057_僕の先生
朝のギルドで、ウィルは掲示の前に立った。
討伐依頼の隣に、魔法薬の素材を求める依頼があった。森や山で集められる物なら、魔物を狩るついでに持ち帰れる。必要な数は多いが、一度に揃えなくてもよさそうだ。
もう一枚、村では売っていない品を探す依頼も目に留まった。こちらは入手先に心当たりがない。依頼主が何か知っているかもしれないので、話を聞きに行くことにした。
*
「いらっしゃい」
魔法屋へ入ると、ソワレが作業台から顔を上げた。彼女は数年前に移住してきた魔術師で、ここでは魔法薬や、魔法を覚えるための魔導書なんかを売っている。ウィルは、ギルドで素材調達の依頼を受けたことを伝えた。
「あ、ギルドに依頼していた素材の調達を受けてくださったんですね。ありがとうございます」
ソワレは手を止め、こちらへ向き直った。作業台の上には、仕掛かりの薬がまだ残っている。
「依頼にも書いた通り、魔法薬の素材が足りなくなって来たので、調達をしたいんです。素材はそんなに珍しいものでもないのですが、少し数が必要なので、定期的にギルドで依頼を発注させて頂いてるんですよ」
「薬草八十束、空き瓶二十本。精霊の輝石二十個、毒針十本。以上になります」
薬草だけで八十束。いつものように道端で見つけた分を摘むだけでは足りそうにない。採取する時間も取らなければ。
「わかりました。どの素材も、入手場所は把握してますので大丈夫です」
湖なら瓶の材料と輝石を一緒に探せる。毒針は山へ出た日に集めよう。いつもの討伐に組み込めば、無理なく進められそうだった。
「どれもDランクの冒険者さんなら苦戦するものでは無いと思いますが、数が多くて申し訳ないです」
「いえ。何日かかけて集めてきますね」
「素材の納品は全て集まってから、そこの箱にお願いします。頑張って下さいね」
ウィルは箱を示すソワレに頷き、店を出た。
*
もう一人の依頼主は、酒場にいた。
扉を開けると、昨夜の酒の匂いがまだ残っていた。依頼主は冒険者兄弟の弟、ガインだった。こちらを見つけると、話しかける前から手を上げた。
「よぅ! 依頼を受けてくれた冒険者ってのはお前の事だろ?」
「はい。敵コナーズを探してるって」
「最近順調にやってるみたいじゃないか。この間までいたずら小僧だと思ってたのに、歳取ると月日が経つのが早いってほんとかもな」
ウィルは笑って頭を掻いた。この間まで、というところには、あまり言い返せない。
「まぁ世間話は置いといて、依頼の話だな。実は欲しいアイテムがあるんだけど、この村だと売って無くて困ってるんだ。敵コナーズっていうアイテムなんだけど、それ自体は大したもんでもない。王都とかだと普通に売ってるしな」
「この辺りでは、売ってないんですね」
「ちょっと急な入用なんだけど、お前地元だろ? この辺で手に入る所を知ってたりしないかなって思って依頼をだしたんだけど、どうだ?」
聞いたことのない品だった。ウィルは首を振った。
「まぁ今すぐに用意できなくても、王都に行って帰るよりは早いと思うから、もし手に入れたら持ってきてくれよ」
ガインは少し考え、指を立てた。
「ちなみに敵コナーズは古代遺物系の魔物から手に入る事もあるらしいぞ。特におもちゃが動いてるようなモンスターとかいるだろ? あーいうのを倒した時に見つかったって聞いた事があるよ」
「おもちゃみたいな……」
「確かクマみたいなやつ……? うろ覚えでごめんな、頼むぜ!」
今まで森で戦った相手の中には、思い当たるものがない。おもちゃが動くような魔物と言われても、どんな姿か想像がつかなかった。
「あんまり詳しい事言えなくてすまねぇな。よろしく頼むぜ!」
「はい。手に入ったら、持ってきます」
*
プリシラとエレノアを誘い、その日は峠の山道へ向かった。
道々、魔法屋で頼まれた品を伝えると、プリシラが目を丸くした。
「……いっぱいだね?」
「うん。今日は毒針を集めたいんだ。教官の試練の分も、別に取っておこうと思って」
「大丈夫ですよ。小分けの袋は余分に用意してありますから」
話しながら山道を登っていくと、プリシラが立ち止まって耳をピクつかせる。彼女の指し示した方向に歩いていくと、次第にキラービーの羽音が聞こえてきた。三人が足を止めると、低い唸りが木立の右から近づいてくる。ウィルは腰の短剣を抜き、二人の前へ半歩出た。
