053_新しい寝床
昨日ギルドで売らずに持ち帰った毛皮を、取っておいた分に重ねた。これで十枚。ウィルは両腕で抱え、工房へ持っていけるように束ねた。
木材はもう運び込んである。森で見つけた倒木は親方に太鼓判を貰い、工房の男衆とプリシラのお陰で難なく移送できた。後はこの毛皮を合わせれば、集めた材料が寝台になって家へ戻ってくる。
手数料は三千ゴールド。借金がまだ五十五万ほどあるが、周囲の識者は誰しもが寝床は整えろと助言をくれる。金を用意する段になるとやはり迷いはあるが、尊敬する人たちが同じ事を言うのだ、大人しくアドバイスに従おう。
先日もらった一万ゴールドの報奨金で少しだけ猶予もできた、お陰で返済に回す分を削らずに済む。ウィルは残す金をしまい、三千ゴールドを毛皮と一緒に荷袋にしまった。
毛皮を抱えて工房へ入ると、作業台の向こうからおっちゃんが顔を上げた。
「よぉ。素材は集まったか?」
毛皮の束を渡し、手数料を払った。作業台のそばには、寝台の脚や枠になる材が揃えてある。エレノアが魔法で乾かしたあと、親方が切り出してくれた物だ。木材は湿ったまま切り出すと、後で歪みの原因になる。エレノアは最後まで丁寧に、魔法で手伝ってくれた。
「よし、全部集まったみてぇだな。ちょっと待ってな」
おっちゃんが長い材を作業台へ載せた。あれが寝台の横木になるのだろう。家に置いたところを思い浮かべると、今使っているものより随分と大きい。
「お願いします。楽しみにしてます」
ウィルは頭を下げ、作業台の前を空けた。
*
出来上がるまでに少し時間がある。ウィルは酒場へ寄り、副長に声をかけた。
「こんにちは! もしお手すきでしたら稽古をお願いしても宜しいでしょうか!」
「ふふふ。えぇ、いいですよ。広場へ行きましょう」
夕暮れの広場には、帰り支度をする人が行き交っていた。通りから外れた、いつもの稽古場所へ進む。副長が腰の剣を抜いた。レイピアよりは太いが、長剣にしては細身の刃だ。傾いた日を受けて、刃筋が細く光った。
「今日からは少し実戦的にしましょう。寸止め、できますか?」
「は、はい!」
ウィルも腰の短剣を抜いた。今日からは鞘を付けない。当たればケガでは済まないかもしれない緊張感に、少しだけ胸の奥がざわつく。もちろん副長は当ても当たりもしない自信があるのだろうが、自分のミスで見目麗しい女性に傷をつけてしまう可能性がある事に、内心の恐れが隠しきれない。
「緊張感を持つのは悪い事ではないけれど、必要以上に怖がっては逆に怪我のもとですよ」
ウィルの内心を知ってか知らずか、副長は笑って緊張を解してくれた。二人の間は三歩ほど。剣先はウィルの胸の高さにある。ウィルは肘を体へ寄せ、刃を少し立てて構えた。
踏み込む距離は、以前より掴めてきた。副長の足が止まったところで間合いへ入り、短剣を打ち込む。刃が噛み合い、硬い音が手首まで響いた。受け止められた刃を押してもう一歩出ると、急に手応えが軽くなった。押していた先に何もない。体だけが前へ流れた。
副長は半歩引きながら剣を返していた。切っ先がウィルの胸元で止まる。服に触れるか触れないかのところで、刃は少しも揺れていなかった。
「受けられた後、どうして追ったんですか?」
「止められたから、押し込もうと……」
「その前に、相手が何をするかは?」
ウィルは胸元の切っ先を見た。自分の刃を押し込むことばかり考えて、相手の剣が離れたことにも気づかなかった。そう分かってから、ようやく切っ先が下がった。
三歩下がって間合いを取り直し、短剣を構え直す。もう一度打ち込んだ。刃が合った瞬間、副長の手首が返った。今度はそれが見えた。ウィルは押すのをやめ、踏み込んだ足を引く。剣先が服の前を通り過ぎ、遅れて風が胸に当たった。
「そう。相手が必ず押し合ってくれるとは限りません。これからは少しレベルを上げて、こちらも打ちますからね」
「はい! もう一度、お願いします」
副長が剣を構え直した。剣先が、さっきより少し上がっている。
次は下がるつもりで構えてしまい、最初の一歩が小さかった。踵が後ろに残ったまま、一歩目が剣の届く手前で終わる。副長は首を傾げ、さっきはもっと近かったと言う。ウィルも近づけていないことは分かるのに、剣を見ると足が止まった。
「打つ前から、下がることを考えているでしょう?」
「分かりますか」
「分かりますよ、さっきと目線が違います。ちょっと素直過ぎるかな」
ウィルは苦笑し、息を一つ吐いた。今度は逃げ腰にならないよう、大きく足を踏み出した。まずは一撃を届かせる。刃が合い、腕に手応えが返ってきた。その後は副長の動きに合わせて退く。剣先だけでなく、肩と手首を一緒に見る。返された剣が来る前に、足はもう後ろへ動いていた。
