第百四段 五伴緒
天照の宮に九人の神人たちが呼び寄せられた。
豊受・思兼・鈿女・児屋根・太玉・石凝姥・玉祖・天手力男神・天石門別神。
彼らは岩戸開きの際に活躍した天津神たちだった。
「岩戸隠れの時にお主たちの助力がなければ、今、私はここにおらんかった。その力を見込み、瓊々杵の補佐を頼めぬじゃろうか? 未だお主たちの助けに報いられておらのに、厚かましい願いをして情けない限りじゃが、どうか聞き入れてほしい」
九人は岩戸開きにおいて天照と深く同調し、彼女の神威を濃く受け継いでいた。
「任せとき。ウチらは天照の習い事の先生やけど、瓊々杵も生徒やさかい構へんて。大船に乗った気持ちでおり」
鈿女が二つ返事で了承した。
茶髪を緩い三つ編みにした彼女は、衣装を際どく着崩していた。
しかし、それは鈿女のざっくばらんとした態度のおかげで下品にはならず、ある種の大らかさを感じさせた。
「見くびるな、天照! まだ修行が終わっていないあの子を吾輩たちが放っておくわけなかろう!! 瓊々杵は責任を以て育て上げようではないか!!!」
謎の姿勢を決め、児屋根が声高らかに言い放った。
彼は銀髪を後ろに撫で上げ、鎖の付いた片眼鏡を掛けて二重回しを羽織り、杖を携えていた。
容姿が悪くないだけに、その無駄に芝居がかった仰々しさがどこか残念だった。
「やれやれ、瓊々杵よりこいつらの方が心配だ。天照、俺たちだってお前や瓊々杵に苦労も掛ければ、世話にもなってる。そんな畏まらないでくれ」
額に手を当てて太玉が嘆息した。
青い髪をした彼は、白い衣を身にまとい、手には御幣を持っていた。
中性的かつ整った容姿をしていたが、些か枯れたような雰囲気も感じられた。
「それに、天照。おいたちはぬしも瓊々杵も好いとぉ。ぬしの頼みは聞いてやりたいし、瓊々杵の助けにもなってやりたか。どっちも好きでやることじゃ」
手力男が訥々とその思いを述べた。
たすき掛けして袴を穿いた彼は背が高く、垂れ下がった黒髪からはびかびかと恐ろしげな目が覗いていた。
だが、天照に向ける眼差しは穏やかだった。
「却って気を遣わせたようじゃの」
皆の言葉に天照は嬉しそうに苦笑した。
「じゃったら、礼の代わりに祈りを言わせてくれ」
目を瞑った天照は、両手を組んでそれを額に押し当てた。
「いつか必ずまた会おうぞ」
その祈りに他の皆が無言で応じた。
◆
瓊々杵に付けられた天津神の中で思兼・鈿女・児屋根・太玉・手力男の五人は五伴緒と呼ばれた。
思兼は知の、鈿女は芸の、児屋根は徳の、太玉は技の、手力男は体の分野で瓊々杵の支えとなるよう命じられていた。
また、豊受には八咫鏡が、石凝姥には日像鏡と日矛鏡が、玉祖には八尺瓊勾玉が、石門別には天叢雲剣と穴牟遅の広矛が預けられた。
それらは天璽として瓊々杵の正統性を示す瑞宝だった。
特に八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣は「三種の神器」と呼ばれた。
八咫鏡は石凝姥の最高傑作であって天照の呪力と完璧に同調しており、八尺瓊勾玉は玉祖が作った五百の勾玉に天照の「大日の印文」を連ねたものだ。
そして、天叢雲剣は素戔嗚によって天照に捧げられた。
全てが瓊々杵が天照の正統な代理人であることを示していた。
天照か彼女に匹敵する者を天降らさなければ葦原中国に無礼であるからだ。
豊受が八咫鏡を預けられたのは、彼女が天岩戸の一件における最大級の功労者だったからであり、石門別は岩戸開きで生まれた神人であったため、前途を切り開くものとして天叢雲剣と穴牟遅の広矛が預けられた。
当然ながらこうしたことは、饒速日に対しても行われた。
彼の場合は九人どころではなかった。
防衛である供奉の三十二人、供領たる扈従の五人、造の五人、物部の二十五人、天降るための天磐船を操船する六人が随伴した。
天璽もまた瓊々杵より豊富で、饒速日には三種宝と十種神宝が授与された。
三種宝は穴牟遅から献上されたもので、十種神宝は沖津鏡および辺津鏡、八握剣、生玉・死返玉・足玉・道返玉、須勢理の蛇比礼・蜂比礼・品物之比礼からなった。
こうした措置は、別に饒速日を重んじ、瓊々杵を軽んじているわけではなかった。
饒速日が赴く日高見は、それほどまでに準備が求められた。
一口に未整序の葦原中国と言っても、筑紫島は出雲の影響が強く、その大国主である穴牟遅を高天原が下したとなれば、その南であっても天津神の権威はそれなりに通用した。
しかし、日高見にはそのようなことがなく、それどころか国譲りに反対する者たちが亡命してもいた。
日高見には天照にとって内縁の夫たる第六天がおり、その下に天照も足繁く通ってはいたのだが、それは飽く迄も私事で、公的に権威が通用しているわけではなかった。
◆
思兼が豊受に訪ねた。
「此度の天降りにはまだ裏があるので?」
「どうしてそんなこと訊くんだい?」
豊受が思兼の問いに涼しい顔で答えた。
「幾ら貴方が岩戸開きで活躍しましても石凝姥を差し置き、八咫鏡を委ねられるとは尋常ではありません」
石凝姥の最高傑作である八咫鏡を本人に持たせないのは、普通に考えれば有り得ない。
無理矢理に豊受を天降りへねじ込む計らいを、思兼は感じた。
「まあ、そこまで察しが良いなら、うちの店は葦原中国にも支店を出店しなくちゃならなくなったってだけで納得してくれないかね」
敢えて愚直に質したほど思兼が気にしたことを豊受ははぐらかした。
典拠は以下の通りです。
広矛が瓊々杵尊に授けられる:『大社幽冥誌』
天璽として弓矢が饒速日命に与えられる:『日本書紀』
饒速日命が十種神宝を授けられ、七十人近くもいる船団を率いる:『先代旧事本紀』