木立から飛び出したキラービーが、目の前を横切った。羽音が耳のすぐ横を抜ける。追って刃を振ったが、切っ先は空を切った。目で追った時には、もう手の届かない高さにいた。
キラービーは高いところで向きを変え、針を前にして急襲してきた。振り向きざまに空いた左の脇へ、針がまっすぐ入りかける。ウィルは咄嗟に短剣の腹で針を払うが、払いきれずに針の先が袖を裂く。腕の内側が、すっと冷たくなった。
プリシラが横から飛び入ると、キラービーは彼女へ向き直った。尻の針がそちらを向く。プリシラは意に介さず、その腹へ拳を叩き込む。鈍い音が響き、羽音が乱れて高度が落ちる。ウィルはすかさず踏み込み、腹部の節目にそって短剣を滑り込ませた。乾いた手応えと共に、キラービーが落下する。羽をばたつかせ、ギチギチと不快な断末魔を上げながら、やがて息絶えた。
裂けた袖の下には薄っすらと、赤い筋が一本浮いていた。幸いかすった程度で、毒も痺れも無いが、念のため少し休憩しよう。
討伐証明の剥ぎ取りをエレノアに頼み、彼女が毒針を外して包む間、ウィルは周りを見張った。遠くで、まだ別の羽音がしている。包みがしまわれるのを待って、三人は探索を再開する。
少し上ったところで、坂の上から羽音が二つ下りてきた。一匹はエレノアへ、もう一匹はウィルの方へ分かれる。
エレノアが杖を向けた。短い詠唱のあと、小さな炎が羽を焼く。焦げた匂いにプリシラが鼻を鳴らし、落ちてきた一匹を拳で地面へ叩きつけた。
もう一匹がウィルに向かって突進してくるが、今度は腕が出そうになるのをこらえた。先程の経験から、あれは威嚇行為だとわかった。念のため刃を盾にしつつ、追わずに相手の動きに合わせて躱し、向き直る。一匹を仕留めたプリシラが横から前へ出ると、キラービーはそちらへ向きを変えて毒針を構える。待っていた動作に自然に体が反応し、その背へ踏み込んで短剣を入れる。さっきより、ずっと体が軽かった。
その後は暫く峠を行き来して、そうして何匹も相手にした。
「今日も順調だったね♪」
「でも、最初の一匹は危なかったよ」
「見ていて少しヒヤッとしました。兄様、気をつけて下さいね?」
帰り道では砂トカゲも一匹仕留めた。そこから取った襟巻きは、すぐ売る物とは分けておく。後で教官に証明を求められた時、もう持っていると出せるように。袋の口を紐で結び、荷の底へ沈める。
帰る頃には、魔法屋へ納める十本と、教官に見せる十本が揃っていた。
村へ入ると、三人はひと休みしようと酒場へ寄った。マスターに飲み物を頼んで席に着くと、隊長がこちらを見つけて手を上げた。
「お、来たね?」
「今日は、峠へ行ってきたんです」
飲み物を待つ間に、キラービーを相手にしたことを話した。
「動きが早くて、最初は少し危ない所でした」
「飛ぶ相手を追うと、体勢を崩しやすいからね。特に、キラービーは鳥よりもずっと立体的に動くから」
飲み物が運ばれてくると、プリシラが待ちかねたように口をつけた。エレノアも杖を脇へ置き、椅子の背にもたれる。ウィルは喉を潤しながら、隊長に尋ねてみる。
「空を飛ぶ相手って、どう対応すれば良いんでしょうか?」
「二匹目からは、どうしたんだい?」
「追わずに、刃を前に置いて待っていました。それで、プリシラが気を引いてくれたところを……」
「なるほど。それはそれで一つの正解だね。なら、それを詰めてみよう。少し体を休めたら、外へ出ようか」
飲み物の勘定を済ませ、四人で酒場の前の広場へ出た。プリシラとエレノアは荷を預かり、端へ下がる。隊長は腰の剣を鞘ごと外し、ウィルにも同じようにするよう言った。
「まず、普段の構えを見せてくれるかな」
ウィルは脇を締め、体の前に短剣を立てた。隊長が剣を動かすと、習った通り、その根本へ添えに行こうとする。
「今は、こちらへ入らずに待ってごらん」
踏み出しかけた足を止めた。
「構えはそれでいい。前は、相手の攻撃を押さえながら懐へ入る練習をしたね。今日は向こうから来るのを待つ。そのつもりで構えてみて」
「自分から届かせに行かなくてもいいんですね」
