063_今は独占
「ただいま~♪」
夕食の支度をしていると、戸が開いてプリシラが入ってきた。
「おか……おかえり?」
「ど~したの? 困った顔して」
「いや、隣のお家の娘さんが自分の家に『ただいま~』って入ってきたからさ……」
「えぇ!? ダメなの!?」
「いやぁ、ダメじゃないんだけどさ。もうちょっとこう、デリカシーというか、レディとしての慎みというか……」
「レディ……?」
「……リリシラさんに怒られるよ?」
「ゥ……。で、でも、ウィルが言わなきゃバレないよ!」
「僕が言わなくても墓穴掘ってどやされるね。賭けてもいい」
「グフゥ……」
プリシラが肩を落とした。ウィルは鍋の方へ戻りながら、続ける。
「こういうのは普段から気をつけなきゃ。タダの礼儀知らずになっちゃうんだからね?」
「ハイ……。ごめんなさい……」
「ん。素直に謝れて大変よろしいです。それじゃ、そろそろごはんできるから。お皿並べて」
「はーい♪」
返事をしたプリシラが器を運んでくれた。ウィルが料理を持っていくと、二人で卓についた。
*
食事の後、少し黙っていたプリシラが、こちらを向いた。
「ねぇウィル」
「ん~?」
「さっきのアレさ~。やっぱりウィルもお淑やかな女の子の方が好き?」
「え? どうしたの、急に」
「だって、ウィルの周りにはお淑やかな女の人いっぱいいるじゃない?」
「ん~、まぁそうだね」
「ねーねやエレノアは同性のあたしから見ても綺麗だな~、可愛いな~って思うし。あたしもその方がウィルは嬉しいのかなぁって」
さっきの話を、まだ気にしていたらしい。ウィルは手を止め、彼女へ向き直った。
「別に全員がお淑やかな必要は無いんじゃない?」
「……そーお?」
「うん。それに、プリシラだって十分美人だし可愛いよ?」
「……ニャン」
「ほら、可愛い」
耳が上がったのを見て、ウィルは笑った。
「む~。嬉しいけど、ちょっと悔しい」
「まぁそういう事だから、礼儀さえちゃんとしてくれれば、プリシラはそのままで十分魅力的だよ」
「そっか~♪」
「そういうのが必要な場所もあるから、覚えておくに越したことはないと思うよ」
「そうだよね。あたし達も大人になっちゃったんだもん」
「そ~いう事だね」
「ところでさ」
「ん~?」
「ねーねやエレノアとはもうエッチしたの?」
息が止まった。
「な……なんで!?」
「え? だって、二人もウィルの事好きだし。ウィルも二人の事好きでしょ」
「え~っと……」
エレノアと恋人になったことは、もう話した。けれど、二人でどこまでしたかとなると、エレノアの気持ちも聞かずに話していいものか。それにネージュとのことは、二人だけの秘密にすると約束している。
「ぁ、あたしは気にしないよ?」
「そ、そうなの?」
「うん。獣人族だと一夫多妻は珍しくないんだよ?」
「あ~」
「それにね、あたしも二人とも好きだし。ねーねやエレノアはずっと一緒だったでしょ? みんな大丈夫だと思うよ?」
あの夜はエレノアとも恋人になったと伝えるだけで終わってしまって、その事についてまだちゃんと話ができてなかった。
「そうなのかなぁ」
「だって、みんな好きなのに喧嘩する必要ないよ。みんなで仲良くすればいいんだよ♪」
「……ねーねのことも、好きでいていいの?」
「隠れてコソコソされるのは嫌。するなら堂々として欲しい」
ウィルはすぐには頷けなかった。ネージュが秘密にしてほしいと頼んだことまで、ここで話すわけにはいかない。
