050b_冒険者になるために
子どもたちは帰り支度もせず、閉まった戸を睨んでいた。エレノアも困ったように三人を見ている。
ウィルは教室の方へ歩いた。
「君たち、そんなに勉強が嫌いなの?」
「だって、意味ないじゃないですか! 冒険者になって最速で活躍するためには勉強なんてしている暇はありません!」
ヘンリーが答えると、リッツも大きく頷いた。
「勉強なんかしたってモンスターは倒せないぜ! やっぱ冒険者は強くならないとな!」
「う~ん。確かに冒険者に強さは必要だけど、強いだけじゃ冒険者は生きていけないよ?」
「なんでだよ! モンスター倒して報酬の計算さえできればなんとかなるだろ!?」
さっき分からなかった計算は、もうできることの中に入っているらしい。ウィルは笑いかけてやめた。本人は真剣だ。早く強くなりたい気持ちなら、よく分かる。
ウィルは子どもたちの目の高さへ屈んだ。
「冒険者は知らない場所に行って、何日も野宿する事だってあるんだ。その時に火の起こし方も知らないようじゃ、休むことも食べる事もできないよね?」
「そんなもん、魔法でつければいいじゃんか」
「戦って魔力が無かったら?」
リッツが口を開きかけたところへ、ヘンリーが言った。
「火打ち石という便利な道具があるじゃないですか」
「モンスターとの戦闘中に道具を失う事なんてよくある事だよ? 火打ち石が無かったら?」
「魔力が回復するまで休んでればいいじゃん!」
ヘンリーも、だんだん口調がぞんざいになってきた。
「体が濡れて凍えそうな時に、魔力が回復するほどゆったり休めればいいね」
言い返そうとしていたリッツが、唇を結んだ。
ウィルは続きを待った。リッツはヘンリーを見たが、さっき火打ち石を挙げた口も今は閉じている。二人が目を逸らしたところで、メルフィナが少し身を乗り出した。
「……この間、水とポーションの空き瓶で火をつける方法を教わったわ」
エレノアと相談し、水を入れた瓶を凸レンズ代わりにする授業を準備したことがあった。あの時に習ったことをちゃんと覚えてくれていた。ウィルは嬉しくなって頷いた。
「そうだよね。それが学問だよ。もっと言うと、その水が無かった時に水を確保するための知識や方法なんかも学問だよね」
ヘンリーは、もう割って入ってこなかった。リッツも黙って聞いている。
「良い冒険者……っていう言い方が合っているかわからないけど、生き残っている上位の冒険者は学問が要らないなんて言わないと思うよ」
ウィルも昔は机に向かうより外で遊んでいたかった。それを変えてくれたのはシルトおじさんの言葉だ。今度は自分が、この子たちに伝えられるかもしれない。
「学校の勉強も、冒険者の修行みたいなものなんだよ。自分がいま、どんどん立派な冒険者に近づいているんだって思ったら、勉強も楽しくなってこない?」
ウィルは、そばに立つエレノアを見た。
「僕はそうだったけどな。……ね? エレノア」
「兄様ってば、お勉強の時間もワクワクしてて、いつもとっても楽しそうでした♪」
三人はしばらく黙っていた。やがて、リッツが顔を上げた。
「他ならぬウィル兄ちゃんがそういうなら……俺、勉強も頑張る!」
「僕だって負けませんよ! 先に立派な冒険者になるのは僕ですから!」
ヘンリーもすぐに続いた。先ほどと同じ張り合う声なのに、エレノアの肩からは力が抜けた。
「私は冒険者は目指してないけど、学問が大事という事は理解できたわ」
二人の少年が同時にメルフィナに振り向いた。
「お前、一緒に冒険者になるんじゃなかったのかよ!?」
「……私は一言もそんな事言ってないわ」
リッツがヘンリーを見る。ヘンリーもリッツを見る。メルフィナは二人の相談が終わるのを待つように立っていた。
ウィルはとうとう、小さく笑ってしまった。
*
子どもたちが帰ると、声の行き交っていた教室に椅子を戻す音が響いた。
ウィルも近くの一脚を揃えた。
「兄様、ありがとうございました。お陰で子供たちもすっかりやる気を出してくれたみたいです♪」
「ううん。昔の自分と話してるみたいで、なんだか面白かったよ」
「確かに、おじさまに言われるまでは兄様もお勉強嫌いでしたものね♪」
やっぱり覚えていたか。ウィルは苦笑した。あの三人の前で言われなくてよかった。
「だから見ててちょっと気恥ずかしかったよ。おじさんには本当に感謝してる」
「もっとも、そのおじさまとリリシラさんの子供なのに、プリシラちゃんはお勉強嫌いですけど」
「ま、まぁ……向き不向きってあるから。不思議なことに、プリシラはそれでも一通りできるしね」
「確かに……何だかちょっとずるいですよね」
「ははははは」
プリシラがここにいたら、きっと何か言い返している。むっとした顔まで思い浮かんで、ウィルはまた笑った。
エレノアは、揃え終わった椅子から手を離した。
「でも、おかげで私はお勉強の時間に兄様と二人きりでしたので、それはそれで嬉しかったです」
ウィルは椅子を揃える手を止めた。二人で勉強するのは自分も楽しかった。けれどエレノアが言いたいのは勉強のことだけではないらしい。顔を向けると、まっすぐ目が合った。
「そ、そう?」
「はい」
エレノアは笑顔のまま、返事を待っている。ウィルは目を逸らした。
「そ、そろそろ冒険に行こうか!」
声だけが大きくなった。
エレノアの笑みが止まる。ほんの少し唇を尖らせて、彼女は言った。
「……いくじなし」
「あ、あはははははは」
ウィルは笑うしかなかった。さっきまでは、あんなにうまく話せたのに。
先に歩き出したエレノアの後を追い、戸へ手を伸ばす。開けて待つと、彼女はウィルを一度だけ見上げてから外へ出た。




