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未だ蕾の勇者様(ノベライズ版)  作者: さじ


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056_姉ちゃんとの約束

 ねーねの家から戻っても、ウィルはしばらく眠れなかった。


 新しい寝台に横になっても、ネージュの言葉を繰り返し思い出していた。やがて眠りに落ちると、夢の中で槌の音が聞こえてきた。


     *


 ケイト姉ちゃんは、まだ剣を叩いていた。


 店の奥にある作業場で、幼いウィルは彼女の仕事を見ていた。炉の前には金床が据えてあり、仕切りの向こうには剣や鎧を並べた売り場がある。


 ウィルは作業の邪魔にならないところに座り、槌が上がっては下りるのを眺めていた。炉の火は明るく、離れていても顔が熱い。剣を火へ戻すと音が止み、取り出せばまた始まる。


 初めは一緒に数えていたが、途中で何回なのか分からなくなった。


「ふぅ」


 ケイトが手を止めた。ウィルは顔を上げる。


「終わり?」


「まだまだ全然。一旦休憩」


「全然なの?」


「全然」


 もう剣に見えるのに。ウィルは作業台の方を覗き、それからケイトを見た。


「もう二時間も叩いて焼いて、ず~っとおんなじ事ばっかりしてるよ?」


「そうだよ~? 一個の鉄の塊を何時間もかけて叩いて伸ばして、やっとこさ剣の形にするんだぁ。ほら、ソコに重たい塊があるでしょ? インゴットっていうんだけどさ、コレも最初はソレだったんだよ」