「みんなで認めあった後なら、エッチもデートも順番でするのは全然気にならないよ? あたしがウィルを独占して、そのせいで大好きなねーねやエレノアに悲しい思いさせる方が嫌だなぁ」
「あの……当然の様にねーねが入ってるけど、ねーねは結婚してるからね?」
「今は気持ちの話してるの! それに、ベンおじさんはねーねを置いてっちゃったんだから、何も言えないと思うけどな~」
「そう簡単には行かないよ……」
「でも、ウィルはなんとかするでしょ? それにベンおじさんも……」
「……ねーねもソレを望んでくれるなら、なんだってやるよ」
「そんなに悩まなくても、ねーねは押せば行けると思うけどな~」
「なんか妙にねーねを推すね。何かあるの?」
「……ウィルだって分かるでしょ? あたしにとってもねーねは大好きなお姉ちゃんなんだ、もっとちゃんと笑えるようになって欲しいよ」
プリシラも、ネージュの寂しさに気づいていたのだ。自分は自分の事で悩んでばかりだったのに、プリシラは親しい人達、全員の事を考えていた。やっぱり、どこかお姉ちゃんなのだなと感じる。
「……それは、そうだね」
「ねーねとエレノアとあたし。三人でウィルの奥さんになって、みんなでたくさん子供を産んで、みんなでみんなの子供のおかーさんになるの♪ そしたらみーんな幸せだよ! 争う必要なんかないんだよ♪」
「……プリシラがそう言ってくれるなら、機会があったら話してみるよ」
「うん! それがいいよ!」
そう答えてウンウンと頷いた後、プリシラが近くへ寄ってきた。
「……ね~ウィル」
「うん?」
「今は独占しててもいいよね」
「もちろん」
「えへへ。ぎゅ~。ウィル、好き」
「うん、僕も好きだよ」
プリシラが口づけた。膝の上へ座り、腕を回して、胸元へ寄ってくる。ウィルは椅子の上で少し姿勢を直し、その背へ手を添えた。
「どうしたの? 今日はやけにあまえんぼさんだね」
「だって、あたしウィルの恋人になったんだよ? これからは好きなだけ甘えていいんだもん」
「まぁ、二人きりの時ならいつでもどうぞ」
「やった」
胸元で、大きく息を吸った。
「はぁ。ウィルの匂い……好き」
「プリシラほど鼻は利かないけど、僕もプリシラの匂い好きだよ」
プリシラの耳がぴんと立った。胸元から顔を上げ、嬉しそうに笑う。
「それ、獣人同士だったら愛の告白なんだよ?」
「匂いが好きって言うのが?」
「うん。恋人同士なら、お互いの匂いをつけ合うの」
そう言って、また頬を寄せてきた。ウィルは彼女の髪に顔を近づけた。
「じゃあ、ちゃんと告白になってるね。僕も、そのつもりで言ったから」
「えへへ」
プリシラが腕に力を込めた。ウィルもその背を抱き、しばらく離さずにいた。
*
その後は流れでひとしきり愛を確かめあった後、身なりを整えて卓の周りを片付ける。冷めてしまったお茶を淹れ直すと、いつもの茶葉の香りにようやく一息つけた。
「はぁ~♪ 気持ちよかったね」
「うん。でも立ってするのって、ちょっと難しかったね」
「だね~♪ これからいっぱいシて上手くなろうね」
「う、うん」
ウィルが茶碗を置くと、プリシラが隣から袖を引いた。
「ねぇ、ウィル。あたしの『最愛の誓い』、受け取ってくれたんだよね?」
「最愛の……誓い?」
ウィルには初めて聞く名だった。プリシラが二人きりの時にしてくれた、求愛の仕草のことらしい。戸惑うウィルを見て、彼女の顔から笑みが消えた。
「あれ? 知らなかった?」
名前は知らなかったと答えると、プリシラは少し困った顔をしてから、猫獣人の風習を教えてくれた。結婚する前に、この相手でいいのだと互いの気持ちを最後に確かめる儀式なのだという。
