決めなくても
その日は、
特別な出来事があったわけじゃない。
ただ、
いつもと同じ放課後。
教室を出るタイミングが、
たまたま一緒になった。
「今日さ」
悠人が、
何気なく切り出す。
「柚月、最近どう?」
名前を呼ばれる。
それだけで、
心が少し揺れる。
「普通だよ」
「そっか」
それで終わる話。
でも、
次の言葉が来る。
「なんかさ、柚月って安心するんだよね」
安心。
その単語を、
頭の中で繰り返す。
「一緒にいて、楽だし」
それも、褒め言葉。
否定しようがない。
「だからさ」
一拍。
「変に気使わなくていいのが、助かる」
助かる。
その言葉で、
全部が繋がった。
私は、
負担じゃない。
刺激でもない。
選択でもない。
居心地のいい場所。
それだけ。
「……そっか」
声が、
少しだけ遅れた。
「うん。ありがと」
そう言って、
悠人は笑った。
感謝されることが、
こんなに、
苦しいとは思わなかった。
そのあと、
何事もなかったように別れた。
帰り道、
言葉を反芻する。
安心。
楽。
助かる。
どれも、
恋じゃない。
でも、
はっきり振られたわけじゃない。
だから、
終わらせる理由も、
与えられない。
「決めなくてもいい」
相手がそう思っている限り、
私はここにいられる。
それが、
一番残酷だった。
家に帰って、
スマホを見る。
新しい通知は、ない。
でも、
この先も、
連絡が来ることは分かっている。
雑談。
相談。
暇つぶし。
必要な時にだけ、
呼ばれる存在。
それを拒否するほど、
私はまだ、
強くない。
鏡の前で、
自分に問いかける。
好き?
分からない。
でも、
嫌いになれない。
それだけで、
十分だった。
第5章は、
ここで終わる。
私はまだ、
何も決めていない。
でも、
相手はもう、
決めてしまっている。