「えぇ!? この塊をソコまで叩いたの!?」


 指された塊は、剣よりずっと短くて厚かった。これを叩くだけで、あんなに細長くなるのか。ウィルは座っていた場所から身を乗り出した。


「これは普及品なんで、先に溶かして型に流して、大雑把なカタチにしたやつだけどね。高いやつはソコから叩いて作ってるのもあるよ」


「それって何が違うの?」


「ん~。簡単にいうと、イチから叩いた方が丈夫で長持ち」


「そうなんだ~。だったら全部それで作ればいいのに」


「こっちの作り方でも、二日で一本もできりゃ上出来なんだよ? 全部イチから叩いてたら並べて売るほど作れないよ」


「そんなに違うの?」


「そうだよ~? 一本作るのに一週間以上かかんだから」


 来週まで毎日ここへ遊びに来ても、本当なら姉ちゃんはまだ同じ剣を叩いているのか。ウィルは作りかけの剣を見た。


「すげー。それじゃ確かに、今の作り方の方がいいね」


「アタシはイチから叩いて作る方が好きなんだけど、それだけだと商売になんないからね」


「でも、そっちの方が高く売れるなら、高いほうがいいんじゃないの?」


「世の中そんなお金持ちばっかりならね」


「あ~、そっか。高いのばっかりだと買える人が少ないんだ」


「そゆこと」


「すげー。ケイト姉ちゃん頭いいね!」


 ケイトが声を上げて笑った。


「アタシもじーちゃんの受け売りだよ」


 ウィルは改めて、鉄の塊を見た。一週間もかけて作った剣を、姉ちゃんはどんな顔で見せてくれるのだろう。


「……ねぇねぇ。ケイト姉ちゃんの剣て、イチから作るやつっていくらくらいするの?」


「ん~? 素材とか、注文の内容で全然違っちゃうからな~。まぁ一番安いやつで考えて、二十万Gくらい?」


「えぇ!? そんなにするの!?」


「お値段以上の品をお作りしますよ?」


 さっきまでの言い方と違って、ケイトはかしこまって答えた。ウィルも少し背筋を伸ばしたが、すぐに考え込んだ。二十万G。自分のお金を全部集めても、まるで足りない。


「うぅ~ん……でも、決めた!」


「どうしたの?」


「冒険者になったら、お金を貯めてケイト姉ちゃんに武器を作ってもらうんだ!」


「おぉ~?」


「それで有名になって、僕がケイト姉ちゃんの武器を宣伝してあげるよ! そしたら姉ちゃんの武器がいっぱい売れて、姉ちゃん金持ちになれるでしょ!」


「ウィル……」


「ケイト姉ちゃんの作る武具はスゴいって冒険者の兄ちゃんも言ってたよ! 姉ちゃんはすげー金持ちにならなきゃおかしいよ!」


 ケイトはしばらく黙っていた。ウィルが顔を覗こうとすると、こちらへ向き直り、笑った。


「じゃあそん時は、ねーちゃんウィルのために最高の武器を作ってあげる!」


「うん! 約束だよ!」


「ん! ウィルとねーちゃんの約束だ♪」


 ウィルは大きく頷いた。最高の武器を作ってもらうのだから、それを使う自分も、強くならなくてはいけない。


 仕切りの向こうの売り場で、戸の開く音がした。


 ケイトがそちらを見る。ウィルも振り返った。店に入ってきた男は並んでいる武器を見回し、作業場へ目を向けた。


「ぁ、いらっしゃいませ」


「失礼する。ゼビット殿の店はこちらか?」


「そうですけど……」


「剣を打って頂きたい。そのために遠路はるばる参った」


 ケイトは作業場を出て、カウンターの内側から客に応じた。


「特注ですか?」


「……失礼だが、ゼビット殿のご家族か?」


「ゼビットは祖父です」


「……そうか。ゼビット殿はいつ頃戻られる?」


「祖父は亡くなりました」


 男の顔が変わった。


「なんと!?」


「もう三年も前に……」


「おぉぉぉぉ!? なんという事だ……。三ヶ月もかけて参ったというのに、亡くなっておられるとは……」


「遠路遥々来て頂いたのに申し訳ないです」


 ケイトの声がいつもより改まっていた。ウィルも立ち上がったが、二人の話へ入ることはできず、作業場の端で止まった。


「天寿を全うされたとなれば……致し方ない。ゼビット殿のご高名には及ばぬものの、ご子息のジェフ殿も十分に名の知れた鍛冶師。店の商品を見ればどれも良い品ばかり。宜しければジェフ殿にお取次ぎ願えますかな?」


「とーちゃんの方は六年前に事故で……とっくに逝っちまってます」


「なにぃ!?」


「ここいらは辺境ですからね。情報が巡るのも遅いんですよ。未だにお客さんみたいな人、たまに来ますよ。爺ちゃん王都じゃ有名人だったらしいですね」


「ゼビットの作となれば王都の銀翼騎士でも手に出来ぬ業物。あらゆる騎士の羨望の的というモノ……」


「そうらしいですね。アタシにゃタダの偏屈ジジイでしたけど」


 男は唸り、店の剣へ目を戻した。


「特注出来なかったのは残念無念ではあるが、まぁよい。店内に遺るモノも相当な逸品揃い。この剣など無銘とはいえ、見る人が見れば名工五十作にも劣らぬ完成度。流石はゼビットの遺作というところよ」


