060_山小屋の住人?
ギルドへ行くと、ノエルに支部長の部屋へ案内された。
何かしてしまっただろうか。戸の前で考えたが、呼ばれるようなことにはすぐに思い当たらない。依頼の報告とは別の用事らしい。
「やぁ、新米冒険者くん。先日はご苦労だったね」
「はい。よろしくお願いします」
頭を下げた。もうDランクなのだけれど、こうして呼ばれるとまだ新米という方が似合う気がする。
「あぁ、そんなに畏まらないでくれたまえ。この村は規模も大きくないので、実のところ私は暇人でね。新人さんに、必要なら助言でもと思っただけなんだ」
叱られる用事ではなかった。ウィルは少し肩を下ろした。
「私はいつでもここに居るから、ギルドの事に限らず、気になる事があれば何でも聞きにきてくれたまえ」
「ありがとうございます」
「何か、気になっていることはあるかな?」
ウィルは、Dランクになって行ける場所がどこまで増えたのかを尋ねた。掲示の依頼から何となくはわかるが、ハッキリとした境界線なんかを知れる機会はそういえばなかった。
「冒険者が行ってよい場所は、ランクによって決められているんだ。腕前の確かめられていない人を、危険な場所へ送り出すわけにはいかないからね。ランクが上がれば行ける場所も増えるから、色んな場所に行きたいなら冒険者ランクを上げるのは必須だよ」
ウィルは山向の廃墟のことも尋ねた。行ける場所が増えたからといって、その全部を知っているわけではない。Dランクなら入ってよいが、無理して奥まで行くのは止めるようにと支部長は言った。
「それから、装備の『制作依頼』はCランク以上から許可をだしている。Cランクになったら依頼が出来る場所を教えるよ」
「制作依頼、ですか」
「そう。討伐証明の一部は素材としても使える。詳しくはその時に話そう。焦らなくていい」
支部長は、ここからは特に覚えておいてほしいと言って続けた。
「希少なモンスターには、凶悪で強力なものも多い。討伐すればリターンは大きいが、一部のモンスターは国の騎士団でも討伐が難しい様な相手だ。基本的には手出しせず、素直に逃げてくるのが賢明だろう」
国の騎士団でも勝てない相手。見慣れない魔物を見つけても、珍しい素材が取れると喜んで近づくわけにはいかない。
「焦らずじっくり頑張ってくれたまえ」
「はい」
話が一段落したところで、ウィルは掲示板で見かけた依頼を思い出した。支部長の名で、幻の肉を特製のレシピで調理するための材料を募っていた。
「あの依頼、僕でも受けられますか?」
「おや、受けてくれるのかい。実は珍しい肉を手に入れてね。幻の珍味なんて呼ばれているんだが、どうせなら特製のレシピで作りたいと思ってるのだよ」
先ほどまでの助言の話より、楽しそうに聞こえた。
「もし依頼を達成してくれたら、君にも少し食べさせてあげよう」
「それは、楽しみですね」
「それでね、特製のレシピなんだが……。材料はだいたい揃っているんだがね、最後の一つがなかなか手に入りづらい。その材料を取ってきて欲しいんだ」
ウィルは頷いた。
「必要なのは『ゲレゲレキノコ』という、とあるモンスターからしか取れない、これまた珍しいキノコなんだ。このモンスターがまた厄介な所に出没するやつで、しかも人里周辺ではなかなか姿を現さないんだよ」
森で摘めばいい、という仕事ではないようだった。
「この辺りだと山向の廃墟で見かけたという噂なんだがね、こいつを討伐してゲレゲレキノコを手に入れてきてくれるかな?」
また、山向の廃墟だった。望遠鏡も、リッツとヘンリーの頼みも、そこへ行けば手掛かりがあるかもしれない。けれどウィルはまだ一度も行っていない。村で耳にする話では、近所の森と同じつもりで歩ける所ではなかった。
「やつは物陰や建物の影に潜んでいる事が多いから、よく探してみてくれたまえ」
「分かりました。準備してから、行ってみます」
「よろしく頼むよ」
山上の廃屋を越えた先だと道順を教わり、ウィルは部屋を出た。受付で依頼を引き受ける手続きを済ませる。まずは途中まで歩き、どのくらいかかるか見ておこう。
*
プリシラと、授業を終えたエレノアに、依頼の話をした。
「廃墟ですか……。危ないと聞きますけど」
「うん。だから、すぐには行かない。道を確かめて、道具も揃えてからにするよ」
「新しい所だね!」
プリシラは先に山の方を見た。もう歩き出しそうな顔に、ウィルは笑って首を振る。
「今日は下見だけ。二人も、まだ用事あるでしょ?」
「……それはあるけど」
「山上の廃屋まで行ってみる。今日は廃墟には入らないよ」
午後、ウィルは一人で山道を歩いた。
道自体は一本道なので、これならば迷うという事もなさそうだ。そうして暫く登って行くと、木立の奥に古い小屋が見えた。
「こんな所に小屋なんかあったのか」
小屋の窓は欠け、壁の板もずれていた。教わった廃屋だろうか。ウィルは道を外れて近づき、戸を叩いた。
「すみません」
返事を待ち、もう一度声をかけてから、戸を押した。
埃の積もった床に、窓から光が落ちていた。古い卓と椅子が残っている。その日だまりに小柄な猫が一匹、丸くなっていた。黒い毛並みが、日を背に受けている。