「うん。飛び回るキラービーを追うのは大変だ。でも、あちらも攻撃する時には近づいてくる。その中で、返しやすいところへ来た時を狙うんだ」
ウィルは前へ出ようとしていた体を戻した。二匹目の時も、針を防ぐつもりで刃を前に置き、飛び込まずに見ていた。あの時の構えを思い出し、短剣の高さを少し変える。
「こうして、相手が来るのを見てました」
「では、その位置で捌いてみよう。受けた後も、次の攻撃を待てるように」
隊長がゆっくり剣を差し出した。ウィルは鞘の側面を当て、押し退ける。外へ追いやろうと力を込めると、短剣もつられて脇へ開いた。
「そこで止まって。どうかな? この位置は君にとって攻撃をしやすい位置?」
「ここからだと、少し遠いかなって思います」
「では、身体を入れずに横へ。相手と相手の刃から離れる位置に……そう、下がるのでは無く脇に避ける」
隊長の剣をいなし、短剣を左に押しやり、身体は右に……移動しようとしたが、どっちの脚を出せば良いのかわからなくなり、もつれて転びそうになってしまう。
「ははは。いやなに、今まで教えていない動きだからね」
「ウィル~! 前足が軸だよ! 回した上体の後ろに後ろ足をだすの!」
「おや、彼女が君の先生かな?」
隊長がプリシラを見やると、プリシラがえへへと笑う。
「なるほど、拳闘士の彼女から学んでいたんだね」
指摘されると、なんだか少し照れくさい。そういえば、間近で二人に稽古を見られるのは初めての事だったか。情けないところを見られてしまうのは、やはり少し気恥ずかしい。
「彼女、若いのになかなかの使い手だね。良く学び、切磋琢磨すると良い」
「はい!」
隊長は小声だったが、プリシラには聞こえたらしい。向こうで照れくさそうに笑っている。
「そういう事なら、私は武器術としての要点だけ教えるとしよう」
そういって隊長は稽古の内容を少しだけ軌道修正した。武器でカウンターを取る時のための攻撃動作の組み立て方や、剣の重心を意識した手首の使い方など。どちらかと言うと講義に近い内容だったが、実際に体を動かしながら見てもらえたのでとてもわかり易かった。
「今日は疲れているだろうから、この辺りにしておこう。体捌きに関しては、彼女に教えて貰うと良い」
辺りが暗くなってきた頃、隊長はそう言って帰って行った。
「兄様、またあんなお綺麗な方と……」
「ぃ、いや、村長に世話役を頼まれたんだよ。決して自分からでは……!」
「ウィルってば、隊長さん達に見てもらうようになってからメキメキ強くなってるね!」
「ずっとプリシラの見様見真似だったから、騎士の隊長さんに教えて貰えてホント、ありがたいよ」
隊長を見送って荷を受け取ると、プリシラが嬉しそうに胸を張った。
「あたしも褒められちゃった♪」
「ぁ、やっぱり聞こえてた?」
「あんなすごい人に褒められるなんて、あたしもちょっと自信ついたよ♪」
隊長が戦っている所を見たわけではないのに、どうやらプリシラは隊長の腕を見抜いているらしい。ウィルにはまだ、相手の実力を測れる感覚がないので、やはりプリシラとの間にはそれだけ差があるという事なのだろう。相棒を褒められた誇らしさと、未だ並び立つことができていない自分への悔しさが入り混じる。
そんなウィルの内心を察してか、エレノアが魔法屋へ納める方の袋を差し出して話題を変えた。
「これで依頼の品の四つのうち、一つクリアですね」
「ありがとう。あと三つだね」
「後は見知った素材ですから、効率的にまわって早く終わらせましょう」
「うん。薬草は数が多いし、パーティ活動以外でもボチボチ集めておくよ」
そのまま歩きながら明日の相談などを済ませ、エレノアを自宅まで送ると、プリシラと二人きりになる。家が隣同士なので、帰路が同じなのは当然と言えば当然なのだが、家の前についてもすぐに別れを切り出さず、お互い何となく見つめ合ってしまう。
「……今夜も、うちでご飯食べていく?」
「うん! ……あとで、行くね?」
すぐ隣の家へ帰るだけなのに、プリシラはそう言って笑った。ウィルも頷き返す。
お互い先日のことを意識していた。今夜はきっと、特別な夜になるだろう。
プリシラが来るまでに食事を用意しなくては。ウィルは荷を下ろし、台所へ向かった。
今日こそは、自分から好きだと伝えると心に決めて。