「ぁ、いえ。いま店にあるのはアタシが打ったモンです」


「……は?」


「……店内の商品はアタシが作ってます」


 ウィルはケイトの方へ顔を向けた。男が褒めたのは姉ちゃんの剣だ。なのにその男は嬉しそうな顔をしていなかった。


「……何をバカな。見たところ十代も半ばという所。いくら名工の孫とはいえ……」


「って言われましても。じーちゃんもとーちゃんも作り置きなんてしなかったもんで、亡くなった時にはなーんも残っちゃいませんでしたからねぇ」


「……待てよ? はは~ん。わかったぞ?」


 ケイトが首を傾げた。


「キサマ、この私を謀りおったな?」


「はぁ?」


「お前のような小娘にナイフ一本打てるわけなかろうが! ここは盗品を捌く非合法商店なんだろう? 孫とかいうのも嘘っぱちだな!?」


 何を言っているのか、ウィルには分からなかった。ずっと見ていた。ケイトが鉄を焼いて、槌で叩いて、形を直しているところを。


「お客さん、流石に失礼じゃありませんか?」


「ウルサイわ! 薄汚い盗人め!」


 男がカウンターを乗り越え、内側へ入ってきた。その手が、ケイトの腕を掴んだ。


「剣の価値も分からぬ小娘が! こい! 衛兵に突き出してやる!」


「いや……痛い……離して!」


 引かれたケイトがよろめいた。ウィルは作業場から飛び出した。


「ケイト姉ちゃんを離せ!」


「黙れクソガキが! そもそも店に子供しかおらん時点で怪しいと思ったわ!」


「ウィル! 逃げて!」


 ケイトの声がした。けれど逃げたら姉ちゃんが連れていかれてしまう。ウィルは男のそばへ踏み込んだ。


「させぬわぁ!」


 避ける間もなく、仕切りの際で男に殴り倒された。床へ叩きつけられ、息が詰まる。ウィルは口を開けたが、うまく空気を吸えなかった。


「いやああああ!!! ウィルーーーーッ!!!!」


「騒ぐなぁ!」


 ケイトの叫びが途切れた。ウィルは顔を上げようとしたが、腕に力が入らない。


「小僧を使って仲間を呼ぶ算段だったのだろう? スラムの闇商店でよくある手だ。こんな片田舎であれば薄汚い商売をしおって……ドブネズミが! 誉れ高いダルトン様の慧眼には通用せぬわ!」


「ウィル! 返事して! ウィル!?」


 呼ばれている。聞こえていると答えたかった。口を開くと咳が出て、その後に出せるはずだった声がなくなった。


「今この場で殺されたいか? それとも小僧を殺すか? 大きな声を出すんじゃない! わかったか!」


「うぅ……」


 ケイトが声を止めた。


「ん?お前……よく見ればナカナカ。……ふっ、はははははは!こっちへ来い!」


「ぃゃ……離して……っ!」


 ぼんやりした視界に、引きずられていくケイトの足が見えた。男は彼女を仕切りの向こうの鍛冶場へ連れ込んだ。表の通りは近いのに、彼女は助けを呼べない。ウィルを殺すと脅されているせいだ。


