051a_選ばなくていいんです
村長の家に着いた時、今日も授業はまだ続いていた。プリシラにはエレノアを呼んですぐ戻ると言ってある。
戸口から覗くと、先生の脇に立っていたエレノアがこちらに気づいた。声は出さずに、顔だけがぱっと明るくなる。ウィルは小さく手を上げて、終わるのを待つことにした。
「それでは、本日の授業はここまでにしましょう」
「おわったー!」
先生が言い終えるなり、リッツが立ち上がった。昨日あれだけ揉めていても、今日も三人は揃って来ていたらしい。迎えに来たウィルは戸口のそばで道を空けた。
「よーし、いつもの広場まで競争だぜー!」
「ふふふふふ、そういうと思って、既に帰りの準備は済ませてあるのですよ! 一番のりは頂きです!」
「あ! ずるいぞ! まてー」
ヘンリーが先に飛び出し、リッツが追う。椅子の間に残ったメルフィナは二人の去った方を見て息をついた。
「はぁ。ほんと騒がしいヤツラ……」
メルフィナも帰ってから、ウィルはエレノアへ近づいた。
「来るのが少し早かったかな」
「授業中の来客は珍しくないですし、少し早いくらい大丈夫ですよ」
「そっか。この感じ、懐かしいな」
授業が終わると、急に椅子の音が増える。早く遊びに行こうとする声や、帰り支度をしながら続くおしゃべり。昨日は口論に気を取られたけれど、こうして見ていると自分が座っていた頃とあまり変わらない。
「私は卒業後もここですから、あまり変わり映えはしないですけれど」
「そうだよね。チューターの仕事はどう?」
「学生の頃と殆ど変わりませんよ。少し重いものを持つ機会が増えたくらいです」
「エレノアさん。人形を倉庫に片付けておいて頂けますか?」
「ぁ、はーい!」
先生はしばらくエレノアを見てから、背を向けた。
「噂をすれば、です。ちょっと行ってきますね」
ウィルは人形を見た。勉強を教える手伝いはできなくても、重いものを運ぶくらいなら代われる。
「ぁ、それなら僕が持つよ。あれ、結構重いでしょ?」
「いいんですか? 実はとっても大変だったんです、お言葉に甘えさせて下さい♪」
「任せてよ。どこに運ぶか教えてくれる?」
「はい、お願いしますね」
ウィルは人形を持ち上げた。確かに、片付けるたびに一人で運ぶには重い。先に立ったエレノアについていく。
倉庫へ入ると、足元を確かめながら教えられた場所へ下ろした。
「よっと」
手を離して腰を伸ばす。エレノアはその様子を見ていた。
「ウィル兄様、もうすっかり大人の男性って感じですね♪」
「そうかな? まぁ冒険者になるために鍛えたから、少しはマシになったかも」
「昔は背も同じくらいだったのに、いつの間にか見上げる様になってしまいました。ほら」
エレノアが寄ってきた。並んでいる時には意識しなかったが、こうして正面に立たれると目の高さが違う。
「本当だ、結構ちがったんだね」
「……んもう、動じてもくれないんですか?」
「え? それってどういう……」
「女の子が自分からくっついてるんですよ? ドキドキしないんですか!?」
「あぁ、そういう……」
昨日も返事に困って話を逸らしてしまった。ウィルが言いよどむと、エレノアは眉を寄せた。
「酷いです兄様……。私には魅力を感じてくれないんですか? やっぱり……胸の大きな人がいいんですか!?」
「えぇ!? ど、どうしてそうなるの……?」
「だって……プリシラさんとか、ネージュ姉さまとか、兄様の周りには胸が大きくて綺麗な女性が沢山です……。それに比べたら私……」
俯きかけた顔が、すぐに上がった。
「言っておきますけど、私だって、別に小さい方ではないんですよ!?」
「そ、そんな風に思ったことないよ?」
「本当ですか!? ちゃんとわかって頂けてますか!?」
「も、勿論だよ。それに、エレノアだってとっても可愛いよ? 旅の人とか、冒険者の人とか、すれ違う人が皆ふりかえって見てるもん」
「それは……そうですけど。でもそれってやっぱり、お姉さま達の方が見られてますよ!」
そこで一度言葉を切り、エレノアは首を振った。
「って、そんな人達はどうでもいいんです! 兄様は私の事をどう思ってるんですか!」
「それは勿論……好きだよ?」
「それ絶対に家族としてとか、妹としてとかのやつじゃないですか!」
ウィルは答えに詰まった。違う、とすぐに言えなかったのは、それも本当だったからだ。けれどそれだけではないことも、もう分かっていた。
「兄様わかってますよね!? 私とプリシラちゃんが兄様のこと好きだって事!」
「ぅ、それは……」
一歩退くと、エレノアも一歩近づいた。もう一歩下がったところで、背中が壁に当たる。
「さぁ、ハッキリ言って下さい! 私は兄様の事が好きなんです! 小さい頃からずっとですよ!」
「はわわわわわわわわ」
「女の子にこれだけ言わせて、なんとも思わないんですか!?」
「お、おちついてエレノア」
「落ち着いてられるわけ無いじゃないですか! どれだけ待ってると思ってるんですか!」
近くで響いた声に、ウィルは口を閉じた。
いつか答えを出さなければと思っていた。その間もエレノアは待っていたのだ。昨日話を逸らした時も。今、すれ違う人の話をしていた時も。
「わかった! 答えます! 正直に答えるから……ちょっと離れて!」
「イヤです、離れません。ウィル兄様の温もり感じていたいんです。このまま答えて下さい」
「で、でも……離れてくれないと……その」
「何が嫌なんですか? さっき可愛いって言ってくれたじゃないですか!」
「嫌な訳じゃないです……。違うんです……その、僕も男の子なんです……」
エレノアは一瞬黙った。言葉の意味に気づくと、勢い込んでいた顔が変わった。
「ウィル兄様、これって……そうなんですね」
先ほどより小さな声で、「兄様……すごい」と続ける。
「うぅ、あの……エレノアさん?」
「私で大きくしてくれたんですよね……? 嬉しい……私も兄様に女として見てもらえていたんだ……」
エレノアが慈しむように、丁寧に撫で回してくる。
「エレノア、それは……マズイよ……」
「何がですか? それより、答えてくれるんですよね?」
「ぅ、はい。その……」
「はい」
今度は、急かされなかった。エレノアが待っている。ウィルは息を吸った。
「エレノアの事、女性として……好きです」
「本当に?」
「本当です……、ただ……」
「ただ?」
「その……二人の気持ちは、そうなのかなって思っていたんだけど……」
「けど?」
「……選べないよ」
エレノアはすぐには何も言わなかった。口にしてしまうと、ひどく頼りない答えだった。それでも今ここで嘘を言うわけにはいかなかった。
「どちらかを選べば、選ばれなかった方は悲しい思いをする。そう思うと……答えが出せない」
「……はぁ。でもまぁ、そうだろうと思っていました」
「ごめん……。だけど、やっぱり傷付けるのが怖いんだ。優柔不断なのはわかってるんだけど、二人とも同じくらい好きなんだよ。家族としても、女性としても」




