061_気まぐれにゃんこ
朝のうちに、ウィルは井戸へ向かった。
素材を集めに出る前に、サーたんの顔を見ていこうと思った。もっとも、正確に顔がどこなのかは見当がつかないが、細かい事は気にしないようにした。買い物のたびに、あれだけ喜んで話してくれるのだ。用事がなくても寄ってみたかった。
辺りに人がいないのを確かめてから井戸を下り、濡れた石の上を奥へ進むと、いつもの音楽が聞こえてきた。
青と紫の触手の塊に、光る目が浮かんでいる。初めて見た時ほど足は止まらなかった。それでも、目の一つがこちらへ向くと、つい背筋が伸びた。
「こんにちは。今日は、少しお話ししたくて」
「えぇ!? 自分とお話ししに来てくれたんすか!?」
「う、うん。もしかしてダメだった?」
「いやいやいやいや! 全然ダメじゃないっす!」
「それなら良かった」
「いや~でも、マジっすか!? 自分、超嬉しいっす!!!」
触手が動いた。ウィルは少し身を引きかけ、声が弾んでいるだけだと気づいて、足を戻した。
「破壊神として生まれて幾星霜……。っていうかここに居る自分は無限の中の一なので、時間て概念が既にアレですが、自分と雑談したいなんて人間初めてっすよ!」
「初めて……」
「いやまぁ実際、無限存在なんで居るのは全然いるんですけど、この種の基底空間上の存在で普通に雑談しに来た人間は一部主観的時系列上において初めてっす!」
初めてなのか、ほかにもいるのか。途中からどちらの話をしているのかも分からなくなった。
「ご、ごめん。何を言ってるのか全然わからないや」
「あ~! いやいや! こっちの話っす! つまり人生初のお話し相手で嬉しいって事っす!」
「そ、そうなんだ。そうだよね、普通はそう安々とお話しできる相手じゃないもんね」
破壊神に会いに行く。誰かから聞いたら、止める方に回りそうだった。その相手に、嬉しいと言われて考え始めると複雑になりそうだが、悪い気はしなかった。
「いやまぁそうなんすけど、簡単にいうと今は存在のレベルをウィルさんと相対するレベルに落としてるので、寂しいし嬉しいし悲しいんすよ」
「神様ってもっと万能なんだと思ってた。退屈させないように出来るだけ頑張るよ」
「実際万能っすけど。今は不自由を楽しんでいるって感じなんで、全然気にしないで下さいっす!」
それなら、神様を退屈させまいと気張ることもない。ウィルはそばに座り、最近受けた依頼のことを話した。新しい寝台を最初に使ったのが自分ではなかった話には、サーたんが声を上げて笑っていた。
気づけば、そろそろ森へ行く支度をする頃合いだ。ウィルはまた来ると約束して、腰を上げた。
井戸を登り、縁から体を上げる。家へ寄って荷を取り、プリシラを呼びに行った。
*
エレノアとは、授業が終わってから湖へ向かう道で落ち合うと昨日のうちに決めてあった。それまでは、ウィルとプリシラの二人で近所の森の薬草を集める。
いつも川辺へ下りる分かれ道を通り過ぎ、今日はまだ歩いたことのない小道へ入った。薬草を探しながら、二人で少しずつ森の奥へ進む。
木々の間から、川の水面が見えた。水音を聞きながら歩いても、いつもの水場へ出る道とは様子が違う。先へ続く道の曲がり角も、まだ知らなかった。
「森のこんな奥深くまで来るの初めてだね!」
「プリシラ、あんまり自由に歩き回らないでね? 僕達まだ新米なんだから、はぐれたら危険だよ」
「わかってるけど、このワクワクは止められないよ!」
「そっちも分かるけどね。念願叶ってプリシラと冒険者をしてるなんて、毎日夢みたいだ」
「だよね♪ だよね♪」
プリシラが先へ進んだ。耳も尻尾も、じっとしていない。
「こんなの進むなっていう方が無理だよ!」
「ほら、言ってるそばから離れないでよ」
「あ! 向こうに橋があるよ!」
声がした方を見る間に、プリシラは駆け出していた。
「あ、ちょっと!?」
「ウィル~! はやく~♪」
「こら! 待ちなっ……はぁ」
橋の上を追いかけ、向こう岸へ出る。板が足の下で鳴る。木の陰へ淡い金色の髪が隠れた。分かれた道の片方へ目をやっても、姿がない。
「ど……どっち行ったんだ?」
「ウィル~♪ こっちこっちー!」
声のする方へ曲がると、また彼女の髪が木の陰へ消えた。
「こらー! まてー!」
「にゃ~!! ウィル! きてきて!」
「ど、どうしたの!?」
何かあったのかと、近くまで走った。プリシラは木の根元でしゃがみ、こちらへ手を振っていた。
「みてみて! 変なキノコ~♪」
ウィルは膝へ手をついた。息を整えてから、その手の先を見る。木の根に、見慣れない傘の形が並んでいる。