「こんな辺境村くんだりまできて、何の成果も無しでは割りに合わんからなぁ。……服を脱げ」


「う”ぅぅ……」


 姉ちゃんは、僕のせいで呼べないんだ。


 ウィルは指を床にかけた。少しでも起き上がれば、逃げていいと言える。自分で外へ出られれば、助けを呼べる。


 体を引こうとした途端、痛みで手が止まった。


「いいか? 少しでも逆らえばガキを殺す」


「あの子には……手を出さないで……!」


「だったら早く脱がんかぁ!」


 さっきまで槌を振るっていた人の声が、細く震えていた。ウィルはもう一度腕を伸ばした。ケイトはこちらへ来られない。自分が近づかなければ。


「おぉ……素晴らしい……。良い肉付きに適度に引き締まって……なんとも男好きのするカラダよぉ。決めたぞ。お前は今日から吾輩の性奴隷だ」


「だれが……」


 指先をつき、床を押す。足も動かそうとしたが、どこへ力を入れればよいのか分からなかった。顔を上げるより先にまた下を向いてしまう。


「ん~? 小僧を殺すか?」


「ぅぅ……」


 その声を聞くと、ケイトが動かなくなった。


「安心しろ。お前の態度次第では愛人くらいにはしてやってもよい。吾輩に誠心誠意、奉仕する事だ。向こうを向いて四つん這いになれ」


 また、自分を殺すと言った。男がそう言うたびに、ケイトは逆らえなくなる。


「なぁに……大人しく壁のシミでも数えていればすぐに終わる」


「う”う”う”……」


 脇の壁に視線を動かす。


 手の届きそうなところに、大きなハンマーがあった。ケイトの祖父が使っていたらしい、大事なもの。無骨で子供の手には余る代物だが、たった一度だけ振り下ろせれば十分だ。


「ふふふふふ。いい女じゃないか……名剣は手に入れられなかったが、とんだ拾い物だぞ」


 ウィルはそちらへ手を伸ばした。


 届かない。


「今からお前を犯すが……そうだな。『私を犯して下さい、ダルトン様』と言え」


 もう少しだけ体を引いた。服が床を擦る。息を吸うたびに痛くても、止まったら道具は遠いままだった。


「フー……フー……」


「よし、まず小僧を殺してから無理やり犯す事にしよう」


 指先が触れたが、重い。普段でも容易に振り回せる重さではない上に、今の状態では二度目はないと手にした瞬間に理解できる。


 落とさないよう握り、肩にかけて男の方へ向きを変える。二人は鍛冶場の中、炉の近くにいた。ウィルは床を這うように歩いた。足元から、男の背中の方へ。


「わ……私を犯して下さい、ダルトン様」


 立とうとして、一度膝が折れた。


 それでも道具は離さなかった。持った手を下につかず、もう片方の手で体を支える。男がケイトを見ているうちに、ウィルは残っている力を込めて身を起こした。


「あぁん?なにぃ?そんな小さな声では聞こえんだろうが!ちゃんと『滅茶苦茶に犯して孕ませて下さい』と、大きな声で言わんとなぁ!」


 そんな事、絶対にさせるもんか。


 残った力を振り絞り、肩に担いだハンマーを大きく振りかぶって、全体重をかけて男の頭に振り下ろした。ゴスっという鈍い音と同時に、男がよろけてケイトを掴んでいた手がほどけた。


「ぉ……ぉ前……なん……」


 頭から血を流した男が、フラフラと振り向きかけながら倒れる。ピクピクと震える男を見下ろして、ウィルは初めて口を開いた。


「ね”ぇ”ちゃんにざわ”んな”……ゲスや……ぼ……ブホッ」


 最後まで言えなかった。咳き込むと、立っていたはずの床へ、顔面から倒れ込む。


「ウィル!?」


 今度はケイトがそばへ来た。


 助かったのか確かめたくて、ウィルは顔を上げようとした。


「ね……ちゃ……だい……じょ……ぶ?」


「大丈夫じゃないのはアンタだよ!!」


 そうかもしれない。けれど、もう一つ、言わなくてはいけなかった。


「ごめ……大事な……ど……ぐ……で……」


「そんなのいい! いま助けを呼んでくるから!」


 ケイトが離れる。行ってほしくなかったが、袖を掴むこともできなかった。


「誰かたすけてぇーーー!! ウィルが死んじゃう!!!」


「ケイトじゃないか!? なんて格好だ! どうした!? いまいくぞ!!」


 外から声が返ってきた。


 来てくれる。やっと姉ちゃんの声が届いた。


「ウィル……いま助けを呼んだからね! 死んじゃだめだよ! ウィル!?」


「ね……ちゃ……」


「姉ちゃんここにいるよ! 大丈夫だからね!」


 ケイトの顔が近くにあった。泣いている。

 心配させてごめんなさい。でも良かった、ちゃんと間に合った。

 見えない所で何をされていたのか不安だったが、今は目の前にいてくれる。

 顔もちゃんとみえる、少し日に焼けた健康的な肌も、張りのある乳房も、ソレ以外の部分も、ぜんぶ……。


「ね……ちゃ……とって……も……キレイだ……ね……」


 声が、もう続かなかった。


「ウィル? ウィル!? ウィルーーーーーッ!!」


     *


 ウィルは目を開けた。


 ケイトの店ではなかった。横になっているのは自分の寝台で、握っていたはずの手の中には何もない。


 飛び起きかけた背を、柔らかい寝具が受け止めた。握り締めていた手を開く。夢だと分かっても、ケイトの叫びが耳から離れなかった。


「あの時は本当に死にかけた……」


 夢の中では助けに来た人の顔を見ることさえできなかった。その後のことは人から聞いて知った。


「ねーねが治癒の才能に目覚めてなかったら、死んでたらしいし」


「思い返すと、僕ってけっこう死にかけてるんだなぁ」


 ケイトには武器を作ってもらうと約束した。ねーねにも待っていてほしいと言ったばかりだ。


 どちらの約束も、まだ果たせていない。


「……まだしばらく死ぬ訳には行かない」


 ウィルは寝台の縁へ足を下ろした。


「仲間の命と同じくらい、自分の命にも慎重にならないと。死んだら誰も守れない」


「もっともっと、強くなろう!」


 声に出して、ウィルは立ち上がった。


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