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初恋は蜜の味だと思ったら大きな間違いだよ?  作者: 櫻木サヱ
期待は、約束じゃない

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11/14

少し先

「今度さ」


その言葉に、

私は一瞬、呼吸を忘れた。


放課後の廊下。

特別な場所じゃない。

誰かが通り過ぎる、いつもの空間。


「時間あったら、一緒に行かない?」


悠人は、いつもと同じ声で言った。

軽くて、気負いがなくて、

断られても困らなさそうな調子。


「……どこに?」


聞き返した自分の声が、

少しだけ震えていたのが分かった。


「駅前。新しくできた店」


それだけ。


デート、とは言わない。

二人きり、とも言わない。


でも、

「一緒に」という言葉だけが、

胸の奥で大きく響いた。


「うん」


気づいたら、そう答えていた。


考える前に、

期待が先に立っていた。


「じゃ、また連絡する」


悠人はそれだけ言って、

友達の方へ戻っていった。


置いていかれたみたいな背中を見送りながら、

私はその場に立ち尽くした。


今度。

少し先。

まだ決まっていない約束。


それでも、

胸が浮く。


帰り道、

無意識に口角が上がっていることに気づいて、

慌てて顔を引き締めた。


期待しすぎない。

これは、ただの予定。


そう言い聞かせながらも、

頭の中では、

その「今度」の場面ばかりを想像していた。


どんな服を着ようか。

どんな話をしようか。

沈黙になったら、どうしようか。


そんなことを考えている時点で、

もう、十分だった。


夜。

紗季からメッセージが来た。


『最近、顔明るいよ』


画面を見つめて、

私は少しだけ迷ってから返信した。


『そうかな』


『うん。何かあった?』


指が止まる。


何も、確定していない。

約束ですら、まだ曖昧。


だから、

言わない。


『別に』


送信して、

スマホを伏せた。


期待を共有すると、

現実になってしまいそうで怖かった。


翌日。

翌々日。


連絡は、いつも通り続いた。

でも、「今度」の話は出ない。


忙しいのかもしれない。

忘れているだけかもしれない。


私は、自分を納得させる理由を、

いくつも用意した。


期待は、

相手が与えたものじゃない。


私が、勝手に膨らませただけ。


それでも、

心は勝手に、

その「少し先」を生き始めてしまっていた。


そして私は、

まだ知らなかった。


約束にならなかった予定が、

どれだけ簡単に、

人を落とすかを。

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