058_言ってほしかったこと
食事の用意ができた頃、戸が叩かれた。
「ウィル、入っていい?」
「うん、どうぞ」
プリシラは冒険服から着替えていた。いつもより丁寧に梳いた髪が、肩に沿って落ちている。さっきまで一緒にいたのに、ウィルは迎える言葉に詰まった。
「……お待たせ」
「ううん。ちょうどできたところだよ」
彼女もすぐには入ってこず、戸口でこちらを見ていた。顔を合わせるだけで、この前のことを思い出してしまう。ウィルは照れ隠しに食卓を指した。
「座って。今、持ってくるから」
「あたしも運ぶよ」
そう言って手を出してくれたので、皿を渡した。二人で料理を並べ、向かい合って座る。プリシラが嬉しそうにいただきますと言うのを聞いて、ようやく少し落ち着いた。
「今日はお腹空いたねぇ」
「山を歩いて、その後も待たせちゃったしね」
「待ってるのも楽しかったよ。ウィル、教わったこと試す時、すっごく真剣な顔するんだもん」
「そりゃ、真剣にもなるよ。周りはすごい人ばっかりだもん」
「でも、ウィルもすごいよ! ほとんど毎朝、早く起きて自主的に訓練して。どんな事でも真面目に教わって。ちょっとずつだけど、毎日なにかが必ず成長してる。誰にでも出来ることじゃないよ」
そんなところまで見られていたのか。ウィルが照れていると、プリシラは楽しそうに続けた。
「うふふ。今度はあたしが先生だね♪」
「よろしくお願いします」
「任せて! ……でも、教えるのって難しそう。上手に教えられなかったらごめんね?」
「大丈夫だよ。プリシラが一緒にやってくれたら分かると思うし、分からなかったらちゃんと聞くから」
「うん! 何でも聞いてね!」
いつものプリシラらしい返事に、ウィルも笑った。気づけば食べる手を止めて、今日の稽古の話をしていた。
こうして二人で過ごすのが好きだった。冒険へ出る前から、何年も。
けれど、今夜は「楽しかった」だけで見送るわけにはいかない。彼女がこの前くれた言葉に、まだ答えていなかった。
「ウィル?」
「え?」
「おかわり、してもいい?」
「あ、うん。もちろん」
差し出された皿を受け取る。今言おうかと思ったが、料理をよそっているうちに、また切り出しそびれた。
*
「ごちそうさま! おいしかったー」
「うん。よかった」
プリシラが自分の食器を重ね、ウィルの分にも手を伸ばした。
「片づけ、手伝うね」
「ありがとう。でも、その前に……」
呼び止めると、彼女は皿を置いた。
「どうしたの?」
「話したいことがあるんだ」
プリシラが座り直した。さっきまでよく動いていた耳が、こちらを向いたまま止まる。
何から話せばいいのか、食事の間もずっと考えていた。けれど、彼女に待ってもらっているのは、気の利いた言葉ではない。
ウィルはプリシラを見た。もう笑ってごまかさずに、伝えたかった。
「この前からプリシラに押されてばっかりだったからさ、言いそびれてたんだけど……。プリシラの事が好きだよ。恋人に……なって欲しい。ただ……」
プリシラの目が大きく開いた。耳がぴんと立ち、尻尾が大きく揺れる。ウィルは次の句を告げようとするが、それよりも早くプリシラが飛びついた。
「ウィル大好き!!」
椅子から立ったプリシラは、テーブルを軽々飛び越えて巻き付いてくる。ウィルが慌てて受け止めると、こちらを見上げた彼女の顔は、喜びでいっぱいだった。
「好き。好きなのウィル。嬉しい。大好き」
言葉のたびに口づけが重なった。笑っている目に涙が浮いていた。食卓で楽しそうに話していた間も、この返事を待っていてくれたのだ。
「ちゃんと伝えなきゃって思ってたのに、ずっと待たせてごめん」
「うん、待ってたよ。ずっと言ってほしかったの」
ウィルはプリシラを抱き締めた。明るく振る舞う彼女を見て、不安なのは自分だけだと思っていた。
「ずっと積極的だったけど、本当は不安だったよね。ごめん、僕も怖かったんだ」
「ううん、いーの、わかってる。ウィルはわかってくれてるって信じてた」
「ありがとうプリシラ。おかげで僕も踏み出せた。こんな僕だけど、これからも一緒にいてくれる?」
「いる! ずっと一緒! 離しちゃヤダ!」
「ありがとうプリシラ、これで僕たち恋人だね」
「うん! 恋人! あぁ……嬉しいよぅ……」
プリシラは笑いながら泣いていた。涙を拭おうとすると、その手ごと抱き込まれる。ウィルももう離そうとはしなかった。
