049b_井戸の底の破壊神
「あー、はじめましてっすよね? 違ったらすんません……」
近づくより先に、塊の方から話しかけてきた。
「自分、人類種を見分けるのはちょっと苦手でして。まともにお客さんとお話しするのも初めてなんすよ」
触手の一本が、頭を掻くような仕草をした。
「は……え? お客さん?」
「あ、はい。多分お外のワンちゃんに連れて来られた方かなって思ったんですけど、違いました?」
「あ……そ、そうですね。多分そうです」
「あ~よかった! 違ったらこの世から消滅させなくちゃいけない所でしたよ~」
ウィルは息を呑んだ。声が出ない。
「いやいやいやいや、嘘っすよ。記憶消してお帰り頂くだけっす、ほんの破壊神ジョークっすよw そう警戒しないで下さい」
妙な喋り方。記憶を消す?破壊神。というか、どこから声が出てる?なんにしても、冗談には聞こえなかった。ウィルは再び柄へ手をかけ、黙ったまま力を込めた。
「お兄さん疑り深いっすね~。きょうびこんなフレンドリーな破壊神そういないっすよ~? リラックスしてお話ししましょうよ~? ね?」
たくさんの目が、一斉にこちらを覗き込んだ。冷や汗が、濡れた背中をもう一度伝った。
「そ、その……すみません、ちょっとお姿が……、あまりにも衝撃的だったもので……」
「あ~、まぁそうですよね~。破壊神なんてこの辺じゃあんまり見かけないですもんね~」
「はい……その、多分一生見かけない人の方が多い……ですかね」
「そっか~。そうですよね~。人類種って寿命そんなに長くないですもんね~」
話が噛み合っているのか、いないのか。ウィルは一度唾を飲み込み、思い切って声を張った。
「……あの! ……すみません、もしよろしければ、質問などしても宜しいでしょうか?」
「あ、すみません自分ばっかり話してしまって。なにせ来客なんて滅多にないし、あってもマトモに話ができないもんですから嬉しくって。もちろん構わないっす!」
そこで、目の中の一つが上を向いた。
「……あ、ちょっと待って下さいね?」
「は、はい」
「ちょっとちょっと! BGM! これなに!? こんなんじゃお客さん怖がっちゃうよ!」
誰に言っているのか分からなかった。ウィルと塊のほかに、この洞には誰もいない。
低い音楽が、すうっと小さくなって消えた。
「もっと気つかってよ~? ただでさえこんな場所なんだから、音楽くらいリラックスできなきゃ! でしょ!? そうおもわない!?」
少し間があった。
代わりに流れてきたのは、ゆったりとした、ひどく優しい調べだった。子守唄のようでもある。
「まってまって。ごめん、これは流石にちょっと優しすぎるというか、そんなに何かあるわけでもないから、もうちょっとカジュアルに。明るめでお願いします」
また音が消えた。
今度は、村の広場で聞こえてきそうな、軽やかで明るい曲になった。
「あ~うん、こんなもん。いいね、リラックスできる。やればできるじゃな~いw」
塊は、見えない誰かに向かって笑った。さっきから、言葉の後ろに認識できない何かが付け加わっている様に感じるが、良く判らない。なんとなく、脳裏に草原のイメージが浮かんでは消える。
「ほんとイジるの好きなんだからもうw 頼みますよほんとにw」
ウィルは洞の奥を見た。話しかけている相手は、やはりどこにも見当たらなかった。
「ぁ、あの……」
「あ! ほんとすんません。おまたせしました! もう大丈夫です!」
「ぁ、はい……ありがとうございます」
ウィルは背筋を伸ばした。そういえば、自分もまだ名乗っていない。
「それでは……ぁ、まずは自己紹介しますね。僕は冒険者のウィルと申します」
「あぁ~これはご丁寧に! すみません気が付かなくて! 申し遅れました、わたくし人類種の方には『神殺す原初の蛇』などと呼ばれているモノで、いちおう破壊神やらせてもらってます」
「あ、やっぱり破壊神……様? なんですね」
「あぁいやいや、破壊神とは言ってもこの世界の神格って訳ではないんですよ! それに今回は半分オフみたいなもんですから!」
「え、あ……では、なんとお呼びすれば宜しいでしょうか?」
「僕らの界隈ではサーペントなんて呼ばれますんで、気軽に『サーたん』とでも呼んで下さい。敬語も喋りづらいでしょう? 別に普通で大丈夫っすよ!」
神殺す原初の蛇を、サーたん。ウィルの額に、また汗が浮いた。
「そ、そうですか……。それじゃ畏まり過ぎるのも失礼かと思うので、普通に喋らせてもらいますね」
「うんうん! よろしくお願いするっすよ~♪」
