004_初めての報告
ギルドへ戻るまで、ウィルは何度かプリシラの横顔を見た。
聞いてみたいことはあった。曲がり道で追いつくと、彼女の髪に小さな枯葉がついていた。取ってやろうと手を上げかけ、隣へ並ぶだけにした。口を開くきっかけを探しているうちに、二人の足音だけが続いた。
女神に会った、と話すのだろうか。夢の中で聞いたことを初めから説明すれば、プリシラは信じてくれるだろうか。それとも、まだ頭を心配させてしまうだろうか。
女の子に愛されると強くなる。その言葉を伝えたら、どうして自分にそんな話をするのかと聞かれるかもしれない。
腰のポーチの中には、使い終わったポーションの瓶があった。歩くたびに、残りの瓶へ触れて小さく鳴る。プリシラが使ってくれたものだ。今は自分の足で歩けている。その訳を考え始めると、夢で聞いた話と、目を覚ましてから彼女に言ったこととが、うまく分けられなかった。
隣を歩くプリシラが、ふと顔を向けた。ウィルは慌てて前を見る。何か言いたかったはずなのに、口から出たのは、道に張り出した枝への注意だけだった。
プリシラのことなら、誰よりもよく知っているつもりだった。一緒に冒険するのも楽しみにしていた。それなのに、今は彼女の赤くなった顔を思い返すだけで、何でもないことを尋ねるのさえ難しく感じた。
木立を抜け、村へ戻っても、結局その話は切り出せなかった。畑の畝の上には日が差し、行きに挨拶した人がまだ働いていた。大きな声で帰ったと言う代わりに、ウィルは上がった手へ手を上げ返す。森にいた間に、村の朝がずっと先へ進んだ気がした。
ギルドの入口で、ウィルは討伐証明の包みがあることを確かめる。結び目を押さえ、戸を開けた。外の光に慣れた目には、長椅子の並ぶ室内が一度暗く映った。朝に踏んだ敷物の上で、靴についた土を見つけて足を引く。プリシラに続いて受付へ近づくと、ノエルが二人を見つけた。
「おかえりなさい。クエストの方は順調ですか?」
受付でノエルに声をかけられ、ウィルは顔を上げた。
ここを出た時にも、彼女に見送られた。あの時は、依頼を受けた冒険者として帰ってくるのが楽しみだった。無事に倒せたと報告する自分を、もう少し格好よく思い描いていた気がする。
実際には、自分が先に倒れ、討伐もその後のこともプリシラに助けてもらった。夢の話まで加わって、何から答えればいいのか迷っていると、プリシラが口を開いた。
「もちろん! ……と言っていいのか分からないけど。クエスト自体は全然問題ないよ!」
明るく始まった声が、途中で少しだけ勢いを失った。プリシラの目が横へ動く。ウィルはその視線を受けて、小さく頭を下げた。何もかも順調だったとは、とても言えなかった。
「討伐証明はウィルから受け取ってね」
自分の名前が出て、ウィルは頷いた。
ウィルはポーチへ手を入れた。瓶を倒さずに包みを引き出そうとして、入り口でつかえた。プリシラがポーチのフタを押さえてくれる。今度は落とさずに取り出せた。包みを持ち直し、一歩前へ出る。
「そうですか。それでは、受付しますね」
ノエルは少し不思議そうにしたものの、二人のやり取りを問い詰めることはなく、報告を受ける方へ話を進めた。
今回は、ギルドからの入門依頼だという。討伐を証明するものは、ここへ提出すればいい。
受付の台に置いて、端から包みを開いた。中の耳が見えると、森でゴブリンへ近づいた時の、冷えた土の感触が戻ってきた。倒れて動かない相手なのに、屈む時にはまだ身構えていた。包みを押さえる自分の爪の脇にも、その土が残っている。
ノエルは耳の付け根へ目を向け、ウィルの持ってきたものを確かめた。
「ゴブリンは左耳が討伐証明になります。右と左、両方を出して二匹分とは数えられませんから」
「一匹から、一つなんですね」
「そうです。例えば、ノームなら頭のてっぺんの若葉。倒した魔物から一つしか取れないものを、証明にしています」
耳を確保する時、プリシラが左を教えてくれたのは、そのためだったのか。ウィルは空いた包みの端を押さえ直した。もう一度自分が取る時には、どちらだったか迷わずに済みそうだ。
ノエルが顔を上げるまで待ち、自分から討伐した場所を伝えた。森の入口から入ったこと、木立を進んで藪のそばで出会ったこと。話しながら、プリシラが走った方角を指そうとして、上げかけた手を下ろした。ここにあるのは受付の台だった。
「倒してくれたのは、プリシラです」
