↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未だ蕾の勇者様(ノベライズ版)  作者: さじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/80

064a_山向の廃墟

 朝の山道を、四人で登っていく。

 

 今日は後ろにネージュもいる。四人でのパーティ活動は例の事件以来だ。

 

 道はほぼ一本道なので迷うこともなく、暫く山道を登っていくと、木立の奥に古い山小屋が見えた。


 戸は閉まっていた。


 あの喋る猫の事が気になったが、ウィルがそちらへ目をやっても、三人は一瞥することもなく道の先を見て歩いていた。


 三人はこんな場所にある山小屋には興味がないのか、まるで気にせずといった様子だ。それにしたって話題にも出さない事には少しだけ違和感を覚えたが、今日の目的は山の向こう側の廃墟だ。まだ疲れるほど歩いてもいないので、ウィルも気を取り直して進む。


 山を越えていくと、やがて建物の屋根が見えた。一本の道を下り、低い石壁の切れ目を抜ける。


 人の住んでいない町だった。


 道だったところにも草が生え、屋根には大きな穴が開いている。割れた窓の奥は暗く、壁の裂け目には蔓が這っていた。遠くで流れる水の音がするが、人の気配は全く無かった。


「ここが……」


 プリシラが建物を見上げた。ウィルはすぐ横へ寄る。


「離れないでね」


「うん」


 草の間には、崩れた屋根や建材の欠片が散らばっていた。油断して歩いているとガラスや釘、折れて鋭く張り出した木材なんかでケガをしそうだ。


 だが、足元ばかり見ている訳にもいかない。ここは既にモンスターの生息域で、開いた窓からモンスターが飛び出して来てもおかしくはない。昔はどの家にも人がいたのだろうが、今は中に何が潜んでいるのか分からない。プリシラも、勝手知ったる近所の森とはうってかわり、真剣な顔で周囲の音に耳を澄ましている。


 不意にプリシラが立ち止まる。合わせて全員が立ち止まると、角の向こうで草が動いた。ウィルは三人の前に立ち、石壁の陰から覗いた。


 最初に出会ったものは、熊のぬいぐるみにしか見えなかった。


 丸い耳に、縫い合わせた体。胸元にはボタンまでついている。ガインの話していた『玩具のような魔物』の話を思い出す間に、開いた口から尖った歯と長い舌がのぞいた。正体の知れないぬいぐるみのような物が、壁へ落とす影ごと近づいてくる。


 何かの生き物がぬいぐるみに入り込んでいる状態なのか、元からあの姿なのか。出自も分からなければ弱点もよく判らない。だが、幸い固くはなさそうだ。ウィルは武器を構えて後衛二人の前に立った。短剣を握り直し、腰を落とす。


 距離を詰めてくる速さに、刃を合わせるのが遅れた。見た目からは予測のつかない速度に一瞬たじろぐが、すぐに立て直す。避けて横へ回ろうとすると、ギョロリとした目だけが動いた後に鋭利な爪のついた腕が振られる。爪の先が服へ触れ、布の裂ける音がした。とっさに避けて、ウィルは固い石の上で足を踏み直した。


 プリシラが反対側へ動く。相手が向きを変えたところへ、エレノアの魔法が届いた。火が胸の服へ走る。熊は燃える自身の体を気にもとめず、目の前のプリシラへ腕を振った。


 彼女が身を沈める。頭上を抜けた腕は、そのまま石壁へぶつかった。欠片が散り、辺りの瓦礫が崩れる。その隙に熊の背後へ回ると、丸い頭だけがこちらを向いた。火が移っても怯まない。ウィルはその口から伸びる舌を短剣で払い除け、構え直した。


「ウィル、こっちへ!」


 ネージュの声のする方に下がると、少しだけ体が軽くなる。魔法による支援だと気がついたが、礼を言う暇もなく、熊がそのまま追いすがる。プリシラが横槍を入れ、熊が瞬間動きを止める。その一瞬に合わせて、ウィルも再び踏み込んだ。