「それで、サーたん? その、こんな所で何してるの?」
「はい! 実はですね、ちょっとバカンスついでで頼まれまして。ウィルさんを待っていたんすよ!」
「僕ですか!?」
「そーなんす! ちょっとこの世界の女神に頼まれましてね? まぁ休暇を過ごさせてもらう手前もあるし、ちょうど手持ち無沙汰してたんで頼まれちゃいました!」
女神。
ウィルの頭に、光の中の夢がよみがえった。勇者候補だと告げられた、あの声。まだ誰にも話していないことを、この相手は知っている。
「へ、へぇ……。あの……それで、いったいなんで僕なんかを?」
口にしてから、嫌な考えが浮かんだ。
「まさか……」
「いやいやいや、そ~言うのじゃないっすよ! そんなん言ってもウィルさんじゃ自分の相手はちょ~っと無理っすw これでも自分、世界そのものを滅ぼすのが仕事っすからw」
「……で、ですよね。戦えとか言われなくて本当に良かったです……」
「分を弁えてて、ウィルさん良いですね! 態度も丁寧だし、自分めっちゃ好感す!」
「いやもう、サーたん見るからに次元が違うし、じっさい目? が合った瞬間死を覚悟しましたよ」
「ウィルさんお上手っすね~w まぁ自分この世界担当でもないですし、そういう事なんで今回は単なるゲストっす!」
「それを聞いて安心しました。それで、僕を待っていたっていうのはどういう事なんですか?」
「そう! それなんですけどね。ウィルさん弱いじゃないですか」
「ぅ……は、はい」
痺れの残る手首が、疼いた気がした。今朝、ハロルドの盾に弾かれたばかりだ。
「まぁまぁ気にしないでw 僕からしたらこの世界で今一番強い勇者でも大差ないっすw」
「うわぁ……」
「ウィルさんに言っても分からないと思うっすけど、僕が滅ぼす『世界』ってこの星云々てレベルの話じゃなくて、宇宙そのものの事っすからね」
「……うちゅう?」
「いやまぁ種族というか、存在としてのカテゴリが違うので気にせんといて下さい!」
「はぁ」
「でね、それにしたって理不尽に弱すぎるんで、女神さんも気にされてましてね。ちょっとだけ力を貸してあげようって話なんですよ」
ウィルは顔を上げた。
「それは……ありがとうございます!」
「いえいえ、僕もたまにはこっち側の事してみたかったので、まぁ神々の戯れってやつですからw」
「それでも、ありがたいです。ありがとうサーたん!」
「ん~、ウィルさん良い子っすね~! プチっと潰したくなっちゃうw」
ウィルは固まった。
たくさんの目が、にこにこと細くなっている。それが余計に怖かった。
「Oh...ジョークよ。破壊神ジョーク?」
「洒落にならないっす」
「HA HA HA!!」
明るい曲に、笑い声がよく響いた。ウィルは握りっぱなしだった柄から、ようやく手を離した。
「それで、具体的にどんな事をして貰えるんですか?」
「あ、はい。アレっす。女神の祝福とおんなじ系統なんですけど、お金でおクスリ売ってあげます」
「ぇ?祝福……ですか?……ん?クスリ?」
「そうそう。あのポワっとした光るやつっす」
川辺で初めて見た、あの光の玉のことらしい。その後も、戦いが終わると時々見つけて拾っていた。触れると体に溶け込み、少し元気になったように感じることもあった。
エレノアにも何度か声をかけ、触れる前に確かめてもらったが、やはり彼女には見えなかった。拾った後に痛みが出たり、気分が悪くなったりすることもない。正体は分からないまま、ひとまず様子を見ようと話していたのだ。女神の祝福と関係があるのかもしれないと思っていたが、サーたんなら何か知っていそうだった。
「アレってなんか僕しか見えてないし、何が起きてるのかも良く分かってなかったんですけど……」
「あぁ~、まぁあれ自体は目印みたいなもんですから。でも、なんとなく強くなった感じありませんでした?」
「ぁ、はい。何となくは。最近、疲れが良く取れる気がしてて……。以前より体力がついてきて、体も軽くなった感じはしてます」
「そうそう。まぁ本当に、ほんの些細なモンなんすよ。でも人類種なら、積み重ねて行けばソコソコいい感じに成長出来るはずっすよ!」
「はぁ……」
やはりアレは女神様の力によるものだったらしい。変な病気とかじゃないと分かっただけでも一安心したが、サーたんの話はフワフワと要領を得ず、具体的なことは全くわからなかった。
「で、僕のもまぁ大体アレとおんなじ様な効果なんですが……なんと!誰でも使えます!」
「えぇ~っと。つまり、野菜に上げる肥料みたいなもの?」