「プリシラ。さっき、言いかけたことなんだけど……」
「……うん?」
「エレノアにも、好きだって言われたんだ。僕も好きだって答えて……恋人になった」
抱きついたままのプリシラを見ていると、言葉が詰まりそうになる。けれど、エレノアにはプリシラへの気持ちを話した。プリシラにだけ黙っていていいはずがない。
「プリシラのことも好きだって、エレノアには話したよ。それでも、二人ともでいいって。プリシラなら一緒で大丈夫だから、今度三人で話そうって言ってくれたんだ」
「そっか……エレノアにも、ちゃんと好きって言えたんだね」
「……怒らないの?」
「エレノアがウィルを好きなの、知ってたもん。ウィルもエレノアを大事にしてるし」
プリシラは少し困ったように笑った。
「でも、ウィルから聞けてよかった。あとでエレノアに聞いたら、なんであたしには言ってくれなかったのって思ったかも」
「うん……。だから、今夜はちゃんと話しておきたかった」
ネージュとの約束があるとはいえ、まだ言えないことがあるのが後ろめたかった。
「話してくれて嬉しいよ。三人でのお話は、また今度しよ?」
「うん。ありがとう」
「でも今は、あたしが好きって、もう一回言って」
「好きだよ、プリシラ」
「……えへへ。あたしも」
プリシラはウィルの首に腕を回し、もう一度口づけた。
「ねぇウィル、あたしもう我慢できないよ。早くあたしをウィルのものにして」
プリシラはお気に入りの寝台へ向かった。ウィルもそばへ行く。彼女は服を脱ぎ、こちらを見た。灯りの輪の中に、肩の線が浮かんだ。
「ウィル、みて」
いつもより小さな声に、ウィルは彼女へ顔を向けた。
「これから全部、ウィルのものになるよ」
「綺麗だよプリシラ。今まで見たどんな宝石より……綺麗だ」
「嬉しい。今日は泊まるって伝えてあるから邪魔は入らないよ。いっぱいHしようね」
先日のシルトの声を思い出して、二人は少し笑った。
笑いが収まると、プリシラが手を握ってきた。先ほど好きだと伝えた時の涙を思い出す。ずっと待っていてくれた彼女を、今夜は不安にさせたくなかった。ウィルもその手を握り返した。
「プリシラが嫌な時は、ちゃんと言ってね」
「うん。全部あげる。全部ウィルだけの物だよ」
プリシラは避妊薬を飲んできたことを教えてくれた。
「本当はウィルの赤ちゃん欲しいけど……」
家を出る前にリリシラに渡されたらしい。曰く、「今はまだ色々大変でしょう?」だそうだ。それで避妊薬とは、どこまでもお見通しかつおおらか過ぎはしないだろうか。とは思ったものの、今は止めずに送り出してくれた事に感謝しよう。
望むこと全てを、今夜すぐに叶えることはできない。それでも、辛抱強く待っていてくれたプリシラの気持ちに、今夜こそはキチンと応えたい。ウィルは優しく彼女を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
*
その夜、二人は初めて最後まで結ばれた。
目を開けると、プリシラが隣にいた。窓の外はまだ完全な朝ではなかった。
「……ぁ、プリシラ?」
「起きた? えへへ、すごかったね」
彼女の頬はまだ赤かった。シーツの皺が二人のあいだに残っている。ウィルは身を起こしかけ、先にその顔を確かめた。
「ぁ……プリシラ、大丈夫? 体はなんともない?」
「うん、大丈夫だよ。気持ち良すぎて気絶しちゃった。ウィルこそ大丈夫?」
「うん、大丈夫。プリシラが無事でよかった。呼吸は確認したけど、そのあと僕も倒れちゃったから……」
「うふふ。一緒」
同じことだと言われると、こちらまで笑ってしまった。家族のように育った相手が、今は恋人として隣にいる。まだ起き上がる気になれない。プリシラも離れずにいた。耳が枕の近くで小さく動く。
「プリシラとだったら何回でもできちゃいそうだ」
「若いからかな? それとも、あたし達すごく相性いいのかな?」
「初めてだからわからないよ」
「そうだね。あたしはずっとわかんなくていいや」
ウィルは笑い、彼女の髪に触れた。指のあいだで白金の束がすべる。
「プリシラ、大好きだよ。ずっと一緒にいようね」
プリシラが嬉しそうに顔を寄せてきた。今度もウィルから口づける。窓の外が明るくなっていくのに、二人とも、まだ起きようとは言わなかった。




