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初恋は蜜の味だと思ったら大きな間違いだよ?  作者: 櫻木サヱ
初恋という名前を外す

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22/25

戻らない

「最近、ちょっと変わったよね」


それを言ったのは、

悠人だった。


放課後。

教室には、もうほとんど人が残っていない。


窓の外は薄暗くて、

グラウンドから部活の声だけが聞こえてくる。


「そう?」


柚月は、

机に鞄を置いたまま答えた。


「うん」


悠人は少し笑う。


「前より、距離ある感じ」


その言葉に、

柚月は一瞬だけ黙った。


距離。


前までは、

近づきたくて仕方なかった言葉。


でも今は、

それを責められている気がしない。


むしろ、

当然だと思った。


「……あるかもね」


否定しなかった。


悠人が、少し驚いた顔をする。


たぶん、

いつものように

「そんなことないよ」

って返ってくると思っていた。


「なんかあった?」


その質問は、

きっと本心。


でも、

本当に分かっていないんだと思った。


柚月がどれだけ待って、

どれだけ勝手に期待して、

どれだけ一人で疲れていたのか。


悠人は、

悪くない。


ただ、

同じ場所に立っていなかった。


「別に」


口に出してから、

少しだけ笑う。


「でも、ちょっと疲れたのかも」


初めて、

本音に近い言葉だった。


悠人は何か言いかけて、

やめた。


慰めるべきか。

謝るべきか。

たぶん、迷った。


でも結局、

正しい言葉は出てこない。


その沈黙で、

十分だった。


「柚月」


名前を呼ばれる。


前なら、

それだけで嬉しかった。


今は、

ちゃんと落ち着いて聞ける。


「またさ、落ち着いたら――」


その続きを、

柚月は聞かなかった。


「ううん」


小さく首を振る。


悠人が止まる。


「もう、大丈夫」


その言葉は、

悠人のためじゃなかった。


自分に向けた言葉だった。


待たなくていい。

期待しなくていい。

追いかけなくていい。


やっと、

そう思えた。


教室の外から、

誰かの笑い声が聞こえる。


日常は、

何も変わらない。


失恋って、

世界が終わることじゃない。


ただ、

自分の中の季節が終わるだけ。


「そっか」


悠人は、

少しだけ寂しそうに笑った。


でも、

引き止めなかった。


そこにも、

ちゃんと答えがあった。


柚月は鞄を持つ。


「じゃあね」


「……うん。また」


また。


その言葉に、

もう意味はなかった。


教室を出て、

廊下を歩く。


胸は少し痛い。

でも、不思議と苦しくはない。


初恋は、

蜜の味なんかじゃなかった。


もっと曖昧で、

もっと苦くて、

自分を少し削るものだった。


それでも。


あの時間が全部、

無意味だったとは思わない。


好きだった。

ちゃんと。


だからこそ、

もう戻らない。


柚月は、

夕焼けの残る窓を横目に、

ゆっくり前を向いた。

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