それだけは付け加えた。隣から顔を向けられても、ノエルの方を見ていた。自分の刃は届かなかった。それでも、この包みを持って帰るところまでは、一緒にできた。
「はい、確かに」
ノエルが受け取ったのを見届けて、ウィルはようやく肩の力を抜いた。
これで終わりかと思ったが、ノエルは書類を手元へ引き寄せ、報告の手順を続けた。
「なお、本来は依頼者本人に報告・納品をして、クエスト完了をギルドに報告して頂く事でクエストが終わります」
ノエルは書類の一か所へ指を置いた。そこにある依頼者の名を、ウィルは身を寄せて読む。今回の相手はギルドだが、村の人に頼まれた品を、ここへ持ってくれば済むわけではない。戻った時にどこへ行くかも、出発する前に確かめておくのだ。
「では、クエストの報告もやってみましょう」
隣のプリシラは口を挟まず、説明を聞いている彼を待ってくれていた。ウィルは持ち帰った物を渡しただけで離れず、ノエルに教わりながら、完了の報告まで済ませた。羽根ペンの先が紙の上を走る。窓から光の差す受付で、その細い音を聞いていた。
「これでクエスト完了です。お疲れ様でした」
その言葉を聞いて、口元が少し緩んだ。
冒険者になって最初の仕事を、終えられた。
勇者候補の中では最下位だとか、世界で見ても下の下だとか、そんな女神の評価を思い出せば、喜ぶには小さすぎることなのかもしれない。だが、今のウィルには、この一件を終えられたことが嬉しかった。
ウィルは返された包みに残った土をこぼさないように端を折り、ポーチへ戻した。ノエルに礼を言って体を起こすと、プリシラが一緒に受付を離れた。
*
受付を離れ、二人で外へ出た。出かける時には気づかなかった空腹を、ウィルもようやく意識した。隣でプリシラが家の方へ顔を向ける。
「それじゃ、私はごはんを食べに一旦戻るね」
ここで別れるのかと思って、ウィルはまだ何か言うことがあったような気がした。夢のことか、それともさっきの顔のことか。自分でも決めかねている間に、彼女の方が先に続けた。
「ウィルは一応、ねーねの所に行って診てもらわなきゃ駄目だよ?」
念を押す言い方だった。
ねーねというのは、近所に住むネージュのことだ。ネージュおねーちゃん、と呼んでいたのが縮まって、幼馴染の間ではその呼び名で通っている。ウィルたち皆にとって、姉のような人だった。治療院を開いていて、怪我を治癒の魔法で治してくれる。その家へ行けば、今日の怪我も診てもらえる。
ウィルは、自分の腰に手をやった。森へ持っていったナイフは収まっている。瓶も包みも落としていない。それらのことは何度も確かめたのに、頭を打たれた自分を診てもらうことだけ、後へ押しやっていた。
ポーションで目を覚ましてから、ここまで帰ってこられた。途中では力まで湧いてきた。ウィルが立ち止まっても、村の道にはもう、棍棒を持って近づいてくるものはいない。安全な村に戻ったせいで、倒れた時のことを遠く感じていた。
だが、プリシラの視線は逃げずにこちらを向いていた。彼女にとっては、まだ、自分を呼び続けていた森でのことが終わっていないのだろう。
別れようとしても、プリシラは返事を待っていた。ウィルは頷いた。
「うん。色々ありがとう、プリシラ。また後で」
礼を言うと、森での彼女の顔がまた浮かんだ。
少し気になったが、返事を探るように見つめるのはやめた。今はただ、心配してくれたことに礼を言いたかった。それは女神の話を聞く前でも、聞いた後でも同じだ。
「はーい、また後でね!」
プリシラを見送って、ウィルは息をついた。
教わった報告の手順と、女神の言葉が、まだ頭の中で入り混じっていた。けれど、今行く場所は決まっている。
ウィルはネージュの家へ向きを変えた。ポーチを腰へ掛け直すと、瓶が一つ鳴った。半歩進んでから、今度は頭を下げて、植え込みから張り出した枝をくぐる。何でもない動きなのに、森で倒れた時の、自分の意思では動けなかった瞬間が浮かんだ。
道の先には、子供の頃から知っている家が見えた。いつものように声をかければ、ねーねは顔を見せてくれるだろう。今日はどちらの呼び名が先に出るだろう。
冒険者としての初めての報告は済んだ。今度は、森で何をされて、どこを打ったかを、自分から話さなくては。次にプリシラに会ったら、ちゃんと診てもらったと伝えよう。ウィルはポーチのフタに手を掛け、治療院へ歩き出した。