ウィルが一歩入ると、猫が黄色い目を開けた。
「ん? なんじゃおぬしは」
足が止まった。
誰か、他にいるのだろうか。卓の向こう、奥の壁際へ目をやったが、動くものはない。こちらを見上げているのは、猫だけだった。
「ここは放棄された山小屋じゃ」
「……猫?」
「ワシか? ワシは見ての通りただの猫じゃ」
ただの猫は、今、返事をした。
黄色い目が細くなった。猫はひげを動かし、あくびを噛み殺している。ウィルが驚いていることなど、まるで気にしていない。
「ここはもう長い間使われていないようなので、今はワシが住み着いて勝手に使っておるわけじゃ」
「そうだったんですね。誰もいないかと思って……」
「用が無いなら出ていくのじゃ。ワシは昼寝の邪魔をされるのが一番キライじゃ」
猫は尻尾の先で床を叩いた。なぜ喋れるのか、ここで何をしているのか。聞きたいことはいくつもあったが、その目が、ちらりと戸口へ動いた。
「すみません。起こしちゃって」
ウィルは足を引いた。
「……ふむ。もしワシの好物を持ってきてくれたら、話くらいは聞いてやっても良いぞ」
「……はい。失礼しました」
頷いて、静かに戸を閉めた。
小屋を少し離れてから、立ち止まった。はて、好物とは何だろう。聞けばよかったが、今また戸を開ける気にはなれなかった。いや、そもそも今のは何だったんだろうか。
猫が喋った。明るくよく喋る猫獣人なら良く知っているが、ただの猫も喋るのだったか。自分は夢でも見たのだろうか。特に恐ろしい体験をした訳でもないが、酷く頭が混乱していた。
そういえば自分は喋る犬も見たことがある。良く考えたら、アレも一体何だったのだろうか。いや、だがしかし待って欲しい。更によくよく考えたら、自分は女神様や破壊神とも話をしているではないか。実のところそちらの方がトンデモナイ事なのではなかろうか。
「……まぁ、犬や猫が喋っちゃいけないってルールは無いもんね」
誰にともなく呟いてウィルは、「そういう事もあるか」と、受け入れる事にした。
山道へ戻ると、まだ先へ道が延びていた。廃墟はこの向こうだという。いけそうなら今日は廃墟の入口まで行ってみるつもりだったが、どうにも気が散ってしまいそうだ。一人で無理をして帰ってこられなくなっては元も子もない。一旦ここまでにして、ウィルは村へ引き返した。
なんだか急に、明るくよく喋る猫が恋しくなった。
*
「よぅウィル。順調か?」
工房のおっちゃんに声をかけられ、ウィルは歩みを止めた。そういえば、ちょうど相談したかったことがある。ケイトに、おっちゃんへ相談すると約束してから、ずいぶん後回しにしていた。
「今のところね。おっちゃんは相変わらずお酒臭いね」
「俺から酒抜いちゃったらタダの天才だろうがよ。後光が眩しすぎて誰も近寄れねぇわ」
「大変遺憾ながら反論の余地がないね」
「だろう? だから俺は皆の為に酔っ払ってんだ。見直したか?」
「酔っ払いじゃなくなったら見直すよ。そんな事より、ちょっと相談があるんだ」
「そんな事は酷くない?」
ウィルは気にせず、続けた。
「実は、ケイトさんにインゴットの納品を頼まれてるんだけど、製錬なんてやったこともないし、溶鉱炉なんて自分じゃ作れないから、おっちゃんどうにかならないかなって」
「人にモノを頼むならもうちょっと構ってくれてもよくない?」
「はいはい今度ね。それで、どうしたらいいかな?」
「もう完全に出来る前提で期待してる目じゃん。そんな目で見られたらできないって言えないじゃん」
「職人としてのおっちゃんに疑う余地は無いし、尊敬してるもん」
「迷いの無い褒め言葉が嬉しい……そして嬉しいのが悔しい。あぁ~もう、仕方ねぇなぁ……」
おっちゃんは、必要なものを数え始めた。
「とりあえず、加工した石材が三十組だな。それとガラス材が十五袋に、精霊の輝石を十個」
「結構要るね。わかったよ」
「工賃はそうだなぁ。まぁ一万ゴールドってとこか。魔導炉にしたら破格だぜぇ?」
「ぁ、作るのは魔導炉なんだ?」
「ったりめぇだろうが。お前、普通の燃料使う炉の手入れなんてできねぇだろう?」
「うん、わかんない」
「そんなやつに超高温になる炉なんか渡せるかっつーの。ケイトに打たせるなら半端なインゴットじゃだめだろうしな」
「流石おっちゃん。これで酔っ払いじゃなかったらなぁ」
「うるせぇな、好きに飲ませろっつーの。まぁ、そういう事だから。材料と工賃が集まったらまた来な」
「わかったよ! ありがとうおっちゃん!」
魔法屋の依頼を終えたら、今度は炉の材料だ。ガラスの材料と輝石は同じ場所で集められるが、加工した石材と一万ゴールドも要る。すぐに製錬を始められると思ったのは甘かった。
それでも、ケイトへインゴットを届けるために何をすればいいかは分かった。ウィルは帰宅すると、教わった材料を書き留めた。
書き終えたところで、昼間の猫を思い出す。あの小屋は廃墟へ行く道の途中にある。次に通る時には何か持っていってみようか。
猫なら魚が好きだろうか。だが、喋る猫にも普通の猫と同じ好みがあるのだろうか。次に会えたら、昼寝の邪魔にならない様に聞いてみよう。