 プリシラの拳に、熊の顔が横を向く。ウィルは下から腹へ刃を入れた。詰め物を裂くような、軽く心地悪い手応えだった。深く押し込む前に、体ごとぶつかってくる。壁を背負わないように横へ逃げ、振り下ろされる腕を石畳へ通した。


 そこへまた火が届く。目の前の腕が持ち上がる前に、プリシラが蹴り込んだ。熊は倒れかけ、もう片方の手を道へつく。ウィルはその脇へ踏み込み、もう一度刃を突き刺した。丸い体が地面へ落ち、ようやく四人の荒い息だけが残る。


 倒れた熊から離れると、ウィルは壁際で言った。


「森の魔物より……ずっと強い」


 プリシラも、すぐには返事をしなかった。幸い二人ともかすり傷程度だが、思いがけない速さと膂力を目の当たりにして、背筋に冷たい物が走る。ネージュが彼女の傷を見て、エレノアは前へ目を向けたままだった。


「兄様、これ……」


 エレノアが拾い上げたのは、探していた敵コナーズだった。


「本当にアイツが持ってたんだ」


 初遭遇から依頼の品を入手できたのは幸先が良い。


「にゃ~? ど~してぬいぐるみがこんなの持ってるの?」


 全然分からなかった。ともあれ、これで一つ依頼を達成できそうだ。ウィルはそれを荷へしまい、討伐証明になりそうな身体の部位と魔石も拾った。ここで見つかるという話は、本当だった。


 けれど、もう一度戦えばもう一つ拾える、と歩き出す気にはなれなかった。


 次に熊の姿を見つけると、ウィルは手を上げて三人を止めた。こちらへ寄ってくるのが分かった時には、四人で来た方へ引き返した。角を曲がり、建物を一つ隔ててから、また止まる。


 角の向こうで、軽い足音が遠ざかる。プリシラが壁から耳を離し、ウィルも道の先へ向き直った。四人で、熊のいた通りから離れる。


     *


 入ってきた道の左側に、大きな屋敷があった。


 戸口から覗いた範囲には、動くものは見えない。倒れた椅子や割れた食器を避け、四人で中へ入る。広い部屋だったが、奥には背の高い棚が倒れかかり、その向こうまでは見通せない。


 ウィルが棚の脇へ近づくと、頭上で木が軋んだ。


「上!」


 プリシラの声に、短剣を上げた。


 棚の上から、猿の様なモンスターが飛びかかってきた。振り下ろされた拳を刃で受けると、想定外の重さに肘が沈む。顔を引くと、頬のすぐ横をもう片方の手が掻き抜けた。


 後ろへ逃げようとして、踵が椅子の脚にぶつかった。


 倒れる。そう思った時には、ネージュが背中の服を掴んでいた。引かれるまま横へよろけると、猿の爪が目の前の椅子を裂いた。さっきまで自分の腹があった高さだった。


「ウィル、立って!」


 猿がこちらを向く。プリシラの蹴りが横腹へ入ったが、倒れなかった。片手を床につき、跳ね起きるなり彼女へ掴みかかる。


 ウィルは椅子を蹴り退け、二人の前へ戻った。ネージュのお陰で助かった。あと少し遅ければ、爪を腹に受けていた。


「兄様、少し右へ!」


 エレノアは杖を向けていた。けれど、猿と打ち合うプリシラが間にいる。ウィルが呼びかけようとした時、猿が甲高く吠えた。


 部屋じゅうに声が響いた。プリシラの耳が伏せられる。踏み込もうとしていた彼女へ、猿が体ごとぶつかった。受け止めた足が滑り、背中が棚へ当たる。上から落ちてきた皿が、床で砕けた。