「知らないキノコに迂闊に触っちゃだめだよ? 毒があるかもしれないんだから」
「触らないよー! たぶん大丈夫なやつだけどね!」
たぶん、と言っている間に、プリシラは立ち上がった。
「今度はあっちいってみよー!」
また行ってしまった。あの耳なら、僕の声は聞こえているはずなのに。
ウィルはその場へ立ったまま、息を吐いた。額の汗を袖でぬぐう。
「……置いてこうかな」
置いていけるわけもなく、声がした方へ続いた。少し先で、追いかけていた淡い金色の髪が、今度は草の上に見えた。
花の咲いた場所に、プリシラが横になっている。花びらが淡い金色の髪に二、三枚かかっている。
「おい、気まぐれにゃんこ」
「にゃ~♪」
振り返る代わりに、こちらへ手が伸びた。
「気持ちよさそうだね」
「お花のベッド気持ちいいよ♪ ウィルもおいでよ♪」
ウィルは周りを見た。木の間に動くものはなく、少し離れた川の音が聞こえる。腰の短剣を体の脇へ寄せてから彼女の隣へ腰を下ろし、荷を置いて草へ背を預けた。
「……うん、これは気持ちいい」
「だよね♪」
プリシラが身を寄せた。伸ばした腕へ髪が触れる。
「ウィル♪」
「ん?」
「大好き♪」
「僕もさ」
「好き♪」
「ふふふ。でも冒険中の単独行動は許さん」
「にゃ~」
今度は、耳が少し下がった。
「僕がまだまだ未熟だからさ。頼むよ」
「うん。ごめんね?」
謝る目を見てから、ウィルは少し声を落とした。
「……沢山エッチな事してくれなきゃ許さない」
「にゃにゃ」
「許して欲しい?」
「にゃ!」
「なら、早く冒険終わらせて帰らないとね」
「にゃ!」
プリシラが起きようとしたが、ウィルは伸ばした腕を引かなかった。
「でももうちょっと休憩」
「にゃぁ~ん♪」
プリシラがまた肩へ頭を預けた。ウィルはそのまま少し休んでから、薬草集めに戻ろうと声をかけた。
*
道々薬草を摘みながら、同じ道に沿って右往左往しながら戻った。プリシラは良さそうな場所を見つけるたびに、今度はウィルを呼んでからしゃがみ込んだ。二人で手分けして摘み、行きに集めた分と合わせて予定の半分よりは薬草を揃えた。
約束した場所でエレノアと合流し、三人で湖へ向かう。砂を持ち帰るための荷袋もあるが、まずは輝石を集めるための討伐だ。
湖では、水の精を相手に輝石を集めた。攻撃を捌く練習がてら、ウィルが囮になって正面から攻撃を武器でいなす。そしてウィルが押し留めている間に、プリシラが懐に飛び込んで輝石を抜き去っていく。最初の頃の苦戦が嘘の様に、いまでは相手を練習台にする余裕が生まれていた。仕留めると、プリシラがウィルに振り返り笑う。
「今のは、良かったね! 上体だけで済ます動きと、体全部を使う動き、自然に切り替わってたよ」
「うん。だんだんコツが掴めてきたよ」
森で好き勝手に走っていた時とは違い、ちゃんとこちらの動きを見てくれている。その後も休憩を挟みながら、三人で討伐を続けた。
輝石を拾う途中にあの光の玉も見つけた。ウィルが触れると光は手に溶け込み、隣のエレノアは気づかずに輝石を数え続けていた。もう正体も分かった事だし、騒ぎ立てる必要もない。ただ、実際には体にどんな効果を及ぼしているのか、相変わらず実感できるような変化はなかった。やはり、少しだけ疲れが取れるとか、そんな様な物なのだろう。
魔法屋へ渡す二十個を数え終えると、ウィルはその後に拾った分を別の袋へしまった。
「魔導炉にも十個要るんだ。こっちは分けて持っておくね」
「では、納品する分は私が持ちますね」
エレノアが袋を受け取り、荷へ収めた。プリシラはそばで水を飲んでいる。
「今日は、ちゃんと待ってるよ」
「うん。ありがとう」
帰る前に、岸で瓶作りに使う砂を集めた。荷袋には余裕があったが、砂を入れるとすぐ重くなる。薬草や討伐で得た素材もあるので、瓶二十本に必要な分を三人で分け、余分は少しだけにした。魔導炉の分は、また運びに来よう。
夕方、三人で砂を工房へ運び、納める空き瓶二十本を作った。出来た順に並べると、エレノアが包む場所を空けてくれた。欠けのないことを見てもらい、ようやく荷に収める。
瓶作りで余ったガラスと、魔導炉用に集めた輝石は家に置いておく。石材と工賃の用意も、これからだった。
瓶を包み終え、エレノアに預けていた輝石の袋も受け取った。薬草は、今日摘んだ分に、それまで少しずつ集めておいた分を合わせて八十束になった。先に集めた毒針も荷に収め、納品の支度ができた。
瓶を包んだ荷は、ほかの素材の袋と分けて戸口へ置いた。明日はこれを届ければ、魔法屋の依頼を終えられる。