何本か繰り返すうちに、少しコツが掴めてきた。受けられても無理に押し込まず、打ち込んだ瞬間の感触と相手の目線や体捌きを確かめ、引き込まれそうならばこちらも引く。入って、打って、退く。刃の合う音が、少しずつ同じ間で鳴るようになる。額の汗を拭う暇もなかった。反撃の剣をかわして構え直すと、副長が頷いた。
「あなたは、筋がなかなか良いですね。教え甲斐があって私も楽しいですよ」
褒められて嬉しくなり、ウィルはもう一本と頼んだ。副長も剣を上げて応えてくれた。広場に落ちる二人の影は、来た時よりずっと長く伸びていた。
けれど、道を通る人の顔が見えにくくなったところで、彼女は稽古を切り上げた。
「ふぅ。こんなに真面目に稽古したのは久しぶり……ぁ、今のは隊長には内緒ですよ? ふふふ、そろそろ切り上げましょうか」
ウィルは礼を言い、短剣を鞘へ収めた。柄を握っていた手が、まだ少し熱い。寝台ができるまでのつもりが、すっかり夢中になってしまった。おっちゃんを待たせているかもしれない。急いで工房へ向かった。
*
おっちゃんはウィルを見ると、得意そうに笑った。
「おぅ、できたぜ。まぁ俺様にかかればこんなもんよ」
ウィルは思わず辺りを見た。完成した寝台を見せてもらえると思ったのだが、おっちゃんはその顔を見て続けた。
「もう自宅に設置してあるから、後で見に行くといいぜ」
そこまで済んでいるとは思わなかった。ウィルが礼を言うと、おっちゃんは軽く手を振った。
「そんじゃー、またなんかあったら頼みにきな。これからも頑張れよ」
家へ帰る足が、自然と速くなった。
戸を開けると、見慣れた部屋の中に新しい寝台が収まっていた。広々寝れるでっけぇベッド、とおっちゃんが手を広げていたとおり、前のものよりずっと大きい。おっちゃんにボロボロと言われた古い寝台は、もう部屋のどこにもなかった。
縁に腰を下ろすと、尻の下がふわりと沈んだ。両手をついて体重をかけても、柔らかく受け止めてくれる。隣はまだ広々と空いている。これなら、寝返りを打つたびに寝台から落ちかけることもなさそうだ。
思わず横になりかけて、やめた。まだ夕飯の支度がある。楽しみは後に取っておこうと立ち上がったところで、戸を叩く音がした。
「誰だろう? はーい」
「ウィル~。入ってい~い?」
「プリシラか。どーぞー」
戸が開いて、プリシラが顔を出した。耳がこちらを向き、尻尾が機嫌よく揺れている。
「うふふ、きちゃった♪」
「どうしたの?」
「新しいベッド来たんでしょ?」
「うん」
一緒に材料を探したプリシラも、出来上がるのを楽しみにしていたらしい。
「見てい~い?」
尋ねながら、もう視線は寝台へ向かっていた。ウィルはその顔を見て、先に釘を刺した。
「……寝るなよ?」
「うふふ❤」
返事にはなっていない。プリシラは軽い足取りで寝台へ近づき、手をついた。
「寝るなよー?」
背中へ念を押してから、ウィルは夕飯の支度へ戻った。
最初は背後で寝具の動く音がしていた。食事を整えているうちに、それが途絶える。ずいぶん静かだと思って振り返ると、プリシラはすっかり横になっていた。
目を閉じ、気持ちよさそうに眠っている。
「だと思ったよ……」
まだ、自分だって寝ていないのに。
起こそうと近づくと、プリシラが寝具へ頬を擦り寄せた。すぐには起きそうもない。ウィルは苦笑して引き返し、食卓へもう一人分の器を並べた。
*
「プリシラ。おーい、起きてプリシラ」
声を掛けると、耳がぴくりと動いた。目は開かない。
「むにゃむにゃ」
「……ご飯できたよ」
「……ゴハン」
今度は返事があった。プリシラの鼻先が、わずかに動く。食卓の方へ顔を向けるくせに、体はまだ寝具から離れなかった。
「夕飯まだでしょ? 一緒に食べてくよね?」
「……ン。タベマス」
そう言ってからも、プリシラはすぐには起きなかった。頬を寝具へ寄せたまま、惜しそうに目を細める。
「む~。このベッド気持ちいぃ」
「おっちゃん、腕は確かだからね。ほんとありがたいよ」
「ねむい……けどウィルとゴハンも食べたい」
「なら起きて。ほら、いくよ」
「……ふにゃ」
差し出した手を、プリシラが取った。引かれるのに合わせてようやく身を起こし、寝台の縁へ足を下ろす。まだ半分眠っている顔で、ウィルについてきた。
席に着いたプリシラは、さっそく料理へ手を伸ばした。さっきまで眠そうだったのが嘘のようだ。
「どう? 僕より先に寝た感想は」
「すっごくいい。ウィルも寝てみなよ!」
「僕のベッドなんだけど……」
プリシラが照れもせずに笑う。つられて笑いながら、ウィルも向かいの席に着いた。




