に返す。
それで終わる。
変に避けない。
無理に近づかない。
前より、
ちゃんと他人だった。
昼休み。
紗季が、
ジュースを机に置きながら言う。
「最近、顔まとも」
「ひどくない?」
笑いながら返せたことに、
自分で少し驚く。
「前はさ」
紗季がストローをくわえたまま言う。
「ずっと待ってる顔してた」
その言葉に、
柚月は少し黙った。
待ってる顔。
きっと、していた。
連絡。
言葉。
予定。
期待。
全部。
「今は?」
聞いてみる。
紗季は、
少しだけ笑った。
「ちゃんと、自分の時間生きてる」
その言葉が、
胸にゆっくり落ちる。
放課後、
一人で本屋に寄った。
前なら、
意味もなくスマホを見ていた時間。
今日は、
棚を眺めている。
恋愛小説のコーナーで立ち止まって、
少しだけ苦笑する。
初恋は甘い。
運命の出会い。
永遠。
そんな帯が並んでいる。
「大きな間違いだよ」
小さく呟いて、
自分で笑った。
苦かった。
面倒だった。
期待ばっかりして、
勝手に傷ついて。
でも。
あの時間があったから、
今の静けさがある。
帰り道、
夕焼けがきれいだった。
前みたいに、
誰かを思い浮かべたりしない。
ただ、
きれいだと思った。
それだけで、
少し救われた気がした。