「そう!しかも今ならお手頃価格で!」
実のところ効果のほどは良く分かっては居ない。だが、女神の祝福に相当するものがお金で買える。しかも、例の光の玉と違って誰でも使える。その話が本当なら、実はいま相当すごい事が起きようとしているのではないか。
「えぇ!? それって本当に反則級なんじゃ……?」
「人類レベルだとそうかもしんないっすね~。でもまぁ、神的には大したモンでもないんすよ。副作用も無い、弱いモンですし」
おまけに副作用も無いらしい。神的にはどうであれ、人間の自分としてはその方がありがたい。礼を言おうとすると、触手の一本が待ったをかけるように上がった。
「とは言え、無制限にってのは難しいので、お金……実際にはソレが僕への信仰に変わるんですが。まぁ頑張ってお金稼げば、強くなるのを早められるっすよ」
プリシラとエレノアの顔が浮かんだ。いつも助けてもらっている二人にも、その薬を渡せる。ネージュはどうだろう?出どころの判らないクスリを怪しんだりしないだろうか。最後に確かめた借金は五十四万ゴールドあまりで、利子も止まってはくれない。借金を返す金も、装備に使う金もいるから、そうたくさんは買えないだろう。それでも、自分だけにしか使えなかった力を分けられるのが嬉しかった。
「凄く助かります!」
「僕はいつでもココに居るんで、好きな時にお買い物に来てくださいね!」
「ありがとうございます!」
「ぁ、ちなみにココの事はくれぐれもご内密にお願いしますよ? ここに来る時は必ず一人で来て下さいっす。バラしたらバラさなきゃいけなくなっちゃうんで」
どちらのバラすなのかは、聞かないことにした。
「は……はい。細心の注意をはらいます……」
「……あ、そうだ。おかえりに際してなんですけど、上のワンちゃんにコレ渡しといて貰えますか」
触手の先から、白っぽい骨のような物が差し出された。受け取ると、見た目より軽い。
「ワンちゃんへのバイト代っす。自分が出張ってウィルさん呼びに行くわけにもいかなかったんでw」
「それはそうだね……。うん、それくらいお安い御用だよ」
「ウィルさんホント素直で良い子っすね~! これ、サービスっす♪」
今度は触手が何本も伸びてきた。最初の瓶を受け取ると、その腕の上へ包みが置かれ、さらに小袋が重なる。ウィルは落とさないよう抱え直した。
瓶や包みには、秘伝の漢方薬、謎のドリンク、特製プロテインと名が付いている。痛くナクナール、マジックキャンディ、抗精神薬。サーたんは名前を教えながら、同じ物を三つずつ寄越した。赤牛ドリンクと運命力向上スパイスまで受け取ると、とうとう両腕がふさがった。
「こ、こんなに!? ありがとうございます!」
「その代わり絶対また来て下さいよ~? 今後ともご贔屓によろしくっすー!」
*
品物と骨を袋に詰め、しっかり口を閉じて肩へ掛けた。両手を空けて、釣瓶の縄につかまる。
井戸から這い出すと、朝の日差しが目に刺さった。
肩に掛けた袋を下ろし、ウィルは井戸の縁に腰を下ろした。濡れた服が重い。井戸の底で聞いた明るい曲が、まだ耳に残っていた。
足元で、犬が尻尾を振っていた。
「ワンワン!」
ウィルは袋から骨のようなものを取り出し、差し出した。犬はそれをくわえると、目を輝かせた。
「ヒャッホーーーーウ!」
犬が、叫んだ。
「これで俺もケルベロスだあぁああああああ!!!!!」
犬は骨をくわえたまま、ものすごい速さで駆け出した。家々の間を抜け、あっという間に見えなくなる。
ウィルは、骨を差し出した格好のまま動けなかった。
喋れるなら、最初からそう言ってくれればよかったのに。
そう思ってから、文句を言うべきなのは井戸へ突き落とされたことの方だと気づいた。どちらにしても、犬はもういない。
服の裾を絞ってから、ウィルは立ち上がった。ギルドへ報告に行かなければならない。依頼主の犬がどこへ行ったのかは、聞かれても答えられそうになかった。
ギルドで依頼の達成を伝えると、ノエルが不思議そうに依頼者からの受領確認の書類を処理している所だった。
「これ、いつの間にか書類の間に挟まってて……大丈夫でした?」
「は、はい。ちょっと変わった依頼でしたけど」
詳細を話すわけにもいかないので適当にはぐらかし、受領確認の書類もあるのでノエルも深く突っ込む事はせず、無事に報酬を受け取る事ができた。受付を離れる頃には、陽射しで服も半ば乾いていた。
井戸の底のことは、女神様の事以上に秘密にせねば。ウィルは袋を肩へ掛け直し、もらった品を置きに家へ戻った。