「プリシラ!」


「大丈夫!」


 言い終わる前に、彼女は横へ飛び退いた。追う猿の前へ、ウィルが入る。


 刃を前に立て、肘を締めた。ここで押し退けられたら、後ろの二人へ届いてしまう。


 右から来る爪を短剣で外へ流す。すぐに左が来た。突き返す暇がない。上体を引いて避けると、腕に熱い痛みが走った。さらに退きかけた足を止め、今度は右へずれた。


 猿が向きを変える。その向こうで、プリシラも身を低くしていた。


「エレノア、今!」


 瞬間、開いた陣形の間を火が抜けた。猿の肩で炎が弾け、振り上げかけた腕が止まる。そこへプリシラが蹴り込んだ。


 猿は棚にぶつかっても、すぐこちらへ跳んできた。


 ウィルは踏みとどまった。迫る腕を見る。まだだ。爪が届く直前に体を横へ逃がし、伸びきった腕の内側へ刃を引き入れた。


 短剣を握る手に、相手の重さがかかる。引き倒される前に刃を抜き、脇へ逸れる。猿が振り向こうとしたところへ、プリシラの拳が落ちた。床に倒れた体が起き上がるより先に、ウィルはもう一度踏み込んだ。


 爪のついた手が床を掻き、やがて動かなくなった。


 短剣を抜くと、腕が震えた。ネージュがすぐに回復の術をかけてくれる。痛みが引いても、ウィルは倒れた椅子を見ずにはいられなかった。


「……ありがとう、ねーね。引っ張ってくれなかったら危なかった」


「とっさに手が出てよかった。私も冒険者としてやっていけそうかしら?」


「うん、バッチリだよ!」


 プリシラは棚から離れ、肩を回していた。ネージュがそちらへ移ると、エレノアは戸口に立って外を見た。あれだけ音を立てたのだ。別の魔物が来るかもしれない。


 しばらく待っても、近づく足音はなかった。ウィルは討伐の証明を荷へ収め、三人に声をかけた。


「この部屋から調べてみよう。屋内でも単独行動は避けて、移動する時はみんな一緒に」


 戸口と棚の向こうを交代で見張りながら、残置物を調べた。割れた器や朽ちた布ばかりだったが、窓際の机には、引き出しが一つ残っていた。


 取っ手を引いても動かない。ウィルが机を押さえ、プリシラに手伝ってもらうと、木の擦れる音とともに少しずつ開いた。


 中にあったのは、布にくるまれた小さな筒だった。ほこりを払い、両端を見てから片目へ近づける。向こうの窓枠が、裸眼で見るより近く見えた。


「……これ、望遠鏡だ」


「頼まれていたものですか?」


「だといいけど。持って帰って、本人に見てもらおう」


 レンズを傷つけないように包み、荷へ入れた。少し離れたところには、板材の切れ端や、錆びたバネもあった。


 リッツが体につけたがっていた翼。ヘンリーが欲しがっていた、転ばずに速く走るためのもの。彼らが話していたのは物語に出てくる空想の産物で、ここにそのまま落ちている訳もない。だが、ここに落ちている珍しい素材を加工すれば、それっぽいものはできるかもしれない。


 木ではない珍しい素材の板材にはささくれがあり、バネもこのままでは使えない。これで子供たちが欲しがっていた形が作れるだろうか。今は尖った端を布で包み、帰ってから考えることにした。


 物陰を探しながら奥へ進むと、廃材が積み上げられて隠れた場所に下へ降りる階段があるのが見えた。


「下もあるんだ……」


 ウィルが覗くと、三人も順々に覗き込む。上の部屋から差す光は、階段の途中で途切れている。底が抜けないか確かめながら最初の一段へ足をおろし、体重をかける。幸い崩れそうな音はしなかった。三人へ声をかけ、壁に手を添えて降り始める。


 地下には、薄ぼんやりと光る魔法陣があった。


 床を覆う魔法陣に、エレノアが息を呑んだ。何のためのものか尋ねても、彼女は首を振る。ウィルは踏み出しかけた足を引いた。


「これは……今日のところは触らないで戻ろう」


 プリシラが頷き、エレノアもそれ以上近づかなかった。四人で階段を上がり、外へ出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。