064b_山向の廃墟
取り急ぎこの場所で調達できそうな依頼の品はあと一つ。支部長から依頼のあったモンスター由来のキノコを探す。
周囲のモンスターが集まってこないように気をつけながら、色々な建物の周辺を見て回る。そのうち廃墟のかなり奥まで来てしまい、ボチボチ諦めて切り上げようかと考えながら、建物の裏手へまわった時だった。暗がりで何かが動き、ウィルは足を止めた。
いくつもの傘を頭に載せた、大きなキノコの魔物がいた。根のような脚が石畳を蹴る。顔へ浮いた目を見た時には、ソレはもう建物の影から飛び出していた。
「下がって!」
エレノアとネージュへ声をかけ、ウィルは刃を構えた。根の脚が石を叩く音が、右から左へ移る。前へ出たはずの相手がもう横へ来ている。キノコのクセに随分と素早い。ウィルは迂闊に踏み込んだのを苦々しく思いながら、強引に半歩引いた。少し遅れて、肩へ衝撃が走る。
打ち据えられた肩の痛みに耐えて構え直すと、殿を務めていたプリシラが追いついた。拳が届く間へ入っても、相手はすぐに離れる。いつものように続けて打ち込めず、彼女も足で追い、向きを変えていた。
痛めた肩のせいで腕に力が入らない。だが、プリシラのカバーをしなければ。
速い。見えたところへ刃を出しても、そこにはもういない。切っ先が空を切り、反撃を警戒して身構える。
背後から、エレノアの魔法が飛んだ。相手が横へ動いた時、プリシラもそちらへ走った。ウィルは追いかけず、二人の間に入らないところへ足を運んだ。
魔物から、霧の様なものが広がった。
咳が出た。息を吸い直しても、胸の奥が苦しい。ウィルは口を覆って後ろへ下がろうとしたが、足が思うように進まなかった。
「ウィル!」
不調も束の間、ネージュの術が身体を癒す。落ち着いて、深く息を吐く。だがノンビリはしていられない、プリシラの動きも目に見えて鈍っていた。ネージュはすぐに次の法術の準備に入る。エレノアがその間、魔物をこちらへ寄せつけないように魔法で牽制してくれた。
火に照らされた傘が、道の端へ跳ねる。追おうとしたウィルの前で、再度噴霧が視界を覆う。口を押さえ、空を切りつけながら引く。プリシラはネージュのそばで背を丸めている。前線復帰を待つ間、エレノアが何度も魔法で支えてくれた。
ネージュの癒やしのお陰で、辛うじて陣形は維持できている。だが、あの噴霧を二人同時にくらってしまったら、そのうち守りきれなくなる。
戻る道はある。けれど、この素早い相手に背を向けても、逃げ切れる保証はない。それどころか、誰かが捕まってしまえば戦線が崩壊して壊滅の危機だ。攻勢に転じようにも自分の短剣では届かない、何か打開策が必要だった。
復帰したプリシラがこちらに叫ぶ。
「ウィル、そっち!」
彼女が踏み込んだ。その拳を避ける相手の先へ、エレノアが魔法を向けた。
魔法を避けた魔物が、ウィルの側へ跳んだ。今なら届く。踏み込んで短剣を突き出すと、刃が体へ食い込んだ。柔らかいのに、引き抜こうとすると重い。どうにか刃を引き抜いたが、相手は止まらず、そのままウィルに体当たりした。
吹き飛ばされて瓦礫に突っ込むと、建物の壁が崩れてバキリと折れた支柱が落ちてくる。折れて先の尖った廃材が間一髪、開いた脚の間に突き刺さる。
「ウィル!?」
「大丈夫!」
ネージュが心配そうな声を上げるが、短く返事して無事を知らせる。その間にもプリシラは相手の攻撃を引きつけ続けている。
ウィルは目の前に突き刺さった支柱を押しのけて、ふと気づく。
「これで……!」
相手は植物モンスターで、根っこやツタが色々と伸びている。どうにか釘づけられれば、勝機はある。ウィルは短剣を鞘へ戻し、突き刺さった支柱を脇に抱えて走り出す。
「プリシラ!」
攻撃を避けるプリシラと瞬間目が合った。
「ハァァァァッ!!」
察してくれたのか、プリシラは気合の声をあげながら攻勢に転じた。
ツタの一撃を身をかがめて躱しながら潜り込み、渾身のアッパーで魔物を打ち上げる。
「ウィル!」
「ウオォォォッ!!」
素早いとは言え、相手は植物モンスター。空中であればその素早さも無意味だ。既に駆け出していたウィルは、魔物の落下地点に向かって飛び上がり、相手の着地と同時に尖った支柱を叩き込んだ。
ドスンと鈍い音を響かせて、尖った支柱が突き刺さる。モンスター自体を貫ければ良かったが、残念ながら本体を貫くには至らなかった。しかし、足下の根を巻き込んで深々と刺さった支柱のお陰で、キノコは身動きが取れなくなっていた。
「ゼェェェァッ!!」「終わりだ!!」
プリシラが深く溜めた膝を解放し、ウィルが支柱から手を離して、素早く短剣を抜き去る。二人は声をあげながら、同時に全力の一撃を叩き込んだ。
「ピギュァァァァァァ」
不快な断末魔を上げて魔物が倒れ込んだ。根のような脚を石畳へ突っ張り、まだウネウネと悶えている。ウィルは膝をついたまま短剣を握り直し、プリシラが押さえつけた体へ、とどめの刃を突き立てた。
「……危なかった……」
「ウィル!」「兄様!」
戦闘が終わると、すぐにネージュが癒やしの術をかけてくれる。プリシラも回復してもらい、立ち込める霧を避けてエレノアも寄ってくる。ようやく、四人とも無事を確認しあえた。
かなりの苦戦を強いられたが、これでなんとか依頼の品を全て集めることができる。
モンスターの頭頂部に生えたキノコのウチ、支部長から教えられた部分からゲレゲレキノコを手に入れる。さらに、解体すると中くらいの魔石が二つ転がりでてきた。
魔石を拾い、キノコを布で包む。少々鼻をつく匂いに顔を背けつつ、包みの口をきつく結ぶ。あれだけ苦労して手に入れた品だ。無事に届けるところまで済ませなければ。
「大苦戦だぁ~」
「兄様、無茶しすぎです!」
エレノアが涙目で抗議する。
「でも、やらなきゃジリ貧だったから」
「それはそうですけど……」
「心臓が止まるかと思ったわ。他に痛いところはない?」
ネージュはいつもにも増して念入りに触診している。
「大丈夫だよ、ねーね。でも……疲れた。今日は、もう帰ろう」
誰も、もう少しとは言わなかった。
荷を持ち直し、来た道を戻る。角ではプリシラが耳を立て、ウィルはその隣から道を覗いた。音がしたら、後ろの二人も足を止める。石壁の外へ出ても、四人の歩く間は空けなかった。
日が傾く前に、山を下り始めた。
帰りもウィルが先を行き、エレノアとネージュが後ろについてくる。この四人でなければ、あの毒霧の中から戻れなかった。ウィルは安堵と不安の入り混じった複雑な想いを抱えたまま、村への帰路を歩んでいた。