「それって……プロポーズってこと?」
「うん。そういうこと」
ウィルは返事を詰まらせた。好きだと言ってくれたのは分かっていた。子供を望んでくれていることも。それなのに彼女がそこまでの決意でしてくれたことを、自分は知らずに受け取っていた。
「ごめん、プリシラ。そんな大事なことまで、君の方からさせちゃって」
「嫌だったわけじゃ、ないよね?」
「違うよ。それは絶対に違う」
袖を掴んでいる手を取り、顔を覗き込んだ。
「色々な事が一段落したら、改めて僕からするから。それまで……待っててくれる?」
プリシラの目が大きく開いた。伏せかけていた耳が起き、口元がほころぶ。
「うん! 待ってる!」
飛びついてきた彼女を抱き留め、ウィルも笑った。今度こそ、自分から伝えよう。借金を返して、彼女の両親にも胸を張って話せるようになったら。
しばらくして腕を緩めると、プリシラはまだ嬉しそうにウィルを見ていた。
「プリシラ……」
「な~に?」
「さっき言ってた、好きなだけ甘えていいって話だけど……冒険中も、そのつもり?」
「ん~。もちろん」
「ウィルってば、実は結構我慢してた?」
「……仕方ないじゃないか。僕だって健康な男なんだ。プリシラは本当に可愛いんだからね? 冒険服も大胆だし……、エッチな目で見て嫌われない様にずっと我慢してたんだよ?」
「ニャ~ン。そうだったんだ~。ウィルってば可愛い~」
からかわれても、もう否定はできなかった。
「でも、もう遠慮なんてしないから」
「うん。楽しみ」
「……ところでさ」
「ん~?」
「僕たちがエッチしてる事って、おじさん達にはバレてるよね?」
「これだけ匂いしたらね~」
「僕、挨拶に行かなくて大丈夫かな?」
「ん~。何も言ってこないし、良いんじゃない? ウィルの借金の事も知ってるし、パパもママもウィルが考えてる事はわかってると思う。あたしも聞かれたらそう言うし、ウィルの事は認めてるから大丈夫だよ♪」
「そっか。なら、二人を安心させてあげる為にも、早く借金返して綺麗な体にならなきゃだ」
「二人で冒険してればすぐだよ♪ 一緒にがんばろ♪」
「ありがとう、プリシラ」
明日は四人で廃墟へ行く。恋人になっても、冒険の仲間であることは変わらない。プリシラとなら頑張れると、ウィルも思った。
「それじゃ~今日は帰るね! 明日も冒険がんばろ♪」
「うん。おやすみ、プリシラ」
「うん、おやすみ~♪ ……ぁ」
戸を開けた彼女が、何かを思い出したように振り返った。
「ウィル~。おやすみのちゅ~♪」
「はいはい」
そばへ行き、口づけた。これで帰るのかと思ったが、プリシラはもう少しと言って離れず、別れ際の触れ合いはそのまま長くなった。
子供を望む気持ちも、彼女は隠さなかった。ウィルは嬉しくて、それでも今すぐとは答えられずにいた。
「僕もプリシラとの子供は欲しいけど……もう少し我慢しなきゃ。冒険も、恋人としての時間も、子供ができたらそれどころじゃなくなっちゃう」
プリシラは頷いた。
「うん、冒険もエッチもいっぱいシたいもんね」
「ならちょっとだけ我慢しないとね。プリシラも、エレノアもねーねも協力してくれるし、きっとスグスグだから」
「うん、わかった。我慢するからぁ」
彼女は念を押すように、こちらへ顔を近づけた。
「約束だよ~? ぜったい、ぜったい、ぜ~ったい」
「うん。約束する」
プリシラが嬉しそうに笑い、もう一度抱きついてきた。ようやく手を放すと、今度こそ隣の家へ帰っていく。ウィルは戸口で見送り、明日の待ち合わせに遅れないよう、寝る支度を始めた。




