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神国紀  作者: flat face
巻第五 天孫本紀 饒速日と瓊々杵
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第百十一段 日向宮

 霧島山は熊襲を整序するために高天原が選んだ拠点で、それを受けて猿田彦たちは瓊々杵の一行を霧島に案内した。

 宮殿を建てるに当たり、瓊々杵は広矛を霧島山の頂に突き立てた。

 その広矛は穴牟遅が国土を平定するのに用いた矛で、高天原の威信を示すものでもあった。


 ただし、瓊々杵は穴牟遅の広矛を自戒の象徴と見なしてもいた。

 穴牟遅のごとく国造りに励みつつ、しかし、彼のような暴君にはならない。

 広矛に見下ろされながら、瓊々杵たちは宮殿を築いた。


 彼らは地の底にある岩根まで深く宮柱を埋め、高天原に肱木が届くほど屋根を高くし、立派に造った御殿を日向宮ひむかのみやと名付けた。

 それは伊邪那岐が禊ぎをした地名に由来していた。

 その命名には伊邪那岐と伊邪那美の国産みを引き継ぐ意志が込められていた。


 日向宮が造営されている最中、瓊々杵の下には熊襲の各地から使いが派遣された。

 各地に割拠する首長たちは、時には互いに結び、時には争い、一進一退の勢力争いを繰り広げていた。

 それは権力への意志というようなものではなく、持て余した力を蕩尽しているだけだったが、そもそも、常世はそうしたはぐれ者たちの溜まり場だった。


 それ故に自ら国土を整序することもなく、そこを行き来する他神たちも、取り引きさえ出来ればそれで良く、統治を買って出てやる義理などなかった。

 そのようなところに瓊々杵たちは天降ってきたのだが、流石に熊襲の者たちも今回はいつもと勝手が違うことを察した。


 彼らも決して考え無しではなく、天孫降臨が事前に喧伝されていたこともあり、様子見の使者を送ったのだ。

 その応対は全て思兼が行った。

 天照から瓊々杵の摂政に任じられていた思兼は、幼君に代わって日向宮を差配した。


 饒速日は高天原にいた時、統治の一端に参画させてもらい、経験を積んでいた。

 瓊々杵にはそのようなことがなく、初めから重責を負わすわけには行かなかった。

 甥っ子を扱くのが楽しい思兼もことの性質上、流石に趣味を優先して天孫降臨を危険に曝そうとはしなかった。


「何でも伯父さんが全部やっちゃうの?」


 足が地面に着かぬ玉座に腰掛けて瓊々杵が思兼に尋ねた。


「……いずれは瓊々杵に譲りますとも」


 やはり幼子とは言え、自分が振るうべき権力を代行されるのは面白くないか。

 瓊々杵が権力に魅入られぬよう教育を改良すべきか思兼は考えた。

 しかし、瓊々杵は首を振って言った。


「でも、その間は伯父さんが何事も悩んで決めなくちゃいけない。しかも、その責任を被るのは全て伯父さんだ。本来ならオレがその責を負うべきなのに……」


 申し訳なさそうに瓊々杵が俯いた。

 それを見て思兼は自らを恥じた。

 手塩に掛けてきたこの子を疑うとは。


「そう思い詰めることはありません。大人に甘えるのも子どもの務めです。元はしっかり取らせていただきますから覚悟しなさい」


 安心させるように冗談めかして思兼は可愛い甥っ子に微笑んでみせた。



 ついぞ領有できなかった熊襲に自分の広矛が突き立てられた。

 それを聞いて穴牟遅は苦笑した。

 そして、その報せをもたらした穂日を振り返った。


「瓊々杵というお前の甥御は君臨するに足り得る男か?」


 穂日は定期的に天日隅宮を訪れ、穴牟遅に近況を報告していた。


「いえ、貴方とは別の意味で名君になれない人間でしょう」


 まるで召使いのごとく穴牟遅に給仕しながら、穂日は仮面のような笑顔で甥のことを否定した。


「……お前たちに国譲りした身として詳しいところを訊いても?」


「その権利はございましょう。ええ、瓊々杵のことは存じておりますが、あの子は貴方ほど非情に徹することも出来なければ、私のように狡猾にもなれない。ただの優しくて責任感の強い子でしかありません、瓊々杵は」


「そのような子を王に立てるか」


「自分だけで立とうとした貴方らしい台詞です」


 痛いところを衝かれて返す言葉もなく、肩の力を抜いて穴牟遅は言った。


「それでも、不憫な話ではあるな」


「なればこそ、我々が全力で支えます」


 筑紫島の北部に穂日は兵力を展開させていた。

 熊襲で何かあればいつでも介入できるように。

 様々な感情を仮面の下に押し隠しつつ、彼は甥御が害されることのないよう奔走していた。


「瓊々杵は我々に支えるよう命じる器ではありません。しかし、我々が支えたくなる器ではあります。少なくとも私はあの子を守ってあげたい」


 その返答に穴牟遅は養子たちや民を思い出した。

 彼らは実子でなかったけれどもそれに優るとも劣らなかった。

 そうであるからこそ甥のことを想う穂日の真心を穴牟遅は嘲ることはしなかった。



 幸い父方の叔父である穂日が瓊々杵のために兵力を動員することはなかった。

 母方の伯父たる思兼がそうなるよう動き回ったからだ。

 熊襲は常世であっても範囲が狭く、瓊々杵に随行した天津神たちでも対処が不可能ではなかった。


 他の面々も能力や士気で思兼に劣ってはいなかった。

 彼らも贈り物や話し合いなど様々なやり方で熊襲の首長たちと交渉した。

 しかし、首長の中には力が有り余りすぎ、瓊々杵に楯突く者もいた。


 そのような場合は高天原の武威を知らしめる絶好の機会とした。

 伊達に天照たちから瓊々杵のお付きに選ばれたわけではなく、思兼たちは反抗する者たちをねじ伏せていった。

 そうして日向宮が落成すると、記念の式典に熊襲の者たちが招かれた。


 式典には多くの者が参列し、瓊々杵の主催で饗応された。

 そこで初めて瓊々杵を見た者も少なくはなかった。

 天津神たちを付き従えた瓊々杵の姿は、中々に堂に入ったものだった。


典拠は以下の通りです。


瓊々杵尊が霧島山に広矛を突き立てる:『諸国一宮巡詣記』


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